「見込み違いでした」
 マキはゆかりを正面から見られなくなっていた。
 原因は、彼にあった。
 あたしのおかげですぐに弾けるようになっていると想っていた。
 しかし、彼の挫折は想像以上に深刻だったらしい。
「……あと一ヶ月もない」
 なかなか感情を露わにしないカナまでも、感情を出し始めている。
「これは駄目そうニョロ」
 彼のことをそんな風に言わないでほしい。
「ノリと冗談で言ったんですが、これは覚悟を決めないとなりませんね」
 マキはメンバーたちの会話を心で閉じて、天井を見つめる。
 お願い、成功させて――


 コンサートの日は決まった。
 すでにチケットは売れていて、すでにのっぴきらない状況になっていた。
 一ヶ月、二ヶ月過ぎても俺は鳴らせることが出来ずにいることで、バンドメンバーからマキとの逢瀬禁止令がついに出た。
 それがさらに俺を焦らせる。
「くそ、くそ」
 Jamバンドの仕事の後の逢瀬は禁止されている。
 けれど、仕事の合間なら会うことは禁止されているわけではない。
 俺はメンバーたちの冷たい視線を一身に受けながら、なんとか会っていた。
 ついに二人きりになって俺は、どうしようもない気持ちを吐き出す。
「健。あたしは大丈夫だよ」
「その、ごめん」
「もうー、暗い表情やめてよー」
 俺をマキはどつくが、そのパンチには力がない。
 俺とマキの距離は、ロックとクラシック。
 その距離が、現実にも現れ始めているようだった。
「俺たちは、こんなに近くにいるのに、遠い」
「そだねー」
 マキは、
 ――パンパン
 唐突に綺麗な顔を叩いた。
「こら、しけた面してんじゃないわよ。しゃきっとしてよ」
「はは、そうだな」
 暗いままじゃ、この困難は越えられない。
 それは分かっていた。
「よし、久しぶりにあれやるか」
「あれ?」
「もう一度、ぎゅんぎゅんを教えてくれないか」
「うん、やろう!」
 俺たちはギターを手にとって、それぞれ好き勝手に鳴らして行く。
 最初は不協和だった。
 しかし、回数を重ねるごとに、息が合い始め。
 そして、
 ――ぎゅんぎゅーん
 二人のセッションが動き始める。
「ん?」
 俺は唐突に手を止め考えた。
「ん? どうしたの?」
 マキは不完全な興奮に少し不満を持ちながら言った。
「なあマキ。良いこと思いついた」
「え、どったの?」
「これこれこういうやり方で……」
「ふーん、やってみる」
 俺たちはそれをやってみる。
 すると、
「健、大好き」
「マキ、好きだ」
 それから俺らは、メンバーたちを欺くように検討を重ねていった。


 そして時は流れてコンサート本番になった。
 俺は控え室で瞑想しながら待つ。
「失礼するわ」
 入ってきたのは、結月さんだ。
「……失望しました」
 結月さん、怖いよ。
「スタッフにも迷惑かかるんですよ」
 それは分かっている。
 そもそも弾けなかったら、中止している。
「今後金輪際、マキさんに会わないで欲しい」
 そんなわけあるか!
「ふん!」
 結月さんは出て行った。
 本当の勝負は、ここからだ。

 俺は舞台に出る。
 ファンのみなさん、来てくれてありがとう。感謝に尽きない。
 そして、目の前の特別席には、弦巻マキ、結月ゆかり、jamメンバーのみんなが腕を組んで座っている。
 さすだにマキへ目線を合わせない。
 まずこれは、俺の勝負なのだから。
 俺は息を飲み込んで、バイオリンを持つ。
 そして弾……けるわけなかった。
 妙な静寂がコンサートを覆う。
 俺はスタッフに合図をする。
 少しどよめく観客。
 ――セッションの開始だ。
 ジャズを弾いていく。
 一曲終えると、すぐにクラシックを始める。
 やった! やった!
 成功だ。
 改変したプログラムを新たに配られるようにした。
 弾きながら横目で彼女たちを見る。
プログラムを見た彼女たちは、マキを除いてしてやられた顔をしていた。
もちろん、事務所には根回し済みである。
たくさん曲を弾いて、休憩一番、
「今回だけ、特別ゲストです」
 舞台には、jamバンドメンバーたちのそれぞれの楽器が所狭しと置かれていく。
「jamバンドの弦巻マキさん、天音カナさん、鼓リズムさん、鼓カノンさん、御手師マリーさん。そして今人気急上昇中の、結月ゆかりさんです」
 観客のみんなが拍手で出迎えてくれた。
 俺はそれまでの経緯を話した。
 口笛を吹かれた。
 恥ずかしい。
 でも、ほんとに恥ずかしいのはここからだ。
「みんな、お願いする」
「任せてニョロ」
「……了承」
「次泣かしたら許さないんだからね」
「やられました」
「仕方ない」
「健、やろうよ」
 俺はバイオリンのまま。彼女はギター。
 白い目で見られながらも密かに進めていたバイオリンとギターのセッション。
「はじめよう、俺たちのセッション」
「うん!」
 それから俺たちは、いつもとは違うコンサートの熱狂に身を委ねていった。


 打ち上げを終えて、俺たちは自宅に居た。
 わざわざ気を使うのをやめて欲しい。こっちだってその気になってしまうじゃないか。
 今、俺とマキはソファーでぐったり横になっていた。
 これは惚気ではない。単なる飲みすぎである。
「うぅ」
 あ、やめてくれ。ソファーに吐くなよ!!
 どうやらマキはあのメンバーたちにたらふく飲まされたようで、顔に元気がない。
 それでも俺に柔らかい笑顔を振り向いてくる。
 酔ったマキも可愛かった。
「ねぇ健、これで大丈夫だよね」
「文句ないはずだ」
「ふふ、作戦大成功」
 俺たちはソファーに体を全力で預けて、肩を寄せ合う。
 こんな時間も、たまにはいいだろう。
「……これからも一緒に居てくれる?」
「そんなの、当たり前だろ」
「やーだ、ちゃんと言ってほしい」
 俺はマキにこつんと頭に頭突きをされて、視線を交わす。
 マキは真剣だ。
 俺も、酔っているけれど、真剣だ。
「ずっと一緒にいよう」
「……やった! じゃ、おやすみ」
「あ、おい」
 寝ているフリなのか。それとも本気か。
 俺は確かめることはせず、天井を見つめ、手を上げて手を見つめる。
 マキと出会えたのも、この手とバイオリンのおかげ。
 どちらも決して手を離してはなるまい。
 俺は決意して、その手で彼女の手を握る。
「エッチ」
 マキのその言葉の真意を確かめるまもなく、意識がまどろみ始めていく。
 マキ、おやすみなさい。
 声に出せたかどうか分からない。でも、これからは声に出そう。
 俺はその幸せなまま意識が途切れた。            END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

弦巻マキ『ぎゅんぎゅん慣らし』後編

 物語において重要な、障害の作り方がようやく分かってきたかも。

 今回の元ネタはシェイクスピアの有名な戯曲なんですが。プロットを改定していくうちに、いつの間にか完全に別物になってしまった(元からでもあるけど)。でも、これがオリジナルの創作の醍醐味ともいえるかもしれない。
 だから、今回のお話は、その元ネタを意識しつつも、自分なりに書いたラブストーリーとなります(ラブコメではない)。もし楽しんでくれたら嬉しいです。

 お話は、プロの奏者としてぶつかった挫折を乗り越える主人公とマキさんとのラブストーリーのお話です。(注意点:題材は楽器ですが、楽器の知識は割りと適当です。そこらへんスルーしてくれると助かります)


 さて次回は、主役が琴葉茜ちゃんになる姉妹愛のお話を書こうと思っています。まああくまでも予定ですが。(関西弁をどうしようか)
 もし予定変更があった場合には、鏡音レンくんが主役の兄妹愛のお話になります。


 ……書いててマキちゃんがさらに好きになってしまった。いったいどうしてくれよう。。。

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投稿日:2018/03/05 01:34:04

文字数:2,746文字

カテゴリ:小説

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