男の名はアル・トーテンコップ。ある人物からの依頼を受け、連邦捜査官の立場と職権を利用しながら、巡音ルカを消すために命を狙う。ルカはいわれのない冤罪で、追われの身となる。対するは恩人を守るために戦う、結月ゆかりと側用人の瑞希。ルカと共に逃走を図り、アルの襲撃を受けるも何とか難を逃れた。だが、これで終わったわけではなかった。執念深いアルの魔の手は、再びルカを掴もうとしている。


「はっ、あれは…!」

「どうしたの瑞希ちゃん?」

「お嬢様、後ろを…!」

 
 そう、まだ追っ手がいなくなったわけではなかった。ゆかりが後ろを振り返ると、背後から警告灯を光らせて接近してくる黒色の塊が見えた。


「あれは…パトカーですか?」

「…まずいですね。やはり巡音様の仰っていた通り、ここの警察はみんな私たちの敵かもしれません」

¨国家保安局だ!前の車、速やかに停車しろ!¨


 警察・連邦捜査局に加えて、国家保安局まで繰り出してきたアル。容赦のない国家権力の行使。彼の予想以上の力を見せられたルカは、いよいよ勝ち目が薄くなってきたのを悟った。このままでは、ゆかりたちを道連れにしてしまう。


「…私が出て行けば、この場も丸く収まるかしら」

「…それはダメです!ここで捕まってしまったら、ルカさんの望みだったみなさんの夢が実現できなくなってしまいます!」

「確かに私は、捕まるわけにはいかない…でもね、今の私は自分のせいであなたたちを危険に晒してしまっている。ここで更に逃げてしまったら、私だけじゃなく2人とも立場が悪くなってしまう」

「でも…!」

「それに目の前の友達を助けられずに、みんなの望む世界を実現しようだなんて、おかしな話だから」


 そうルカに言われたゆかりは、強い面持ちで言い返そうとしたけれども、言い返せなかった。ルカの言っていることは正しいし、追い詰められた今となっては、ゆかりと瑞希だけでも助かるのが最善なのかもしれない。だが、ゆかりは心の中で思った。ルカを犠牲にして、助けに来たはずの自分たちだけが助かる…そんなことが、どうしてできようか。結月ゆかりは、いよいよ決意した。


「…瑞希ちゃん」

「何でしょう、お嬢様」

「大丈夫、奴らの一番の狙いは私だろうから。だからここで…」

「…だめです!!」


 巡音ルカは、私が絶対に守る。今こそ、その時だ。かつてこの人が、自分のすべてを擲ってでも、私を助けてくれたように! ゆかりは、ルカの手を強く引っ張った。


「瑞希ちゃん、アクセル全開で逃げて!」

「はいっ!」

¨逃げる気か!待て!!¨

 
 敵に投降しようと考えていたルカの気持ちを、こちらへ引き戻すように車は急激に速度を上げた。もう車は止められない。


「ダメよ!止まって!」

「ルカさん、忘れてしまったんですか?私たちをここへ連れてきて下さった時に、約束したことを」

「約束?」

「いつか必ず、私が命を懸けてもルカさんを守りますって!」

「!」


 そういえばと、ルカは昔の記憶を思い出す。敵の勢力からゆかりを遠ざけるために、彼女と一緒にアメリカへ渡ろうとしていた時。この時に、ゆかりと約束したことがあった。それがさっきの言葉のことだ。そして自分はその約束を忘れ、破ろうとしていたのか…とも。


「瑞希ちゃん、行って!」

「承知致しました!」

¨おいおい、これ以上どこへ行くんだ?もう遊びは終わりにしないか?¨

「あっ!」


 3人のやむを得ない逃走劇も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。前方の道路にはパトカーのバリケード、そしていつか見たヘリコプターと、捜査官アルの姿があった。彼の目つきと表情は、前よりも酷く醜悪なものに見えた。瑞希は思わずブレーキを強く踏み、ゆかりは体が浮くような急停車に驚く。後方から来た保安局の車にも追いつかれ、とうとう挟み撃ちにされてしまった。アルはメガホンを手に、ルカたちへ呼びかけた。耳障りなぐらいの大声で。


¨よく見ろ。お前たちはもう包囲されている。諦めがついたら、とっとと手を上げて車から出てこい!¨

「ルカさん…!」

「…みんな、あいつの指示に従いましょう」


 四方八方から無数の銃口に囲まれた3人。非常線の向こうにいるニューヨーク市民は、何事かと騒ぎ立てる。そして事件の匂いを誰よりも早く嗅ぎつけてやってきた、記者のカメラのフラッシュが光る。この光景はまるで、映画の公開撮影のようにも見えた。張り詰めた空気の中、アルはまた耳障りな声量で話し始めた。


¨さっきは素晴らしい歌をどうも…もう二度と聞きたくはないがな!¨

「懲りない汚職捜査官ね。引き際の分からないオトコはモテないわよ?」

¨ご心配なく。俺は女には困ってないんでね¨

「あきれた…」


 どや顔ともとれるアルの態度と表情に、ルカは鼻で笑ってやる。こんなやつに寄りつく女なんているのかしら、と思いながら。


¨さあゲームは終わりだ。蜂の巣にされたくなかったら、変な真似はせずに投降しろ。手はあげたままでな¨

「分かったわ。でも1つだけ条件があるの」

「ほう! この場で俺に条件なんてものを突きつけるとは、大した度胸だ!あんた、自分の立場をまるで理解していないな?まあいいだろう、その条件とやらを言ってみろ」


 この緊迫した状況と、何をしでかすか分からないアル・トーテンコップを前にして、巡音ルカは冷静でいる。また、後ろにいる瑞希もそうだった。この後に何が起ころうとも、すべて受け入れよう。そんな覚悟が、彼女の真剣な眼差しに表れていた。対する結月ゆかりはどうか。常に目が右往左往し、不安でいっぱいの顔をしている。でも恐怖はしていなかった。いや、むしろ抑えていると言うべきか。それも信頼している2人が、側にいるからだろう。だが何を思おうとも、最早こうなっては為す術がない。ルカは大人しく投降する代わりに、アルへある条件を突きつけた。


「彼女たち2人は、私が脅迫して一方的に協力させたの。いわば被害者。私のことは煮るなり焼くなり好きにしてもいいけど、この2人はすぐ自由にしてあげて」

¨…いいだろう、とでも言ってやりたいところだが、その2人は本意ではなくとも、逃走に手を貸した共犯者であることに変わりはない。だから巡音ルカ、あんたの釈明と誠意次第で、その2人の運命が決まるんだぞ?友達を助けたけりゃ、自分の数々の大罪を認めるんだな¨

(…そうは言って、ここで逮捕した後に私たちを皆殺しにする気だわ)


 アルの目的は巡音ルカの排除。本来の計画なら、護衛とかこつけてルカを殺害し、とっくの前に完了させているはずだった。だが、ゆかりたちの登場で計画は狂い、彼女らに自分の正体も知られてしまった。それでこの残忍な男が、2人を生かして帰すはずがない。ルカの推測通り、逮捕した後に誰の目にも見えないところで、消されてしまうだろう。それでも、あともう少しすればアンが助けにきてくれる。ルカはそう信じていた。


¨分かったか?¨

「…ええ。なら誠心誠意、釈明させていただくわ。さあ、いつでも手錠をかけていいのよ?」

¨よーし、そのまま何もするなよ。これで当分の間、暗くて狭い檻の中で暮らすことになるだろうな。許せよ¨

「…ふふふっ」

「何がおかしい?」

「それはどちらのことを言っているのかしら」

「何だと…?」


 いつかの会話にあったルカの言葉。アルは妙に嫌な予感を覚えた。だが今回は1対1ではないし、また映画のように窮地の状況に誰かが助けにやってくるようなことも起こるはずがない。奇跡を起こせるなら、起こしてみろと。
…その考えは、すぐさま消え去った。


「…アル、政府の特殊部隊がこっちに!」

「動くな!全員、銃を捨てて地面に伏せろ!」

「…おい!これは一体何だ!?」

「動くなと言っているんだ!」

「待て、俺はFBIだ!連邦捜査官だ!離せ!」

「大人しくしろ!頼む、こいつを押さえてくれ…!」

「くそっ!貴様ら、ハメやがったな!!」

「…酷い言いがかりね、アル捜査官」

 
 突如、包囲していた数十人の警官隊を更に取り囲むほどの規模数で現れた特殊部隊。車両とヘリコプターから、ぞろぞろと出てくる。あまりの急展開に、場はパニック状態になる。そしてみるみるうちに、アルとその部下たちが特殊部隊に武装解除させられていく。形勢逆転。アルは3人がかりで押さえつけられていたが、気も狂わんばかりに暴れて怒り散らしている。それはあまりにも、見苦しい光景だった。


「やめろ、この下っ端ども!」

「まあそう言うな。明日からのあんたは、俺たちのような下っ端どころじゃなくなってるだろうからな」

「もう喋らせるな、連行するぞ!」

「お…俺は許さんぞ……巡音ルカーッ!!!」

「I wish you happiness・・・」


 君に幸あれ。ルカの皮肉ったその言葉は、アル最後の捜査官人生の手向けになったのだった。


「ルカさん…!」

「もう大丈夫よ、ゆかりちゃん。今度こそ本当に助かったわ」

「はい…」

「どうしたの、ゆかりちゃ…」


 ゆかりはルカの胸の中へ飛び込んできた。どうしたのかと問いかけようとしたが、それはやめてゆかりを抱きしめた。なぜならその少女が、目に小さな涙を浮かべていたのに気づいたからだ。結月ゆかりは体こそは弱いが、気丈な女性だ。でも生死をかけたこの戦いから解放され、ルカも瑞希も無事だったことに安心すると、思わずまた涙が出てしまった。

 ありがとう。そしてよく頑張ったわね。ルカは自分の胸の中で、ゆかりに優しく囁いた。


「…もう、ゆかりちゃんったら」

「それにしても、往生際の悪い人でしたね」

「ええ。あの様子じゃ、パトカーの中でも暴れてるかしら?」

「多分そうでしょう…ふふっ」


 2人の間にやってきた瑞希とルカは、そんな笑い話を交わす。ゆかりも涙を拭って笑顔を見せる。それを見たルカは、ゆかりの肩に手を当てた。


「よし。ゆかりちゃん、もう落ち着いたかしら?」

「…はい、大丈夫です!」

「お嬢様、脅威は去りました。巡音様も無事ですし、引き続き透析を受けに病院へ移動しましょう。時間がありません」

「あっ、そうだった! でも瑞希ちゃん、ルカさんをお送りしてからでも…」

「ゆかりちゃん、今は私のことを忘れなさい。こんなこと言えた義理じゃないんだけど、これからは自分の体を一番大事にして。お願い、約束よ」


 ゆかりは黙って頷いた。少し寂しそうな顔をしていたが、すぐに微笑んで「はい」と返答した。ルカはここから自力で空港へ向かうことを話し、ゆかりたちと別れることになった。まだ戦いの緊張が醒めやらぬ中で。


「ゆかりちゃん!」

「…ルカさん?」

「あなたに、大きな借りができちゃったわね」

「いえ、まだ私の方が返しきれていませんから!」


 日没まで、まだ時間があるニューヨーク。だが逃走前より少し日が暮れていて、ルカには街の光景が何となく別のものに見えた。今日はとても疲れたし、日没を迎える前に帰ろうかしら…とルカは考え、忌々しいバリケードの向こう側へ越えていこうとした時だった。体格のがっかりした、背広の男がルカの背後から現れる。


「巡音さん、巡音さん!ご無事ですか?」

「ええ。あなたは確か、アンさんの使いね。前にあったことがあるから、すぐに分かったわ」

「お久しぶりです。ところで巡音さん、これからどちらへ?」

「今すぐ日本へ帰るわ。また友達に迷惑をかけるわけにはいかないから。アンさんには後で必ずお礼をしに行くと、伝えておいていただけるかしら?」

「分かりました。しかしまさか…これからお1人で帰られるつもりですか?」

「そのつもりよ」

「それはあまりにも不用心ですよ!先ほどまでアル捜査官に追われていたというのに!こちらから政府の護衛を呼びます、それまで…」

「いいの。もう護衛はこりごり。だから自分の身は、しっかり自分で守れるように…いや、誰かを全力で守れるようになるために、私はもっと強くなるから」


 ルカは護衛を取り付けようとしたアンの側近をよそに、颯爽と街中に消えていった。明日からまた始まる戦いに向かって。ふとここで、道端を歩いていたルカの頭に、1つの疑問が浮かび上がった。私を抹殺するために計画を実行に移したアルは捕まったものの、彼の依頼主とは誰だったのか。そのことを知らずじまいに終わってしまった、今回の事件。


「こんな国まで、刺客を差し向けられるのは…」


 一方その頃、日本にあるアンドロイド平和統括理事会の理事長室では…


「…アル・トーテンコップ捜査官が、巡音ルカの暗殺に失敗。加えて当人とその部下は当局に拘束され、我々との繋がりを知られてしまう危険性が起こりました」

「フフッ…MARTの子たちは、本当に侮れないですね」

「理事長、いかが致しましょう?」

「まさか、あのアルが失敗するとは思いませんでした。恐らく力任せに挑んで負けたのでしょうが…仕方ありませんね。彼には、しばらく舞台から退場していただきましょうか。それと、おしゃべりな口を塞いでおくのも忘れずに」

「はっ。心得ました」

「あの子たちにも、もっと厳しい躾を与えないと駄目ですね。それにしても、近年はここ日本だけではなく、様々な場所で色んな出来事が起こり渦巻いて…本当に世界情勢は複雑怪奇です」

「仰る通りでございます、ローラ理事長」


 黄毛碧眼の西洋人を体現したような風貌をもつ、平和統括理事会理事長・ローラ。MART最大の敵にして最凶の存在。彼女を前にして、ひれ伏さない者はいない。席を立ち、ゆっくりと窓側に歩いていき、慈愛に満ちた目で夜空の半月を眺める。その時に浮かべた笑みは、女神のようにも邪神のようにも見えた。


「ああ、私の愛しい子供たち…」


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「VOCALOID HEARTS」~第27話・君に幸あれ~

皆さん、明けましておめでとうございます…って遅いわ!
というわけで、お久しぶりです。気がついたら、もう2月だそうで…←

今回は去年から暖めておいた、27話を投稿させていただきました!とりあえずルカ編は、ここで一応の終わりになります。たった4話しか書いてないのに、やたら長かった気がしますね。
次は再び番外編的なものを投稿しようと思っています。

ボカロハーツの黒幕、ローラ理事長の登場。カイトたちとの決戦が、刻一刻と近づいていきます。

新年が明けても、相変わらず面白い小説には程遠いものしか書けないやつですが、今年もまた宜しくお願いします!

閲覧数:801

投稿日:2013/12/24 21:34:50

文字数:5,764文字

カテゴリ:小説

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  • enarin

    enarin

    ご意見・ご感想

    こんにちは、本当にお久しぶりです。

    いろいろあって(まだ現在進行形ですが)顔を出せず、新作も書けずで申し訳ないです。とりあえずお得意様の作品達を回ってコメしている次第です。

    さて、今年2月の作品ですが、なんと、ちょうど”アル捜査官”の事のキリになっていたんですね。私としても、話の節目が読めてとても助かりました。

    まぁアル捜査官は、当然の結果となりましが、とてもルカさん側が窮地に陥ったので、とてもハラハラしました。大逆転で逆逮捕できて、とても良かったです!

    最近、ニホンの警察内部の事件が多いので、なんかアルのような人物が、単なる”架空の人物”と思えなくなってしまった現実があるだけに、怖いですね。

    では、続きを拝読させて頂きます!

    2013/03/14 15:23:35

    • オレアリア

      オレアリア

      enarinさん、今晩は!
      本当にお久しぶりですね。でも、まだお忙しそうな感じで…
      こちらもディアフレを楽しみにしています。是非ともお時間ができれば、続きをお願いします!

      はい、この回はちょうどルカ編の節目になりました。何分、更新のペースが本当に遅くて(笑)
      なんやかんやで、これでストーカー捜査官…じゃなかった、汚職捜査官の正体も白日の下に晒されることになりました。ざまあみ(ry
      いやいや、こんなありがちな逆転劇なのに!

      アルは相手を平気で冤罪逮捕したり、ルカを暗殺するためにヘリで追跡したり、挙げ句の果てには対戦車ライフルをぶっ放したりと、もう悪徳ってレベルじゃない刑事でしたが、enarinさんが言われた通り、正直最近の日本の警察は不祥事が多くて僕は非常に残念です。さすがに小説や映画のような「フィクションみたいなトンデモ警察」はいませんが、不祥事や汚職に関しては現実問題として起こっていますしね。
      こんな偉そうな事を言える自分じゃないですけど…

      かなり前の回なのに、読んでいただいて本当にありがとうございました!次のメッセージも、読ませていただきます。

      2013/03/28 18:07:58

  • ミル

    ミル

    ご意見・ご感想

    オセロットさん今晩は!そしてあけおめです!
    ボカロハーツの続きを待ってました!

    今回はルカストーリーのラストということで、アルのしつこさが前面に出されていましたねw
    もうストーカーというべきか、でも最後はみんな助かって良かったです!

    そしてようやく理事長の登場、今までどんな人か分からなかったんですが・・・ローラ理事長、これは手強そうですね。

    次回は番外編!これも楽しみにしてます!また次のうpも待ってます!

    2013/02/12 21:06:28

    • オレアリア

      オレアリア

      ミルさん、今晩は!
      こちらも明けましておめでとうございます!またしてもメッセージ返しが遅くなって、本当にすみませんでした…まったく本当にだらしない(汗)

      小説の続きを更新するのは去年以来になりましたが、続きを待っていて下さって嬉しかったです!
      アルには、このルカ編を通して彼女のストーカー…いや、強敵として活躍していただきました←
      でもいつの日か、彼がリベンジする回を作りたいと(ry

      強敵といえば、今回からローラ理事長も登場させました。今後、徐々にその目的やベールを明らかにしていきたいと思います。

      ブックマークありがとうございます!次の番外編も早く更新できるように頑張ります。

      2013/02/19 21:59:50

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