鬱音コアが回復してから数日後、私と頼流さんの二人は幾徒さんに呼び出されてとある病院に来ていた。

「ここに何の用ですか?」
「…お前等に会って欲しい人が居る。」

少し伏せて複雑そうな表情でそう言うと、幾徒さんは廊下をツカツカと歩き出した。この病院、何だろう?私の知っている病院とは少し雰囲気が違う。怪我をした人や医師や看護師が忙しなく歩いていたりはしなくて、明るく優しげな空気が満ちていた。やがてあるドアの前で幾徒さんは足を止めた。ノックの音が響いた後、中から穏やかな女の人の声が聞こえた。

「はい、どなたですか…?」
「幾徒です。お見舞いに来ました。」
「どうぞ。」

病室の中は明るく、暖かな光に包まれていた。窓辺にあるベッドに声の主であろう女の人が座っていた。部屋をキョロキョロと見回していると、彼女は驚いた様子で頼流さんの腕を掴んだ。

「恭介さん…?」
「え…?!あの…?!」
「無事だったのね…!良かった…やっぱり皆が私を驚かせようと嘘吐いてたんじゃないの…もう…
 酷いわ!頼流は元気?ちゃんと良い子にしてるの?」
「あの…俺は違…!」
「流船、流船、ほら、お父さんよ。」

彼女はそう言って嬉しそうにベッドの上の古びた人形を抱いて笑った。その時初めて背筋に寒気が走った。この人…誰も目に入ってない…?目が凄く凄く遠くを見てる。

「流…船…?」
「ええ、流船って言うの、男の子よ。お父さんにそっくりでしょう?」
「あ…あ…あの…!」
「あら、どうしたの?流船、大丈夫よ、恐くないわ…お母さんが守ってあげるからね。」

思わず後ずさった私の肩を誰かが掴んだ。

「――っ!禊音さん…?!」
「先輩!…どうして…!」
「二人共、ちょっと外へ。ここじゃ話せないからな。」

幾徒さんに促されて私達は廊下へ出た。姿形は同じだけど、私の知っている禊音さんとは明らかに様子が違っていた。何だろう…疲れ切って、悲しそうに見えた。

「…先輩…一つだけ教えて下さい。」
「何だ…?」
「…流船を消したのは先輩なんですか…?ヤクルから聞きました…自分があの人を止められなかった
 から流船は消えてしまったんだと…。どうなんですか?」
「……………………………………。」
「答えろよ!」

頼流さんは口を噤んだ禊音さんの胸倉を掴んで壁に押し付けた。

「…殺す…つもりじゃ…。」
「ならどうして?!」
「…知らなかったんだ!俺は…俺はただ姉さんを助けたかったんだ!まさか…流船が死ぬなんて
 思わなかったんだ!」
「姉さん…?」

その言葉に私は病室の壁に掛かっていたプレートを見詰めた。

『禊音流美』

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

コトダマシ-81.優しげな空気に満ちて-

恭介さんは彼の弟です↓

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投稿日:2011/01/11 12:06:25

文字数:1,102文字

カテゴリ:小説

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