ましてやマスカットを食すのが、一国のお姫さまだとすると配慮したほうが良いと思うのだ。だが、ミクはここで料理長の言葉を思い返していた。

 ──水で洗っテ、実をわけてくだサイ──

 それはまさに、誘惑と闘う彼女にとって神の一声である。私たちの仕事って、ブドウの実を軸から外すだけなのね……と都合のいい考えが芽生えていた。

 ──食べたあとに残る軸なんて……なんの役にも立たないゴミよね?。そんな役立たずの軸からマスカットの実をちぎって、小分けにするのだったら……リンちゃんが言うように1つや2つくらい食べてもバレないわね──

「んっ……」

 ミクは洗った禁断の果実に手を伸ばしはじめた。触れてはイケものに触れてしまう背徳感、それが心臓の鼓動を速くする。

ドキッ ドキッ ドキッ ドキッ
ドッ ドッ ドッ ドッ ドッドッドッ
ドドドドドドドドドドドドッ

 小刻みに鼓動を刻む音に合わせて、禁断の果実に触れようとする手が震えていた。

「私は……いけない女の子よ……」

 黄緑色をしたマスカットの実に指が触れた瞬間、禁断の果実から程よい弾力を感じた。指先に伝わる瑞々しくも張りのある皮、その粒は楕円の形であり、摘まんだだけで他のブドウとは違うモノだとわかった。

 万を期して、ミクは軸から切り離したマスカットの一粒を口にへと運んでいく。

「ああっ……!!」

 ──なんという甘さなの……。こんなにも美味しいマスカットが、このセカイに存在するだなんて……知らなかった私は愚か者よ……。
 まるで、この味は甘美な讃美歌。口のなかで弾ける、酸味と甘みが奏でる天使のハーモニーね。ああっ、あまりの美味しさに涙がでてきちゃう……だって私は女の子だから……。

「ミクちゃん、その調子よ!。あたしといっしょにつまみ食いしちゃおう♪」

 それから2人の少女たちは、禁断の果実に手を伸ばすことが止まらなくなってしまった。
 マスカットを水洗いするなか、辺りをキョロキョロすると脳内に蛇と呼ばれていた傭兵のアラートが流れている。ぜったいに見つかってはならない背徳感満載のつまみ食い行為、料理長に見つかってしまえば【スネークイーター】されてしまうだろう。

「あっ! リッシモが近づいてきたわよ……」

 リンは先に接近してくる者へ気がついた。つまみ食いをする手をとめて、上機嫌に口笛を吹きながらマスカットを小分けにしている。

 だがっ! 接近者の存在にミクは気付いていなかった。禁欲から解放されたかのように周りの目を気にせず、自らの口にマスカットを入れていた。

「オォーーッ! ラガッツァ、つまみ食いダメね!」

 悪いことをするミクを見た料理長のリッシモは、コマンドメニュー【アイテム】を選択し【レモン】を取りだした。すぐさまレモンを包丁で“くし切り”にし、技名を叫ぶ。

「リモーネ・スプレーッ!」

リモーネ・スプレーの説明。
くし切りにしたレモンの皮を絞って敵の目にかける必殺技。
レモンの皮から分泌物される酸っぱいオイルが対象者の視界を奪う。
レモンの他にもオレンジで同じ技が使える。

 ミクはリモーネ・スプレーを受けてしまった。

「キャーーッ!」

 青緑色の瞳に霧状となったレモンの成分が這入っていく。その効果はたちまち視界を奪い、思考回路を停止させ、彼女の痛覚の原体験を“浸壊”させた。

「痛い痛い私ッ 記号叫ぶッ その音が木霊して 眩暈が ゆらゆら♪。痛い痛い私は名を黙す その目は虚ろにも 揺れてはゆらゆら♪」

※thusさん 【グラスハーツ クロニクル】の歌詞をお借りしました※

「つまみ食いダメですヨ。食べたい気持ちワカリますが、仕事ハちゃんとしてくだサイ」

「ごっごめんなさ〜い」

 仕事をしているときは、誘惑に負けないで真面目にしないといけないね……とミクは社会の厳しさを学ぶのであった。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

G clef Link 姫様へのカラメーラ・ドルチェ2

次話
https://piapro.jp/t/B4uY

thusさんへ
しょうもないギャグに貴方の楽曲を用いて申し訳ありません。
ただ、貴方の持つ感性と才能は本物です。
ピアプロさんを使って発見した新たな才能を知ってもらいたいです。

僕が聴いて久しぶりに痺れた楽曲
グラスハーツ クロニクルを紹介します
https://youtu.be/0axd-vPROgw

閲覧数:120

投稿日:2020/01/31 20:48:38

文字数:1,617文字

カテゴリ:小説

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