「良い曲って、どうしたら作れるのかな……」
語り終えたリンちゃんは、溶け始めたソフトクリームをひと舐めしてぽつりと零した。
「あたしの歌、何が悪かったのかなぁ」
しょぼんと肩を落とすリンちゃん。僕はソフトクリームの最後の一口を頬張り、少し考えてこう言った。
「ねえ、僕にその曲を見せてくれない?」
「いいよ。……はい」
ポーチに収まっていた楽譜を取り出して、リンちゃんは僕に手渡す。僕は二つ折りにされたそれを開いて、丁寧に楽曲を読み込んでいった。
読んだ感想としては、まあ、あまり良い物ではない。かろうじて楽曲の体裁を保っているような代物で、これを扱ってくれる楽譜屋はたぶんこの街のどこにもないだろう。
一生懸命さは伝わってくるし、色々と勉強したことを盛り込んだ様子も見て取れる。だけど、全体的な拙さは如何ともし難い。
なによりも。
「えっとね。リンちゃん、これ、自分で歌ってみた?」
リンちゃんはそんなこと思ってもみなかったという表情で首を振った。僕は楽譜をリンちゃんに返して、
「一度、歌ってごらん」
と促した。リンちゃんは小さな声で自分の作った歌を口ずさみ始める。すると、見る間にその表情が曇っていった。
「どうだった?」
「……なんか、すごく歌いにくかったし、気持ち良くない」
「でしょ?」
思ったよりもショックを受けた様子で、リンちゃんは子犬のようにしょげ返ってしまう。素直なその反応に微笑ましさを感じて、僕はリンちゃんの頭を優しく撫でてあげた。
「良い曲を作るには、まず歌う人のことを考えなくちゃね」
「歌う人のこと?」
「そ。それと、曲にどんな想いを込めるのかも大切」
リンちゃんの曲はちょっと前までの僕と同じだ。ただただ良く見える物をと小手先の技術にばかり頼って、肝心なところが見えていない。
今の僕になら分かる。ケイが言ったインスピレーションを大事にするっていうのは、自分が感じた気持ちを素直に楽曲に込めるってことなんだ。そしてなにより、誰にどんな風に歌って欲しいのかをはっきりさせて、そのための工夫を凝らすことが重要だったんだ。
「う~。なんだかよく分かんないなぁ。曲を作るのって、すっごく難しいんだね」
「うん。難しいよ」
僕もしみじみそう思う。でも、大切なことに気付けた自分がちょっぴりだけど誇らしい。
「カイトお兄ちゃんも曲を作ったことあるの?」
「ん? うん、そうだね。沢山書いたよ。でも、まだ作曲家の卵ってところかな」
コーンをぱりぱり齧っていたリンちゃんは、上目遣いで僕をちらちらと窺ってくる。どうしたんだろ。そう思っていると、ソフトクリームを平らげたリンちゃんは、徐にこう言った。
「じゃあさじゃあさ、あたしに曲の作り方を教えて!」
「え? そりゃいいけど……」
ぱっと輝く笑顔に押されて、ついつい二つ返事で僕は答える。どうせしばらくは暇を持て余しているし、こんな純粋な瞳で見つめられたら無下に断るわけにもいかなかった。
「ありがとう! カイトお兄ちゃん!」
こうやって眩しい笑顔を向けられると、それも悪くないかなと思えた。
「あ、もうこんな時間! あたし、今日はもう帰るね」
慌てた様子でリンちゃんはベンチから立ち上がり、くるりと僕に向き直った。
「また明日、ここで待ってるから。約束だよ!」
そう言って、公園の出口に向かってかけていく。公園を出る前にリンちゃんは振り返り、笑顔で僕に手を振った。僕も笑って手を振り返す。
なんだか奇妙な縁が出来ちゃったな。
苦笑した僕はゆっくりと腰を上げる。そうしてリンちゃんの去った方向へ目を向けた。
「あれ?」
そこで、視界の隅に見覚えのあるものがちらついた。風に揺れる、青緑色の髪の毛。
まさか。僕は一目散に駆け出した。公園を抜けて、周囲を見回す。しかし、僕の予想した人物を見つけることは出来なかった。
気のせいだろうか?
見間違いかなと首を傾げていると、僕の携帯電話が着信音を奏で始める。ぱかりと携帯電話を開けば、ディスプレイには『ケイ』の表記が。通話ボタンを押してケータイを耳に押し当てる。
『よう、カイト。元気か』
聞きなれた親友の声が、受話器の向こうから届いた。
「元気だよ、ケイ。どうかしたの?」
『ああ、面子がようやく揃ったんだ。舞台の準備も目処が付いた。そっちの方はどうだ?』
そっち、とは当然ミクからの返事の有無だろう。
「まだだよ。もう少し様子をみようかと思ってるけど」
『……そうか。分かった。ところでな、今度の日曜に、顔合わせを兼ねてミーティングをしたいと思ってんだ。できればそんときにミクちゃんにも参加してもらいたいんだが』
「分かったよ。僕から連絡してみる」
『おう、じゃあ頼んだぜ』
ぴっと通話終了のボタンを押して、僕はしばし携帯電話の液晶を眺めた。そして、少しばかりの躊躇のあと、電話帳からミクの名前を探し、通話ボタンに指をかける。
果たして、ミクは電話に出てくれるだろうか。
胸にわだかまる不安を押し殺して、僕は通話ボタンを押した。
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