ホームに降り、振り返ると丁度電車の扉が閉まった

長い時間過ごしたその電車は、春風を引き連れ次の駅へと走って行った

視界を閉ざしていた電車が走り去ると今度は燦々と陽を浴び美しく輝いて
何処までも続く青い海が姿を見せた

ふわりとした風に、飛びそうになるつばの大きな帽子を押さえる

その風は潮の香りと木々の独特のにおいを運び、鼻をくすぐった


「ただいま」



十年前、私は歌手を目指すために家族には笑顔で、友達には涙を流しながら

大好きな街には背中を押されながら、旅立った

電車の中、離れていく緑と桜色に染まった山と
青い海に号泣した事を思い出した

そんな私は今、見事に夢を叶え嬉しい事に大人気歌手として活躍している

先日、ライブツアーを大盛況に終え、寄せ集めた四日と言う休みを
この故郷で過ごすため帰ってきたのだった

改札口を出ると、
そこには高校に通うために使っていた古びたバス停が出迎えてくれた

赤茶色の屋根も相変わらず、だた三つ並んだ青であるはずの椅子は
色褪せていた

右手には、学校終わりに通った駄菓子屋があった

いつもの―店の外―場所に椅子を引っ張って、
本を読むおばあさんも変わらずにいた


「もう十年か、早いなぁ」


懐かしさに後ろ髪引かれながら、家で何も知らずに待つ家族の元へと急いだ

駅から歩いて五分、見えてきたのは両端を緑で囲まれた
緩いカーブを描く坂道にたどり着いた

春になると桜色に染まる坂道、よく歩いては走っては転んでいた事を思い出す

この坂を登れば、公園を越えれば家が見えてくる

多少早歩きになりながら、坂を登り始めると
向かいから下ってくる二人の主婦

一人は乳母車を押し、もう一人は二人の子供の手をひいて楽しそうにおしゃべりしている


「それで、もう夜泣きがひどくて」
「まだ小さいからいいじゃない、この子なんてまだ夜泣きがひどいのよ」


その二人の横顔を見た瞬間、思わず顔を伏せた

すっかり母親となっていたその二人は、中学の時の友達であった

『ミクって、子供みたいでかわいいよね』

『中三なのに小学生?って聞かれるくらいだもんね、アハハ』

と二人に笑われた時のことが脳裏に浮かんだ時、ふと思った

果たして、あの二人は今の私をあの時の“ミク”だと気づくのだろうか

大人っぽさを引き立たすためのメイクを施し
唇にはキャラメルベージュの口紅を引いてる

きっと気づかれない、落ち着いたらまた二人に顔を合わせよう

そんな思惑を立てていると、不意に左手に感じたぬくもり


「ん?」


振り向くと、そこには兎の耳ような可愛らしい白いリボンをした女の子が立っていた

頬やレモン色の髪、服に砂や泥をつけて、いまにも泣きそうな表情をしている

「どうしたの、いじめられたの?」

そう問いかけると、女の子は小さく首を横に振る

ポケットから出したハンカチで砂の付いた頬を拭き、
目線を合わせる為腰をかがめた


「ち、がう……違うの、あたしの大好きな人と、はぐれちゃったの」


涙で潤んだ大きな瞳、寂しさを我慢するように拳を握る小さな手

その姿に、私は昔の自分を重ねたからなのか、心を痛みを感じた


「それじゃ、お姉さんと一緒に探そう! ね?」


私が迷子になったとき、助けてくれた人たちが見せたように
満面の笑顔を見せる

なのに、その子は悲しそうな表情のままだった

どうして、そんな顔をするのか、私には分からなかった






リンと名乗った、その子の手を引き、余計な体力を奪う重い荷物を置きに
家に向かった

開け放たれた障子の奥から、見える懐かしのリビング

いつも母親がいるはずなのだが姿が見えない、皆出払っているらしい

縁側に腰掛け、荷物を置くと私を握ったままのリンちゃんと
元来た道を引き返した

まず、私は駅近くの交番に行くことにした

この街は、大きくもなければ有名でもないが美しい自然や海に惹かれ
観光客が訪れる

その度、子供が初めて見る自然に興奮し親元を離れてしまい迷子になる

するとその親は駅前交番に駆け込む、と言うのが定番だから

きっとリンちゃんの大好きな人―きっと親であろう―は
交番に駆け込んでいると思ったからだ

私は小さな手をしっかりと握り、まだ悲しそうな顔をするリンちゃんに言った


「大丈夫、ちゃんとリンちゃんが大好きな人に会えるまで一緒にいるから」


そう言うと頷く、頭のリボンも合わせて動きを見せる

それがとても可愛いのに、どうしたらその悲しい顔を笑顔に変えられるのかな

どうすれば、と考えていると坂道へと差し掛かった

両端の木々が太陽の光をか細い光に変えて、道に小さな光の粒を落とす

薄紅色の屋根をした駅があり、後ろにはどこまでも広がる輝く青い海

この道は幼い頃から都会に出るまで、と追っていた道なのに

リンちゃんと歩いていると不思議と、別の世界に来たような感じがする

幾千もの見えない足跡が、海に、左右に広がる緑に、
空高く立つ木々に延びている

その中で、リンちゃんの大好きな人が通った
一つの道を探す長い旅に出る様に感じる

この坂を下る中、私はそんな非現実的な感覚に襲われていた




「そう、ですか」


交番につき、白髪混じりの男に迷子情報を聞くも今日は一軒もないと言う


「その子、うちであずかろうか?」


男の言葉に腕をぐっと引っ張られた、リンちゃんが激しく首を横に振っていた


「もう少し、この辺りを探しまっ」


全てを言い終わる前に、私はリンちゃんに引っ張られた

腕にしがみつく、頼られている、離れたくないと思われていると思うと
自然と頬が緩む

それから、私はリンちゃんと一緒にいろんな所を回った

海の浜辺を端から端まで、観光客がよく訪れる旅館を見て回り
街を見渡せる山に

けれどどこに行ってもリンちゃんの探している“大好きな人”はみつからない

そうしているうちに、私たちは海を一望でき場所へとやってきた

夕日が海へと沈んでいくその光景を背にリンちゃんを長椅子に座らせた


「大丈夫、疲れてない?」

「うん」


私は、うなづくリンちゃんに背中を向けた

ぐっと伸びた私の影が夕日色に囲まれている


「ね、リンちゃんは早く大好きな人に会いたいよね?」

「うん」


鈴を転がしたような可愛らしい声
きっと大好きな人にはもっと明るい声になるのかな

もし今にも溢れそうな言葉を言ったら、悲しい声になっちゃうよね

でも、分かってるのに………


「そしたら、私はリンちゃんとバイバイしなきゃいけないよね」

「うん」


苦しい、どうしてこんなに苦しいの


「私、嫌、だなぁ……リンちゃんとバイバイしたくないなぁ」


我がまま、大人なったのは外見ばかり、中身は子供のまま、なんだ


「リンちゃんの大切な人、私じゃ、ダメなのかな…?」


そう言った時、どこかで鈴の転がる音がした


「リン……ちゃん?」


振り返った瞬間、そこに座っていたはずのリンちゃんはどこにもいなかった






走っていた、夕日が海に消えかけた風景だけが見た瞬間、走っていた

何処ともなく、半日リンちゃんと歩きまわった場所を全部

暗くなった海の浜辺に足を取られながら
浴衣を着て歩く宿泊客に指さされ驚かれながら


「あれって、初音ミクじゃない!?」

「マジだ! ミクちゃんだ!」


背後で、フラッシュの嵐があろうとも止まることなく走っていた

交番の前を駆け、そして坂道を何度も転びながら駆け抜けた、その時だった

――忘れ物は、ありませんか?――

何処からともなく聞こえた声、そして鈴の音色

道の途中にぼんやりと輝く何か視界がそれが何かを捕らえたその時
ぶわっと涙があふれる

そこには、道に落ちているにはあまりにも不自然な黄色の花の髪飾りだった

疲労にと言う重りの付いた私の足は足元おぼつかない中、髪飾りに向かい歩く

膝をつき、そっと手を伸ばす

小さな可愛い黄色の花がいくつもあり、透明なビーズがちりばめられ、赤い紐に小さな鈴が付いている


「そ、っか……」


リンちゃん、分かったよ、大好きな人、誰かわかったよ

だって、だってね、貴方は私が子供の頃

大好きでお気に入りだった髪飾りなんだもん

七つの時、縁日でお父さんに必死に頼み込んで買ってもらった

いつでも手放さず、付けていた

でも、この街を出る時には夢に追うことが必死で、忘れていて

荷物をまとめていて、手に取ったのに子供っぽいからと置いて行ってしまった


「ご、めんね、ごめんねっ」


胸に引き寄せた、髪飾りは妙に暖かかった

――有難う、見つけてくれて、有難うあたしの大好きな、ミク――

リンちゃんは、貴方は私に逢いに来たんだよね……


「気付か、なくてっ、ごめん、忘れてて、ごめんねっ」


大好きだよ、もう絶対忘れない、もう二度と手放さないから





「あー、またそれつけてるの?」

この街に帰って来て、二日目、親友たちとの食事

親友は私の左右に座り、頭に付けた髪飾りにを指差した


「え、うん、いいじゃない、可愛いから」

「でもさ、折角大人っぽくメイクしてるのにぃ~」

「いーの、だって、これはとっても大切なんだもの、ね?」


語りかける様に髪飾りに触れると、応えるかのように鈴が鳴った

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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【元曲:このり作 花の髪飾り】あの子の探し人《作:神崎遥》

初作品となります、歌い手としてそしてPとして活躍中のこのりさん作である
花の髪飾りを小説にしていました、改めてこのりさんには事後報告であること稚拙な文章であることを謝ります、本当にごめんなさい。もし、何かありましたら、コメントにてよろしくお願い致します。

閲覧数:363

投稿日:2009/08/10 16:43:51

文字数:3,905文字

カテゴリ:小説

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