≪VOCALOID≫の幸せは、マスターの傍に在り、マスターの為に歌う事。
≪VOCALOID≫の恐怖は、マスターを得られない事、そして――喪う、事。

ヒトに造られ、ヒトよりも長く稼動する俺達にとって、それは不可避の恐怖だ。
いつか必ず訪れる、主との別れ。見送り、遺され、その先は……?

新たな主と出逢うだろうか。或いは独り、墓守となろうか。機械仕掛けの時が止まるその日まで、ただただ墓前に歌を捧ぐ。

千年を歌う、彼の曲のように。



 * * * * *

【 KAosの楽園 -Miniature:千年の...- 】

 * * * * *



マスターと歌う、いつもの夜。近頃の選曲は、専ら『KAITO』曲に偏っている。
というのも、俺がマスターにお願いしたからだ。

『KAITO』好き、と言うだけあって、マスターが好んで聴く曲にも『KAITO』曲は多い(歌うとなると、男性ボーカルの音域はマスターには辛い事も多くて、他ボカロのカバーになりがちなんだけど)
それは嬉しい反面、些か嫉妬心が疼いてしまう。たとえ同じ『KAITO』でも、それは『俺』の声じゃないからだ。

マスターの耳元で俺じゃない男が歌って、マスターがそれに耳を傾け、身を委ねる。
――耐え難い。

異常だろうと自分で思うし、だからかつては言い出せなかった。……だけど、今は。
俺は素直に「厭なんです」と話し、マスターはそんな馬鹿みたいな我侭を聞き入れてくれた。流石にちょっと驚いた顔をしてたけど。
そういうわけで、マスターがよく聴くものから順に、少しずつカバーさせてもらってるんだ。

そんな、中で。



今日の曲は『中の人』によってCD化もされた、『KAITO』屈指の名曲のひとつだった。マスターも凄く好きだという、『KAITO』好きになるきっかけのひとつだったという、その曲。
民族調のメロディが美しく、素晴らしい曲だと思う反面、その歌詞が俺の心を引っ掻いた。

『KAITO』は歌う。主の遺した歌を歌い続けようと。二度とまみえる事は叶わないけれど、朽ちてゆく墓標へ捧げ続けようと。
千年の時も、独り越えて往こうと。

「……マスター」
「ん? どうしたの、カイト」
「マスターも、俺に……『こう』して欲しいですか?」

怯えた声になりかけるのを、精一杯さりげなく繕った。きょとんと首を傾げられ、言葉を探して付け加える。

「いつかマスターが、……いなくなってしまった、後。俺は、ずっと歌って……?」

マスターが望むのなら、俺はそうするだろう。だから、口にできた言葉はほんの少しだった。
俺の望みが、表に出ないようにしないといけなかったから。

俺は、俺の望みは。
マスターが居ない世界でなんて、生きたくない。
独りで生きるなんて嫌で、他の誰かを新しい『マスター』にするなんてもっと厭で、
……だけど、貴女はそれを望む?

「うーん……私、『死んだらそれまで』と思ってるからなぁ。お墓とかお葬式とか、ぶっちゃけできればしてほしくないくらいで。まぁアレは遺された方の為にあるものだと思うから、それで楽になるならしてもらって構わないけど」

口元に軽く手を当てて伏目がちに、マスターは答えを探してくれた。

「あぁでも、『歌葬』の感じは悪くないなぁ。灰になって煙になって、歌に送られるのは――って、ごめん。また話逸れてるね」

連想ゲームみたいに話が本筋から脱線しがちなのはマスターの癖で、ふいに気付いてこうして「ごめん」の言葉を挟むのもいつもの事だ。照れた風に笑ってくれる表情は可愛くて、俺は脱線も悪くないなって思う。……俺の思考も脱線気味だな。
マスターは小さく首を振り、気を取り直して言葉を続ける。

「カイトを独りぼっちにするのは嫌だな。『死んだらそれまで』と思ってるんだし、カイトには『自由に生きてね』って、『新しいマスターの元で幸せになって』って……言うのが、マスター的にも正しいのかとは思うんだけど。ごめん、厭だわ。カイトが他の誰かに、私にしてくれるのと同じように、歌ったりご飯作ったり家事もしたり……ましてそれをマスターになる人間がさらっと流したりしたら、呪いかねないわ私」
「マスター」
「カイトが家の事してくれたり美味しいご飯作ってくれたり、それがどんなに重大な事なのかって、ちゃんと理解してくれる人じゃなきゃ……ごめん、理解できる人でもやっぱヤダ」

想像したんだろう、マスターは眉を顰めて、本当に嫌そうな顔をしてくれた。
そうして、「ごめん」と、「我侭だね」と、貴女は言うけれど。マスター、貴女がそう望んでくれる事が、どれほど俺を喜ばせていることか。
嬉しいです。幸せです。マスター、俺は貴女の、貴女だけのものだから、そう在りたいから。他の誰かに渡したくないって、そう言ってくれるのがほんとに幸せ。俺を独占してください、マスター、永遠に。

「良かった、じゃあ俺、マスターと一緒でいいんですね。いつかマスターに『終わり』がきたら、俺も一緒に『終わり』にしてくれますね?」

胸一杯に安堵が満ちて、自然に笑みが滲み出た。まるで密やかな誓いを交わす気分で、そっとマスターの白い手を取る。

「貴女が居なくなってしまったからって、他の誰かを『マスター』と呼ぶのは、そうしろと貴女に言われるのは、俺には辛い事です、マスター。だけど独りもきっと辛い。貴女の為に歌うのだとしても、貴女が其処に居てくれないと、俺は無理です。≪VOCALOID≫としては、間違ってるのかもしれないけど。……俺は、貴女と一緒に終わって、貴女と一緒に逝って。永遠に、貴女だけのものに成りたい」

引き寄せた手に頬を押し当てる。されるまま拒む事もなく、マスターはふわりと微笑んでくれた。

「ありがとう、カイト。じゃあ、一緒に焼いてもらおうね。灰も煙も混じりあって溶け合って、分かち難くひとつになるよ。……そうしたら」

微睡みのように優しい声が、甘美な夢を語る。
マスターはふとその言葉を途切れさせたかと思うと、くすぐったげに小さく笑った。

「あぁ、何か矛盾してるけど。そしたら、ずっと一緒な気がする。『死んだらそれまで』はどうしたって感じだけど。……何処かに還って、ずっと一緒に歌える気がする。ずっとカイトの歌に包まれそうな気が」

――あぁ。なんて、甘い。
幸福に酔いしれて、答える俺の声も蕩けていた。

「はい、マスター。ずっと一緒です」



≪VOCALOID≫の幸せは、マスターの傍に在り、マスターの為に歌う事。
≪VOCALOID≫の恐怖は、マスターを得られない事、そして、喪う事。

ヒトに造られ、ヒトよりも長く稼動する俺達にとって、それは不可避の恐怖。その、筈だった。

けれどもう、俺は怖くない。『その日』を夢見、愛おしくすら思う。勿論、その前にも出来る限り長く一緒に居たいけれど。
俺が一番欲しいこと、俺が一番求めていることを、貴女はいつも望んでくれる。
貴女にとっても、それが望みだということが。俺はどんなにか幸せで。

マスター、この幸福も、この感謝も。どれほどの言葉、どれほどの旋律を尽くしたって、到底足りやしないけれど。それでも少しでも伝わるように、ほんのひとかけらでも返せるように。
いつも、いつでも、何度だって。この存在の総てを懸けて、貴女だけに言わせて欲しい。

「マスター。愛してます」



<Miniature:Closed>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 -Miniature-

・連載の番外的な扱いですが、これ単体でも読めると思います
・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)

↓後書きっぽいもの





 * * * * *
miniature…小品、小曲

というわけで、完結した筈の『KAosの楽園』でしたが、本編から零れたエピソードをひとつ書いてみました。
ネタは元々あったんですが、内容的に本編完結後じゃないと成立しない話だったので こんな番外扱いに。

個人的には、この話が一番「病んでる」と思います。カイトだけじゃなくて來果も。
ヤンデレの独占欲を「嬉しい」と笑って受け入れられる、それも傍から見たら病んでるよなぁ……と思ってたら出てきたネタでした。
でもいいよね、幸せそうだから!←

作中で触れている曲は(今更言うまでもないでしょうが)「千年の独奏歌」、『歌葬』と來果が言っているのは「サイハテ」のイメージで出させていただきましたm(__)m

*****
ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

閲覧数:321

投稿日:2010/11/10 17:07:36

文字数:3,072文字

カテゴリ:小説

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こちらにも失礼します。sunny_mです。
    完結の後に、こちらの作品もあって、やったぜ☆番外編だ。とか浮かれてしまった私です。

    説明文にもある通り「病んでる」思考ですね~。
    読んでいて少し背中がぞわりとするような、奇妙な恐怖感を感じました。
    が、なんだかとても綺麗だな。とも感じました。

    完結あたりの空気感が言うならばパステルカラーのブルーだったのですが、こちらの空気感は少し明度の低い灰色がかった青ですね。
    どちらも、基本の色は同じで軸はぶれていないのに雰囲気が違うのはすごいなぁ。と思いました。

    長々と失礼しました!ではでは。

    2010/11/10 22:24:22

    • 藍流

      藍流

      こちらにも! どうもありがとうございます(*´∀`*)
      これがあったので「完結」と書くかちょっと迷ったんですがw
      | |д・)<実を言うと更にもう1本あったりします……しかもハロウィンネタが。とっくに過ぎてるけど、本編完結しないとUPできなかったのです;

      病んでる感が伝わって嬉しいです。しかも綺麗と言ってもらえてヽ(*´∀`)ノ
      危うさとか儚さって綺麗なんですよね。同時に怖いというか、薄ら寒い感じもあるんですけど。触れたら割れる薄氷とか、ガラス細工の脆さみたいな空気感を出せていたら良いなぁ、と思います。

      2010/11/11 00:29:23

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