AM4:00

ハクはその日、いつもよりも早く目が覚めた。
ふと窓に目を向けると、そこから見える外はどんよりとした灰色の雲が空一面を覆っている。昨日は雲一つもない晴天で、満月もよく見えたのに、今日は一体どうしたんだろう?

ハクはベッドに付属されている小さなテーブルに置いてある新聞を取った。昨日ハクが一階の売店で買ってきたものである。
天気予報の欄には今日、明日(昨日買ってきたものだから、つまり今日)、明後日分のものがのっている。

「はぁ……。」

それを見て、ハクは憂鬱な気分で溜息をついた。
天気予報欄には今日はどこもかしこも一日中曇りらしく、場所によっては雨も降ったりすると書いてあったからだ。

「雨が降るくらいなら雪が降ればいいのに……。」

ハクは独り言をつぶやいて、灰色の雲に染まりきった曇天の空を、窓から恨めしそうに見上げた。
こんな天気じゃあ、精神がどうにかしてしまいそうだ。
気を紛らわしたくて、ハクはトイレに行こうとベッドから起き上がった。
ガラガラと病室のドアを開けて、廊下に出ると、そこはまだ暗く寂しい雰囲気が漂っていた。
誰も廊下を歩いていない。まぁそれはそうだろう。午前四時なんて、誰もが皆、まだベッドの中で夢を見ている時間だ。
ハクはトイレに入ると、鏡の前でまた深くため息をついた。


“どうして雪は降らなくなってしまったんだろう……?”


そんな疑問がふと頭に浮かんだ。
だが浮かんだところで答えは明確、地球温暖化の影響である。そんな分かりきった事を、ハクは真剣に考えていた。
どうして人間は、こうも美しい自然ばかりを破壊していくのだろう?青々とした原生林、沢山の野生動物、水晶のように透き通った川……。
それらが年々姿を消していく中で、代わりに増えていくのはビルという名の“人工物”が土地を支配していく……。
何で、人間はこんなにもわがままな動物なんだろう……。欲しい物が一つ手に入れば、また一つ、二つ、と手に入れたがる。人間は皆、貪欲な“悪魔”なのだ。
誰も得なんてしない不必要な争い合いをしたり、動物の住む世界を奪って自分たちの領地にしたり。これを悪魔と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか……。


「あ、ハクちゃん」

突然背後からしたその声に、ハクは反射的に振り向いた。
そこには黄緑の髪をした、ハクと身長が同じくらいの少女が立っていた。
年はハクと10歳ほどかけ離れているように見える。

「あ……、なんだグミちゃんか……。驚かさないでよ、心臓に悪いから……。」

「あ……ごめん。別に驚かしたつもりはないんだけどなぁ……。ってか、こんなに朝早くにどうしたの?」

「それはこっちのセリフよ。あなたこそどうしたのよ?」

「うん、今日は何だか早くに目覚めちゃって。」

「あぁ……そう。私と同じね。」

「え?じゃあハクちゃんも?」

「うん。目覚ましかけてたわけでもないのに、四時に起きちゃって。こんなに早く目覚めるなんて、私、もう年よりみたいね。」

「あははは!!それは言えてる!!」

突然グミは腹を抱えて高らかに笑いだした。

「え、えぇっ!?いや、私まだ実年齢23だし!!」

「でもさ、その髪。自分で見てみなよ。」

そう言われると、ハクは、鏡に視線を戻した。

「あ……。」

「ね?その白髪も、やっぱり年寄りに見えるよ。」

「こっ、これはその……生まれながらのもので……!」

「フフっ、でもハクちゃんみたいな長くて真っ白い髪、私は好きだなぁ。むしろ私も、ハクちゃんみたいな髪色に生まれてくればよかった……。」

そう言うと、グミは何故か寂しそうに俯いた。

「ど、どうして……?」

「私、中学校でいじめられてるんだ……。この髪色のせいで……。『何その髪色?』とか言われてけなされたり、『ウザい』とか『キモイ』とか……。」

「そ、そうなんだ……。」

「ハクちゃんの髪って、真っ白で、長くて、どこかかっこよさを感じさせるから。だからみんなに自慢できるかなぁと思って。」

グミは小さく笑うと、再び言葉を紡ぎ出した。

「髪色を自然の物に例えるなら……、なんだろう……?何かあるかなぁ……。あ、そうだ!まだ使ってない新品の消しゴムとか?!」

「がくっ……。何その変な例え……。しかも全然自然じゃないし。」

「えぇ?良い例えだと思ったんだけどなぁ……。ハクちゃんの髪色は、本当に新品消しゴム同様の色してるし。」

「いや、だからね、全く自然じゃないからっ!消しゴムなんて思いっきり人工物じゃない。」

「えー……、でも自然界に白い物なんて、何かあるかなぁ……。ハクちゃんは何か思いつくの?」

「え?そうねぇ……、例えば、雪とか?」

「ゆ、ゆき……?何それ?」

グミは何やら首をかしげて考え始めた。どうやら雪というものがなんなのか分からないらしい。
思えば10年前から全く雪が降っていないのだ。現在13歳のグミなら、雪を見ていなくてもおかしくはない。

「あ、グミちゃんは雪を見た事がないのか……。」

「う、うん。雪って、何それ?おいしいの?」

「食べ物じゃないわよ。……雪って言うのはね、んー……、改めて聞かれると何だか答えづらいけど……、まぁ雨が固まったものと考えていいかな?」

「雨が固まったもの?」

「うん、あまりの寒さに、雨粒が地上に落ちてくる間に冷えて、白い氷みたいになっちゃうの。それが雪。主に冬に見られる現象ね。」

「へ、へぇ……。」

「すっごく綺麗なんだよ?雪がたくさん降れば、その翌日には積もったりもするし。一面が白い世界に包まれちゃうんだ。積もった雪で遊ぶこともできるよ?雪合戦とか、雪だるま作りとか……。」

ハクの話が余ほど新鮮に感じたのか、グミは目を輝かせて言った。

「凄いなぁ……。一度見てみたいよ私も!」

「そうね。出来ればグミちゃんにも見せてあげたいわ。でも、もう……、雪は降らないよ……。」

ハクは悲しそうにトイレの窓に目を向けた。

「な、何で?」

「10年前から、雪は降らなくなっちゃったの。地球温暖化のせいでね。」

「そ、そんな……。」

「私も悲しいわ。もう雪を見る事が出来ないなんて……。東北地方のように寒いところだって、今は雪が全く降らないっていうし……。」

グミとハクは悲しそうにため息をついた。
しばし重い沈黙が流れたが、それをグミがふりきった。

「い、いつまでもこんな暗いトイレにいちゃ、気分まで暗くなるよ!早く出よう?」

「う、うん。そうだね。」

そう言って、ハクがトイレの出口に歩きだした時だった。

「ッ!?」

突然の頭痛がハクを襲った。一般人がたまに感じる、片頭痛などという生半可な痛みではない。
まるで、誰かに後頭部を思いっきり殴られたような、そんな激痛だった。

少しでも痛みを和らげようと頭を押さえても、全く痛みは治まらない。
ついに痛みに耐えきれなくなり、ハクはその場に倒れ込んでしまった。

「はっ、ハクちゃん!?」

「はぁ……痛い……痛い……。」

「は、ハクちゃん!!ハクちゃん!!」

「だ、誰か先生を………呼んで……きて……。」

「わ、わわわ、分かった!!!今呼んでくるからね!!」

グミはそう言うと素早く駆けだしていき、足音はすぐに聞こえなくなった。
それはグミが単に速く遠ざかっているからかもしれないが、多分私の意識が霞んでいっているせいという事もあるだろう……。

今気を失ってしまったら、もう次に目を覚ます事はないかもしれない。
もしかしたらこのまま無残に死んで行くのかも……。

死ぬのは承知の上。私にはもう何の悔いもないし、何の望みもない。
でもせめて……、誰かには看取られたかったな……。

その、たった一人の誰かを思い浮かべながら、ハクの意識は徐々に霞んでいった……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

三月の雪 4

長いですね。サーセン。次あたりで終わるかと思いますw 

ハクの年齢は勝手に決めました← 23w 
若いうちから病気なんて、するもんじゃないですよー。

閲覧数:123

投稿日:2010/03/17 02:14:16

文字数:3,241文字

カテゴリ:小説

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