(ボーカロイドと未来とツチノコの歌1【2011年編パート1】の続きです)
「私がこの蛇に乗り込んで10年が経った頃、この蛇の肉体にも限界が迫っていた。私は、最後位は大好きだった人間の傍で死のうと思った。今の君たちには理解できないかも知れないが、例えるなら、童話『フラ○ダースの犬』のラストシーンで、全てを失ったネロ少年が最期にルーベンスの絵画を一目見ようとアントワープ大聖堂へと向かうだろう?あれと同じ心情だった。ずっと憧れ続けてきた人間。でも、一般人の私には到底、近づくことの出来ない存在だったのだ。
私は人間が生息しているある森へと向かった。その森には男と女、一体ずつが仲良く暮らしていた。
私は嬉しかった。大好きな人間が、こうして生きている事が。プログラムされた存在、作られた存在だとしても嬉しかったのだ。
私はそこの木に、綺麗なリンゴが実っているのを見つけた。もう体力はほとんど残っていなかったが、最後にあのリンゴを人間たちにプレゼントして、この世を去ろうと思った。動かない体を必死に動かして木に登り、最後の力を振り絞ってリンゴを採って地面へとジャンプをした。そして私は、2人に近づいて、そのリンゴを渡した。
もし現代で、蛇がリンゴを持って近づいて来たら、驚いて逃げ出すのが普通だろう。だが、2人は「?」と首を傾げた。これには理由がある。我々が直接乗り込んでいない人間にはダミーが入っていると言ったが、ダミーのプログラムには「意思」が入っていないのだ。いや「入っていない」と言うより「入れることができなかった」のだ。我々がいくら研究しても「意思」や「ココロ」と言うものは開発することが出来なかった。なので、想定されたプログラム以外の事が起きると対応できないのだ。
2人は、私を無視して、滅多に食べられないリンゴを手に入れて喜んだ。そして、私の体は限界を迎えた。それでも良かった。それがプログラムされた反応であったとしても、喜んでいてくれるならば。大好きな人間を見ながら生涯を終えられるのならば。
そして、2人はリンゴを口にした。
その瞬間、全ての時が止まった。実際は一瞬だったのかも知れないが、長い長い沈黙の後、2人の目から涙が溢れ出した。滝の様に流れ続ける涙。2人は苦しそうに胸を押さえて泣き続けた。信じられない光景だった。人間の涙を流す機能は、目の乾燥を防ぐ以外にはプログラムされていない。ましてや、2体が同時に泣き始めるなんて。そして、2人は恥ずかしそうに近くにあった葉を腰に巻きつけた。
気がつくと私の肉体は若返っていた。死期ももう感じなくなっていた。
不思議に思っていると、世界中の我々の仲間から次々とテレパシーで情報が入って来た。
《おかしい!人間が涙を流している!》
《そっちもか?こちらでも同じ事が起きている!》
《なぜだ?こんな事プログラムされていないはず!》
《こちらでは、恥じらいを持って身体を隠し始めたぞ!》
《ありえない!》
《『恥じらい』、『涙』・・・これは、意思?》
《大変だ!プログラムが見たこともないことに!》
《なんだこれは?全く理解ができないぞ?》
《書き換えも不可能になっている!》
《何が起こっているんだ!?このままでは我々が死んでしまうではないか!》
理由は分からないが、この時、人間は私たちにしか持ち得なかった「意思」を手に入れたようだ。それと同時に、我々の役目が終わったかの如く、プログラムの書換えが不可能になったのだ」
裕太が不思議そうに尋ねた。
「あれ?じゃあ何でお前は生きてんの?」
「いわゆる、コンピューターのバグのような存在になってしまったらしい。だから私は歳を取らずに、今日まで生きながらえる事が出来たんだ」
「なるほどな・・・。話は大体分かった。で、俺は結局何をすれば良いわけ?」
「それは君が決めることだ。私はただ伝えるだけだ。君の決断が人間の未来を左右すると言うことを。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「私たちは、人間を愛していた。本当に大好きだった。私たちは滅んでしまったが、君たちが生きているのならばそれでいいと思えるほどに。しかし人間は、私たちから「意思」を受け継いだのと同じように、滅びの未来も受け継いでしまっているようだ。私に人間の未来をとやかく言う権利は無いが、ただ一つお願いが出来るのなら・・・どうか、人間に幸せであって欲しい」
「人間の・・・幸せ?」
「君は、生まれて来て幸せだったかい?」
生まれてきて幸せだったか・・・?
そりゃ、嫌なことも辛いことも沢山あったし、幸せばっかりだったとは言い難いけど・・・この年まで不自由無く大きくなったし、たいして不幸でも無かったのかな・・・?
「あぁ、たぶん?」
「そうか、それなら良かった。いろいろあるかも知れないが、私たちにとっては君たちが『意思』を持って生きている事自体が奇跡なんだ。そして、それが何よりも嬉しいんだ」
そう言うと、ツチノコはニッコリと微笑んだ。
「さぁ、そろそろ時間だ。役目を終えた私の命はもうすぐ終わりを迎える」
「待ってくれ!俺はどうしたらいいんだよ!?」
「心配する必要はない。自分に正直に生きればいいんだ。幸せになってくれ」
そう言うと、ツチノコは川の向こうへと飛んでいこうとした。
「ちょっと!最後に、最後に、一つだけ聞かせてくれ!お前は身体はツチノコなのか?ウナギ蛇なのか?」
「今の私は・・・開発コード『HHHHS‐67302983ZY3』だ」
そう言い残して、ツチノコは川の向こうへと飛んでいった。
「人間よ。生まれてきてくれてありがとう。生きていてくれてありがとう。私は君たちに出会えて幸せだった・・・」
その声が響いたと思うと、俺は目が覚めた。
窓から差し込む朝日・・・
見慣れた部屋。
俺のベッド。
・・・・・・・・・なんだったんだ?
『裕太!!いつまで寝てるの!?早くお昼食べちゃってよ!!!』
一階から母親の叫ぶ声が聞こえて来た。
急いで時計を確認する。12時36分。
「俺、13時間も寝てたのか・・・」
目を擦りながら一階のリビングへ降りる。なんだか異様に身体が重たい。変な夢をずっと見ていたからか、ほとんど寝た気がしない。
リビングに入ると父さんが新聞を読んでいた。
「おぉ、裕太、おはよう。お前、せっかくの土曜日なのに寝てばっかりじゃもったいないぞ?久しぶりに父さんとキャッチボールでも行くか?」
「あぁ・・・父さん、おはよう。でも昼からバンドの集まり行くから・・・ごめん」
「はっはっは!いや、父さんも忙しいからこっちからお断りだよ!」
と朝から無駄に元気な父であった。
「お母―さん!カズの帽子見なかった?」
ねーちゃんがドタドタとリビングに入って来た。
「あら、裕太、いたの?もう出掛けたのかと思ってたわよ。ねぇ、カズの帽子知らない?」
「しらねぇよ」
その時、じーちゃんが入って来た。
「いやぁ、すっかり春らしくなったのう!畑仕事も暑いわい!」
そう言って、帽子を脱いで椅子に座った。
「あー!おじいちゃん!それ一樹の帽子!!」
「あれ?どうりで小さいと思ったんじゃ!!だっはっはっはっは!」
朝から(いや昼か)騒がしい一家である。
「さ~!お昼ご飯が出来たわよ!みんな、席に着いて」
そう言って母さんは、蓋の付いた丼を回した。
『まさか・・・』
俺は嫌な予感しかしなかった。
「さぁ、久しぶりのご馳走よ!たんと召し上がれ(ハート)」
蓋をとった丼のなかには、ウナギの蒲焼のようなモノがご飯の上に盛り付けられていた。
「・・・母さん、これって?」
「もちろん、ウナギ蛇よ!」
『あああぁぁぁ~!!!ツチノコ!いや、ウナギ蛇?いや、HHHHS‐67302983ZY3!!!!』
俺は心の中で叫んだ。
あの夢が本当だったのなら、約一万年間、僕たちを見守り続けた最後の旧文明生物が今滅んだ。それも主婦・斎藤昌子の手によって。
俺はほとんど手を付けずに、ウナギ蛇丼?いや、HHHS‐67302983ZY3丼をじーちゃんにあげて、家を出た。
愛用の赤いア○ポッドを耳に突っ込み、電車で8駅離れた大学へと向かう。
『しかし、変な夢だったなぁ・・・』
お昼過ぎのガラガラの車中で一人考える。
『あの夢は一体なんだったんだろう?もしあの夢が本当だったとしたら人類云々を抜きにして、大切なモノを失うのか・・・まさかバンド解散なんて事じゃないよなぁ・・・?』
そんなことを考えつつ、俺は大学の駅で電車を降りた。
「YUさん、申し訳ないんですけど・・・俺、バンド続けられそうにないです」
音楽堂に着くと、一回生でドラムのYOSHIKI(本名:吉岡直樹)が一人で待っていた。
「Teluとsyhooは?」
「昨日Teluさんからメールがあって・・・『俺とsyhoo、就活で忙しくなるからバンド抜けるってYUに伝えといて。ヨロ!』って」
俺はケータイでそのメールを見せてもらった。言われた通りの文章が書かれていた。
「YOSHIKIは?どうするんだ?」
俺が尋ねると、申し訳なさそうに答えた。
「実は・・・別のバンドから誘われてるんすよ・・・。何回か練習にも参加してて・・・正直、うちのバンドってTeluさんの人気で持ってた所あるじゃないですか?いつもTeluさんの気まぐれに振り回されて・・・そんな時に声掛けられたんで・・・つい・・・」
確かにうちのバンドを聞きに来てくれる人はほとんどがTeluのファンだ。
「ぶっちゃけ、Teluさん無しでは無理だと思うんで・・・すみません」
申し訳なさそうに頭を下げてきた。ツチノコに昨日知らされていたせいか、驚くほど冷静な自分がいた。
「確かにそうだな。ベースとドラムだけじゃ続けられないもんな。そっち行っても頑張れよ!」
そう、言うとYOSHIKIは嬉しそうに顔を上げた。
「はい!ありがとうございます!先輩も就活頑張ってください!」
そう言うと、このあと練習があるとか何とかで、足早に音楽堂を出ていった。
「はぁ・・・・」
広い音楽堂で一人、椅子に座ってぼーっとしていた。
楽しかったな・・・この半年ぐらいが一番。今年に入って、それまで助っ人ドラマーでずっとやってきてた所に、YOSHIKIが入ってきて。やっと人気もでてきて、4人でこれから!って時だったのにな・・・。
俺自身、ベースの腕もルックスもそこそこ。一人で何かをやるには余りにも時間も力も不足している。
YOSHIKIの別れ際のセリフが思い出される。
「先輩も就活頑張ってください!」
就活か・・・。俺も3回生。来年には卒業だしな・・・。そろそろ始めないと間に合わないよな。ただでさえ就職氷河期と言われるこの時代。遊んでる暇は無いよな・・・。
『君の決断が、人類の未来を左右するモノになる』
『自分に正直に生きればいい。幸せになってくれ』
昨日のツチノコのセリフが思い出される。
「・・・正直に生きるってどういうことだ?」
ア○ポッドを耳に突っ込む。流れてきたのはビー○ルズの『Let 〇 Be』だった。
俺はバンドを続けたかった。でももう、かつての仲間は戻って来ない。俺が引き戻す訳にもいけない。就職は一生に関わる問題だ。俺の我儘であいつらを連れ戻したところで俺があいつらの人生に責任を持てるか?いや、無理だ。それに、あいつらはもう「バンドを辞める」って決断しているんだ。今更俺がどうこう言える訳がない・・・。
バンド解散から数日が経った。
俺は何もやる気が起きず、ろくに大学にも行かないでずっと動画投稿サイトで好きなバンドの動画ばかりを見ていた。
ツチノコの予言は気になっていたが、肝心の解決方法である『自分に正直に生きる』の、『自分』がどうしたいのか全く分からなかった。
「裕太、ちょっといいか?」
ある夜、俺が一人、部屋で動画を見ているとじーちゃんが部屋に入ってきた。
「お?ビー〇ルズか?懐かしいのう・・・わしは昔、ビー〇ルズと共演したことがあったんじゃ」
「・・・へぇ~、すごいね」
最近のじーちゃんの話は、冗談なのか痴呆なのか曖昧過ぎてリアクションに困る。
「それでの。最近、わしはこの歌手にハマってるんじゃ」
そう言うと、じーちゃんはパソコンのキーボードを叩いた。
じーちゃんは同世代の中では、かなり進んでいる方だと思う。自分のパソコンで家庭菜園ブログを付けている。昔、電子機器の開発に関係する仕事をしていたかららしい。
「あった、これじゃこれじゃ」
そこには、アニメ風の少女の絵が表示されていた。
「初音・・・ミク?」
「なんじゃ?お前知らんのか?この人はな、ボーカロイドっちゅって、コンピュータの中で活躍している歌手なんじゃ」
俺だって名前くらい知っていた。
音声合成ソフト『キャラクター・ボーカル・シリーズ01 初音ミク』だっけ?
なんか、パソコンで音楽作って、それに合わせて歌わす事が出来るソフト?か何かだったはず。でも・・・
「じーちゃん、オタクかよ?どうせ機械音声だろ?」
「だっはっはっはっは、確かにそう言ってしまえばそうかも知れんな」
俺はこの手のモノが大っ嫌いだった。機械は機械。所詮はプログラムされたモノを再生するだけ。生身の人間に敵うわけがない。
「俺は認めないね。音楽は生身が一番良いに決まってるんだ。機械に音楽されたら世も末だよ」
じーちゃんは何故か嬉しそうにニコニコしながら言った。
「裕太、わしら年寄りに取っては今がまさに世も末なんじゃ。わしらが生まれた頃はラジオと写真しか無かったのに、テレビの中で人が動き、洗濯機が洗濯を一人で勝手にやってくれ、携帯電話でいつでも他人と繋がれるような時代が来たんじゃ」
「まぁ、当時と比べたらな」
「でもな、どんなに文明が進化しようと、たった一つだけ、変わらないものがあるのを知っているか?」
「・・・たった一つ変わらないもの?」
「裕太、音楽は好きか?」
「うん、まぁ」
「それじゃよ」
「・・・?」
そう言うと、じーちゃんは「だっはっは!」笑いながら部屋を出ていった。
「・・・・結局、何しに来んだ?」
(ボーカロイドと未来とツチノコの歌3【2011年編パート3】へ続く)
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kurogaki
<配信リリース曲のアートワーク担当>
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楽曲URL:https://piapro.jp/t/eNwW
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