[第7話]~喪失
 私は、布団で眠っているお凛をひたすら見つめていた。

 「姉さん…?」

呼びかけても返ってくるはずのない反応を、待つ。

 とても綺麗な顔だった。
じきに朝だと気づいて、目を開けるのだと信じていた。

 小刻みに震える唇を無理矢理動かして、お凛に再び話しかけた。
 「姉さん、朝ですよ。お加減はどうですか?」

 庭で鶯が鳴いた。

 「じきにめい子が、朝餉を持ってきますから、起きてください。」

 反応のないお凛に笑顔を向け続けた。

 遠くでまた、鶯が鳴く。

 「姉さん、今飴湯を作って参ります。姉さんほどではありませんがきっと上手に作れます。…だから、だから…」

 起きてください…。

最後は口が動かなかった。

 私も馬鹿じゃない。

 姉さんが、もう私に笑いかけてくれないと判っていた。

 それでも、信じられなかった。信じたくなかった。

 私は、ちょいと顔をしかめてから、また笑顔を作った。

 「そうだ、今日は霧岐屋へ行きましょう。霧岐屋の娘さんも、大層心配していると聞きました。」

 お凛の手を自分の胸の高さまで持ってきて、握りしめた。

 ひどく冷たい、姉さんの手。

 私は、驚いて思わず姉さんの手を離してしまった。

 だらりと私の手から滑り落ちる、お凛の手。
姉さんの通夜の準備か、店が騒がしい。

 ああ、そんな安らかに眠っていないで、いつもの笑顔で私の名前を呼んでおくれ。

 まぶたの裏が熱い。喉が渇く。体が震える。

“姉さんは、なぜ死んだ。”

 店のことばかり気にして、藪医者を呼んだのは誰だ。
大枚を払えば、腕の良い医者なんていくらでも来てくれる。
でもそんな金子、家にはない。
 藪医者と分かっていて、診てもらうしかなかった。

 否、違う。

 大枚を使ってでも、店が潰れてでも、良い医者を呼ぶべきだったんだ。
姉さんさえいれば、店はやっていけた。
一からでもやり直せた。

 姉さんが死んだ。

 両の親は、店を守るために姉さんをを捨てた。
私も、姉さんを助けるように言わなかった。

 …姉さんが死んだ…?

 それは嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!

 姉さんは私たちに殺されたんだ!!!

 喪失、憤怒、虚無、後悔、憎悪…。
どんな言葉でもあらわせない。

 哀しいのに涙は出なかった。

 私は、静かに慟哭した。

 あふれ出た怒りは、両の親へ。

 有り余るほどの後悔と、憎しみは、自分に。


 姉さん、ごめん。







 姉さんを殺したのは、この鏡屋だ。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

緋色花簪

死んだのは病気なのですが、
連にはそれが耐えられなかったようです。

連の過去は、書いてるときになんだか
泣きそうになりながら書いていました。

この展開にしたのは私なのに、
「そうして連が、こんな壮絶な人生を歩まなければならないんだ!」
って。

ごめんよ。連、お凛さん。

 追記

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ありがとうございます!

閲覧数:380

投稿日:2012/05/30 21:04:49

文字数:1,272文字

カテゴリ:小説

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    殺されたの意味は、こういうことだったんですね…

    連は、たちなおれるのでしょうか…
    というよりも、回想前の連は、立ち直っていたのだろうか…
    心の奥では…

    2012/03/18 21:31:19

    • イズミ草

      イズミ草

      こういう意味でした…。

      連は立ち直ってると思います。(多分)
      立ち直れていないのは…、

      おっと、これ以上は言ったらだめですねwww

      果たしてこのメッセの引きを、どう話に絡ませよう…(う?む)

      嗚呼、知恵熱が出そうだ…。

      2012/03/18 21:52:54

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