現実と眠りの世界の狭間で、うとうとと夢を見ていた。

俺はどこかの国の王様に雇われた勇者で、捕らわれの姫君を助けにいく旅の最中だった。美しい姫君は悪の魔王に見染められ、花嫁としてさらわれていったらしい。たった一人の王女を失った国の嘆きは深い。長く生やした髭が床についてしまいそうなほど玉座で項垂れた王様が、跪いた俺にぽつりと言葉を落とす。

「頼む、頼れるのはおまえしかおらんのだ。どうか姫を」
「わかりました。じゃあそのかわり」

助け出したら姫は俺のもんってことで、いいっすか?

そんなアホなことを言ったあたりで、目が覚めた。




************************************************************




「…ん…」
煌々と部屋を照らす蛍光灯のまぶしさに目を細める。見慣れない天井。働かない頭でぼんやりと首をあげると、ベッド脇のデジタル時計は22時を示していた。
はて、なぜこんなタイミングで目が覚めたのだろう。

「起きた?」
すぐ側で聞こえた声と衣擦れの音に顔を向ける。
さっきまで一糸纏わぬ姿で自分の腕の中にいたはずの彼女が、何故かもう白いシャツとタイトスカートを身に付け、俺に背中を向けて立っていた。
「…めーちゃん?どうしたの?」
「遅いからそろそろ帰るわ」
白く華奢な指先が器用に首の後ろでネックレスの留め具をいじっている。つけてあげようか、なんて言うまでもなく、彼女はいつだって一人で完璧に身支度を整えてしまう。
「えー、いいじゃん、今日はもう泊まっていこうよ」
「だめ。泊まるつもりはないって前から言ってるでしょ」
「だってめーちゃん明日休みなんでしょ?一晩中俺といちゃいちゃして昼まで寝るなんてどう?」
「明日は掃除して洗濯して買い物するの。っていうかその呼び方やめて」
あっさり言い放たれた言葉に、ふてくされた気持ちで俺は枕に顔を埋める。
「けち、さっきまであんなに可愛かったのに」
「さっきはさっき、今は今。じゃあね、カイト」
おやすみ、と優しく頬にキスをされる。
いつもいつも、別れ際は言葉も態度もつれないくせに、キスだけは優しい。
部屋を出ていく彼女の足音は迷わずと玄関へと向かい、振り返ることももう一度別れの挨拶を告げられることもなく、バタンと扉の閉まる音が聞こえた。
(…ちょっとくらい、俺の方見てくれたっていいのに)

女々しくなりそうな考えを振り払うように、俺は裸のまま立ち上がる。脱ぎ散らかしていたジーンズのポケットから携帯を取り出しアドレスから適当な名前を選び通話ボタンを押す。短い呼び出し音のあと、甲高い甘ったるい声が聞こえた。
「もしもし、俺。今から出てこない?」
行く行く、とあっさりと答える受話器の向こう側に思わず笑いが漏れた。

――彼女以外の女を釣るのは、こんなに簡単なのに。

手短にホテルの名前と部屋番号を告げて、携帯をベッドに投げ捨てる。備え付けの安っぽいバスローブに袖を通すと、部屋の丸テーブルの上に無造作に万札が置いてあることに気がついた。
その抜かりのなさに、なんていうかもう、お見事としか言葉が出なかった。





「おはようございます…あれ?」
翌々日、授業後に事務所に顔を出すと何故か事務所には誰の姿もなかった。カギは掛かっていなかったし、ホワイトボードで確認しても今日は全員が出社のはずなのに。いつもなら社員の誰かから依頼される仕事を先に片づけるのだが、少し待ってみても誰が戻ってくる気配もないので、俺は手の空いたときにやっている資料整理を始める。

俺がこの編集プロダクションでアルバイトを始めたのは1年前。学部の先輩から「割のいい仕事がある」と引き継いだ仕事だった。編集プロダクションと言っても単なる学生の俺が出来る仕事は限られていて、社員から振られる簡単なチェックや資料の整理、お茶汲み、買い出しなど、誰でも出来るほぼ雑用だ。しかし社員の手が回らないことをやる人員が一人いるというのは非常に効率がいいようで、そこそこ要領のよかった俺はすぐに重宝されるようになった。だからかどうかは知らないが、他の飲食業などと比べれば破格の時給を貰っている。


「あれ、もう来てたんだ」
資料整理を終え、デスク周りの掃除でもするかと立ち上がった時、ようやく見知った顔の社員が事務所に顔を出した。
「おはようございます」
「おはよう、早かったな」
「授業早く終わっちゃったんですよ」
「そうか」
茶色いスプリングコートを脱ぎ、彼は自分のデスクに腰を下ろす。どこか外出してきたのだろうか。昼食にしても夕食にしても中途半端な時間だし、営業なら施錠していなかったのは妙だ。
「どこか行かれてたんですか?」
「…うーん、実はメイコさんが」
「め…イコさん?どうかしたんですか?」
「…倒れちゃったんだ、さっき」
「えっ」
どくん、と心臓が不穏な動きをした。だって一昨日の夜、元気だったのに。
「ああ、倒れたって言っても立ちくらみ?みたいな感じでふらついちゃっただけなんだけど」
「あ、そうなんですか」
ほ、と安堵の息をつく。心配なことに変わりはないが、大事には至っていないようだ。
「本人は大丈夫だって言い張ってたんだけど、顔色も悪かったし、今タクシー呼んで帰らせたところ」
「一人でですか?」
「いや、キヨテルがついてった。一人じゃ心配だしって」
「…へぇ」
その瞬間、倒れたと聞いた時以上に俺の心臓が激しく傾いだ。

メイコさんの自宅に、キヨテルさんが?

思わず拳に力が入って、手に持っていた資料が一枚ぐちゃりと潰れる。心配ですねなんてもっともらしいことを言いながら、俺は彼に背を向けた。





『ねぇ、いい加減めーちゃん家に行かせてよ』
『ダメ。だって絶対あんた帰らないじゃない』
『信用ないなぁ。だってさ、ホテル代だってバカにならないじゃん』
『だからいつも私がお金払ってるでしょ』
『……。…そうだけど』
『だからダメ。それに男は部屋にあげないことにしてるの。良からぬ間違いが起こったら面倒だし』
『…もう手遅れのような気もするけど』
『なんか言った?』
『いえ、なんにも』

そんな会話をしたのがいつのことだったか、はっきりとは覚えていない。
『良からぬ間違い』にカウントされていないことが良いことなのか悪いことなのかその時は判断が出来なかったが、今なら分かる。良いことなわけがない。一組の男女としてこの上なく原始的な営みを行っているのに、彼女は俺のことを『男』として意識していないということだ。

お互い相手が居ない時、寂しさを紛らわすのにちょうどいいと利害が一致して始まった関係のはずだった。それなのに。

――この胸の奥の、黒い塊はなんなのだろう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】扉の向こう

カイメイ現パロです。
扉の隙間【http://piapro.jp/t/X5FZ】の続編、カイト視点となっております。
◆カイトがロクでもない男注意!
◆恋人じゃないけど体の関係のある二人ですので、ごめんそれ無理な方は超お逃げになってください
◆個人的問題作の続編を読んでみたいと仰ってくださったあの方に感謝を…!
◆ちなみにめーちゃん視点であと1回くらい続く…かもしれませんし続かないかもしれません。扉三部作なんちってうわぁおこがましい

【伝わりきらない設定】
・カイト(21)→めーちゃん(26)←キヨテル(23)
・めーちゃんとキヨテルは都内の編集プロダクションで働く先輩と後輩。カイトは大学生のアルバイト

閲覧数:2,436

投稿日:2011/04/09 00:24:33

文字数:2,795文字

カテゴリ:小説

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  • マーブリング

    マーブリング

    ご意見・ご感想

    前作の扉は、兄さんこのやろう!でしたが、今回一気に株が上がりました(´∀`*) いつもニヤニヤさせていただきありがとうございます!

    2011/04/19 23:40:32

    • キョン子

      キョン子

      >マーブリング様
      とんでもない、こちらこそいつもメッセージをくださってありがとうございます!
      本当に励みになります(*´ω`*)
      前作の兄さんは先生視点だったので思いっきりダメな奴にしてやりましたが、今回は救済措置をとりましたwこれでいつになるか分からない次回作はめーちゃん視点で…なんて構想もありますので、またぜひ読んでやってくださいませ♪ありがとうございました!

      2011/04/21 14:36:13

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