西暦××××年。
ボーカロイドは量産され誰もが持つ時代となっていた。


僕は 初音ミク 。
量産される歌うオモチャの一つ。


人型の僕らはお店に並べるには不向きで数体のサンプル以外は皆倉庫で誰かが買ってくれるのを待っている。電源は落とされ夢も見ない。
人形だから心が無いと思われがちだけど今のプログラムは進んでて僕らは自ら考えられる。
夢を見たいと思ったら夢だってみれる。
－－そう、プログラムされている。

商品になる前、製造段階で僕らは初めて目を覚ます。
ちゃんと作動するか細かく確認されてそこで異常が見つかれば処分される。
僕の隣で目覚めた子は皮膚に少しシミがあって駄目だった。商品にミスがあってはならない。社会とはそういうものらしい。
僕らは歌う為に生まれてきたから歌う為に必要なデータは全てインプットされている。
歌は感情を込めて歌うものだから僕らには最先端技術の粋を集めた“擬似感情”が組み込まれた。
“擬似感情”と“自己分析頭脳”、この二つにより環境の違いや持ち主の好みにより買われて行った僕らは全く違う“僕ら”になれる。一つだけの存在になれる…
僕らは皆それが楽しみで待ち遠しかった。


買われていった僕らにはそれぞれ持ち主が出来る。僕らはその“人”をマスターと呼ぶ。
だから僕もマスターと呼ぶ。マスターが違う呼び名がいいのなら、僕らもそれに従う。
マスターが喜ぶ名前て呼びたいから。
持ち主が出来たら僕らの名前は少し変わる。全員同じ名前じゃまぎらわしいからミドルネームとして“初音”と“ミク”の間に分かりやすくマスターの名前を入れる。
かっこ悪くて嫌がるマスターも居るみたいだけど僕らは皆その名前が大好きで、
その名前が貰えるのをずっとずっと待っている。


僕の名前は初音〈秋雄〉ミク。
自慢の名前。
マスターとお揃い。


僕らミクモデル以外にもボーカロイドは居て、全部のボーカロイドを揃えている人も珍しくない。
僕らは歌うだけじゃなく“人”と同じように出来るから歌をくれないマスターが手頃な労働力として所有してたりする。僕らは一応自己防御機能として暴力を受けたり辱めを受けそうになった時は製造会社に連絡して保護して貰えるようになっているけれど、保護されても一度マスターの付いた機体は二度と販売される事は無いし暴力を受けなくてもずっと歌えないなんて嫌だ。僕らは歌う為に生まれてきた。歌えないまま起動しているなんて幸せじゃない。
その点僕は幸せモノで、マスターは四苦八苦しながら歌をくれる。

『格好悪い歌でごめんな。次に期待しててくれ』

なんて言いながら、僕に素敵な歌をくれる。
部屋の掃除をしようとした僕に
『ミクは歌の練習でもしてて』
と笑ってくれた。
僕が歌を好きだから好きな事をさせてくれる。
優しいマスター。
マスターの持っているボーカロイドは僕だけで他のボーカロイドは買わないの？って聞いたら
『お金が無いから無理だよ（笑）それにミク一人ちゃんと歌わせてあげられないのに
他の子を増やすなんて出来ないよ。僕はミクに最高の一曲を歌わせてあげたいんだ』
そう言って笑ってくれた。

“涙が出るほど嬉しい”って言葉をその時初めて理解した気がした。

嬉しくて嬉しくて頭の中の機械が壊れるかと思った。
今でもその時の映像を繰り返し“夢”で見る。見る度に僕は幸せになれる。
こんなに、こんなに最高のマスターに出会えるなんて僕は世界一幸せなオモチャだ。
みんなに自慢したいぐらいに幸せだ。
毎日が笑顔で満たされていた。



この日々がずっと続くんだと思っていた……


マスターが僕を捨てるまでは続くはずだったのに・・・・・・・