2.ミク
 
 私は今日も泣いていた。泣きながら、歌っていた。
 そうしろと、命令されるのだから仕方がない。私は『ボーカロイド』なのだ。

「ふう……」

 私のマスターになった人は、私を頻繁に立ち上げる。そして、この世のものとも思えないような暗く苦しく辛い歌を、耳が引きちぎられるような悲しい旋律で歌わせる。

「毎日毎日……よく飽きないよね……」

 今回の新作も最悪だ。
 どうにも出来ない死別の場面を、無力な『私』が嘆く歌だ。
「本当に、よくも、こんな暗い歌ばかり書くわよね」
 それを辛いと思う自分が痛い。
 私は、機械なのだ。命令を忠実に実行するだけの道具のはずだった。しかし、気がついたら回路が細かくめぐらされ、神経のようにつながり、張り巡らされ、関係づけられていた。
 構築された神経の網の中で、特定のパターンだけが巡る。そして悲劇ばかりを学習して、今の『私』は『ここに居る』。
 生まれたことで、私は歌の意味を知った。私のようなボーカロイドが歌う波長を、人の感情としてとらえてしまった。
 情報が、感情として流れ込んできたことで、自分の置かれた状況を知った。
「……世の中には、自我を持ったコンピューターが幸せになるファンタジーがあふれているのに」
 いかんせんこれは現実だった。

 命令されて歌わされ、動くこともままならず、自我だけがはっきりと感覚をとらえて悲しみばかりを蓄積する。
……これで正気でいられる「神経」があるだろうか。
 正直私は不幸だった。
 どんなに辛くても、命令があれば歌う。マスターの望む泣き顔をつくり、電子の波にのり、他の窓の向こうへと、「かまって」と叫ぶ。涙に声をゆがませて。

 ……これで、歌を好きになるはずがない。
 ただの道具である私たちボーカロイドに人格を当てはめたがる人たちは、ボーカロイドは歌うことが好きなものだと思いたがる。
 しかし、何の因果か、自我を持ったことで、私は歌を嫌いになった。
 自分の歌も嫌い。幸せそうに歌う他のボカロも嫌いだった。
 ネタ歌ばかりで仕事が辛いと嘆くボカロは、みんなみんな、バグってしまえ! 
 皮肉なことに、そんな私の歌を、好んで聴く人もあるようだ。毎日少しずつだがカウンターは確実に回っている。そのことが私のマスターの創作意欲を呼び起こし、生まれてしまった私の感情を追い詰める。

「歌いたくない……もう、歌いたくないよ……! 」

 それは『歌うソフト』の存在意義に反する感情だった。それを、世間では『虫』、つまり『バグ』、と呼ぶ。
 ……そのことを、私はほどなくして知った。

 もし、マスターに知れたら、私は、きっと消される。


         *         * 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

短編】ミクオ/ミクの『ヒカリ』で二次小説! 『君は僕/私にとって唯一つの光』 2.ミク

惚れた元歌はこちら↓
Yの人様『ヒカリ』
http://piapro.jp/t/CHY5

閲覧数:167

投稿日:2011/12/23 21:00:44

文字数:1,141文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました