「……はぁ……はぁ……はぁ……」
大きく息をしながら、メイコが量産型の残骸を足元に叩き付けた。
そしてあまり余裕のない声で、後ろに立っているミク達に声をかける。
「ね……ねぇ、ミク、リン、レン……あんたたち、何体倒した?」
「わ……私は300体ぐらい……かな……」
「あたしとレンで……400体ぐらい……?」
「大体そんな感じ……だな……」
次いでグミにも同じ問いを投げかけるメイコ。
「グミ! あんたは?」
「あたしは大体500体ぐらい……カイトさんは?」
「僕は600体ぐらい行ったよ……ふふ、この卑怯戦士には誰も敵わぬようd」
「ちなみにあたしは800体ぐらいね」
「……………」
あっさりと述べられた最高記録にカイトが呆然としている間に、メイコはルカに振り返った。
「ルカ、あんたは何体倒せたの―――――」
『1200』
『うお!!?』
―――――しかしルカはさらにその上を言っていた。妙なデジャヴを覚えて思わず顔を見合わせるミクとレン。
「合計で約3800体か……」
「……その割には……」
『……減った気がしないわね』
疲弊したルカ達の目の前には―――――未だ5000体はいようかという、量産型VOCALOIDの群れが広がっていた。
空中戦艦からは次々と量産型が降ってくる。まるで途切れることを知らないかのように。
今地上にいる500体と、倒してきた3800体、そして未だに降ってくる個体も合わせれば、10000体以上いたことは間違いないだろう。
「いくらあの戦艦がでかいからって、この数は異常……よね?」
「異常どころじゃない……これだけの数を収納するには、必要ないものを片っ端から除去しないとスペースが作れないでしょうに……!!」
討論している場合ではなかった。敵の数はますます増している。いくら脆いと言っても、動きのキレ自体は本物と大して変わらない。攻撃を当てることができなければ、それこそ嘗ての強敵たちが隊を編成して挑んできているのと同意である。
何か対策を考えなければ―――――このままではジリ貧だ。
「……!」
襲い来る敵を殴り飛ばしながら、ふとメイコが空中に浮かぶ戦艦を見つめた。
量産型を吐き出し続けている空中戦艦。あの中には、愛するマスター達のゴミのような弟子共がいる。
―――――この状況を打破し、この戦いにケリを付けるには。
不意に足元でパソコンを操作するネルに声をかけた。
「ネル!」
「? なによ、メイコさん?」
「あの戦艦……内部から落とせないかしら?」
「!! ……やれないことはない、と思うけど……その間、これに耐えなきゃいけないよ?」
「ふふ……上等よ! ……ルカ!!」
嗤ったメイコ。背後のルカに声を飛ばした。
「な、何めーちゃん!?」
「あんたはミクとリン、レンを連れて、あの戦艦を叩いてきなさい。その間ここはあたしらで食い止める」
「な……なんですって!!?」
思わず振り返るルカ。隙アリとばかりに敵が襲い掛かってくるが、瞬時に『サイコ・サウンド』で空の彼方へと吹っ飛ばしつつ声を荒げた。
「何言ってんのよ!! この数をめーちゃんとグミちゃんとカイトさんで抑えるってーの!?」
「あったりまえでしょーよ」
「ここまでだって散々苦戦してきたのに、3人で何とかできんの!?」
「周囲一キロ『バースト改』で薙ぎ倒せば行けるわよ!! その間にあんたたちがアレに侵入して!! 残ってる量産型破壊して!! あわよくば動力部もぶっ壊して、でゲームセットよ!!」
「そんな都合よく行くの!?」
「行かせなきゃ勝てないでしょうがこの戦!!」
2人の言い争いが続く。勿論その間にも、襲い掛かる敵を殴り飛ばし、叩き潰し、天空高く投げ飛ばしている。
その扱いだけ見ればメイコの言い分はもっともだが―――――敵の数を見れば、ルカの反抗も納得と言わざるを得ない。
口論はほぼ平行線だ。いつまでたっても決着がつかない。
「とにかく!! 敵が多いなら出所を潰してきなさい!! あたしらがやられるとでも思ってんの!!? いい加減信用しなさいってのよ!!」
「だけど―――――――――――――――――――――――――」
『やれやれ……本当にお主は仲間を信用せんな。切羽詰まった時こそ仲間を信用せねば、勝てる戦も勝てぬのだぞ?』
「っ!!?」
突如ルカの脳に響く懐かしい声。
それとほぼ同時に――――――――――
《――――――――――ボゥン!!》
碧い焔の渦がルカ達の側を駆け抜け、量産型の群れが消し飛ばされた。
その量産型の群れにあいたクレバスを―――――閃光のように貫いて飛んできた者がいる。
灰色の毛並み。揺れる2本の尾。全身に纏った碧い焔。―――――人間臭い、不敵な笑み。
ルカ達にとっては―――――最早見慣れた、紛れもなく『最強』の名を冠する神獣の姿。
『平和を謳っておきながら……相変わらずのんびりと出来ん町だなぁ、ルカよ』
現れたのは――――――――――ルカの盟友・猫又ロシアン。
「ろ……ロシアンちゃん!!?」
驚くルカをよそに、ロシアンは周囲をざっと見渡し、再び不敵な笑みを浮かべた。
『状況は大体掴んだ。……最終決戦というところだな?』
「!! ……ええ……!!」
戸惑いつつも、強い意志を目に宿して応えるルカ。そんな彼女を見たロシアンの眼が、一瞬だけ優しさに包まれた。
そしてすぐに目つきが鋭くなり、ロシアンの体に纏わる碧命焔が激しく燃え上がった。
『行ってこい、ルカ!! ここはこの吾輩が食い止めてくれるわ。このような軟弱な臭いを振りまく雑魚共など、鎧袖一触よ』
「え!? で……でも――――――――――」
『『身内の戦いに巻き込むことなどできない』などとでも考えているのか?』
「うっ」
言葉に詰まった。どうやら図星の様だ。ロシアンの笑みが今度は小馬鹿にしたような嘲笑に変わる。
『全くこの甘ちゃんが。確かに初めて出会った頃に比べれば強くもなり戦いに慣れもしただろう……だがこの吾輩を気遣うなど300年早いわ』
「う……だ、だけど、いくらなんでもこの数を任せるわけには―――――」
『……今までも幾度となく言ったと思うが』
小さな猫の身体。しかしながら、一歩踏み出した足が地面に亀裂を走らせた。
『吾輩を何と心得る。齢300年の猫又ぞ』
「……!!」
『行け、ルカ。神獣の加護を得られるなど滅多にないチャンスだぞ? ……貴様の手で、この下らない喧嘩にケリを付けてこい』
家族の言葉よりもずしりと響くロシアンの言葉。それは300年の時を生きてきた神獣だからこそ、醸し出せる重さだった。
「……わかった。行ってくる!!」
『うむ!』
ロシアンが満足そうにうなずくのと、ルカの体がふわりと宙に浮くのはほぼ同時だった。
「ミク! リン! レン! 行くよ!!」
「はわ!? う、うん!!」
『ああああちょっと待ってミク姉、ルカさ―――――ん!!』
戦艦目がけて矢のように飛んでいったルカを追いかけ、ミクとリン、レンも慌ただしく飛んでいく。
あとに残されたのは、呆気にとられているカイトとグミ、膨れっ面のメイコ、そして既に臨戦態勢に入っているロシアン。
「……なーんか納得いかないわねぇ。あたしの言葉は聞かない癖にロシアンの言葉は一言二言で受け入れんのかあの子は」
『信頼が足りんのだ信頼が。悔しかったら吾輩を実力で越えることだな。まぁ1000年経っても無理だろうが』
「うっさいわ」
苦笑いしつつも再び敵に向かって構えるメイコ。
そこでロシアンが背後から声をかけてきた。
『メイコ、カイト、グミ。貴様らはそちら半分を斃せ。吾輩はこちら側半分と……空から降りてくる雑魚を蹴散らしてくれるわ』
「はっ!!? ちょ……それだけでも5000体以上いるわよ!!? いくらあんたでも――――――――――」
そこまで言って、メイコは今の自分の言葉がどれほど浅慮なものだったかを思い知った。
――――――――――地面がひび割れている。まるで噴火でも起きているかのように。
しかし亀裂から立ち上っていたのは碧い焔―――――ロシアンが地中に送り込んでいた碧命焔だった。
『……もう一度だけ言ってやっから、その耳の穴かっぽじってよく聞け』
口の端が上がる。血を欲した邪悪な笑み。
それはこの好戦的な猫又の、内に秘めた本当の性格――――――――――
『吾輩を何と心得る。齢300年の……猫又ぞ!!!』
ズン、と大地が震える。
それとほぼ同時に――――――――――
《ギィィィゥゥウウウウウウウウウウウウウッッ!!!!》
ひび割れた大地から―――――九頭の碧命焔の龍が飛び出した!!
『な……!?』
メイコ達が呆然として見守る中、舞い踊る九頭の焔の龍が量産型の群れに目を向けた。
その瞬間―――――ロシアンが命を下す。
『……喰らえ、九頭龍』
たった一言―――――その一言と同時に、九頭の焔の龍は一斉に急降下。
その焔の眩さにメイコ達が思わず目を瞑り―――――――――――――
―――――次に目を開いた瞬間には、ロシアンの目の前にいた数千体という量産型は跡形もなく消え去っていた。
『……ふん。機械人形の割には随分と大きなエネルギーを蓄えている。今日の夕飯は軽く済みそうだ』
にやりと笑うロシアン。この猫又にとっては、メイコたちが散々苦戦した数多の機械人形たちすらも夕飯の代わりにしかならないのか。
苦笑交じりに戦闘を再開したメイコ。そして一瞬だけ、妹達の飛んでいった空を見上げる。
「……頼んだわよ」
一言だけ呟いて―――――拳を固めて敵の群れへと突っ込んでいった。
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