05
そのニュースが駆け巡ったのは唐突だった。
本当に順調に進んでいたのだ。
期待の新鋭MEIKOとネット界で話題のKAITOのデュエット。
KAITOのデビュー、そこまでは。
しかし・・・
「どいつだ?ソースは」
「トシアキのグループの元メンバーですね。
例の、ヤクでとっ捕まった奴です」
「チッ・・・」
秘書の言葉に、男は大きく舌打ちをした。
腹いせにも程がある。
コレ以上なく自分の失態であるはずなのに、よりによってあいつらに八つ当たりするとは・・・
怒りに任せた男の拳が、コンクリートの壁を振るわせた。
穴を開けないで下さいよ、という珍しい秘書の冗談にも、勿論笑ってやれる余裕はその時の彼には無かった。
「・・・・・マスター、なんだか顔色が悪いみたいなんですけど・・」
「大丈夫よ、カイト。
私はなんともないの」
「でも。マスターが倒れたりしたら、僕は助ける手段がありません。
無理とか、絶対しないでくださいよ」
あくまでグラフィックにしかすぎないカイトには、声をかけ、もしすれば救急車を呼ぶことは出来るかもしれないが、介抱や応急処置をすることはできない。
それは酷く、彼にとって辛い時間を与えることになり、彼の歌にカゲを落としたくないと願っている彼女にとって、想像するだに切なくなる可能性だった。
「わかってる。いい子ね、カイト・・・」
静かに微笑む彼女に、だが興奮を覚えたのか不安が爆発したようにカイトが言葉を重ねる。
「それとも。僕が外部ネットワークに繋がらないのも、原因ですか?」
「・・・・・・・」
「"僕"になにかあったんじゃないですか?!
マスター"が"なんともなくても、マスターは優しいからッ」
「カイト!」
「ッ」
荒げられた声を一瞬で包み込んだ彼の名を呼ぶ声は、その大きさゆえに彼女を一時の呼吸困難に見舞わせた。
おろおろと逆上を忘れて画面の中でカイトが戸惑った顔になる。
びっくりするほどそれは、数ヶ月で生まれた「なんともいえない表情」そのままだった。
そんな姿を視界の端で確認した後、彼女はそっと言葉を重ねる。
「いい子だから。
・・・・・貴方の存在意義はなに?」
「・・・・・"歌うこと"です」
まるで禅問答のようなやりとりだが、そういう意味で彼という存在は単純明快だった。
凛とした返答に、ふっ、と彼女も微笑む。
「大丈夫のようね。それが真実よ、カイト。
有名になった分、雑音が増えたのは事実だわ。
ただ、そのノイズを貴方に晒したくない。
私がしているのはそれだけなのよ」
「・・・・マスター」
雑音。
だが、先日まではネットデビューの時にあった反省を含めて聞いてくれている人たちの「声」は二人でよく耳を傾けていた。
境のきっかけは何?
記憶ではなく記録の部分がカイトに答えを落とす。
そうだ。「とーさん」からの、電話・・・
あれが「雑音」?
考えるカイトが見えているのかどうか。
彼女がそっと優しく言葉を重ねてくる。
「もうすぐ、新曲ができるのよ。
タイトルも決まってるわ。
集中を欠いて下手な歌を歌ったら許さないわよ」
「・・・・・・」
「カイト」
「僕の、全力で」
「いい返事だわ」
にっこり。
やっと微笑んでくれた笑みは、無理をしたものではなかった。
歌の話題だからだとわかっていたが、カイトも笑った。
歌を歌うこと。
自分の存在理由は、そこにある。
「・・・・・・よぉ、海久」
男が尋ねてきたのは日が翳ってからのことだった。
いつものようにかるーい格好と不敵な笑み。
ほっとするほど見慣れた姿の人物に、思わず泣きそうになったというのは秘密だ。
彼の前では、弱音を吐きたくなかったから。
弱音?
違う。
これは、怒りだ。
「社長・・・、あの」
「わかってる。カイトはどうだ?」
「外部ネットワークから、切り離してます。
過保護かとも想ったんですが、私が耐え切れなくて」
「まぁ、わからないでもないな。
しかし、今回は完全にこちらの落ち度だ。
ちょっと油断した」
わりぃ、と案内したソファに身体を沈め、こちらを観るのではなくて天井を仰ぎながら男は謝罪を口にする。
いつだって強気で、天真爛漫なんて言葉が似合う人なのにと想うと、そうさせた「相手」に余計怒りが増した。
こんな感情で、歌を作りたくはない。
タイトルすら決まっていない新曲。
彼の為につくった、一体幾つ目かも解らない詩を汚したくない。
だからこそ、許される相手へと感情を吐き出す。
「・・・・・・・誰が」
「うん?」
「誰がKAITOたちを"人形"なんて言ったんですか?!
誰があの子たちの"ココロ"を否定できるんです?!あったコトもないのに!!」
「そうだよなぁ」
「社長!」
週刊誌から広まった悪意ある噂。
噂の「姿無き歌い手」たちに実際その姿は無く、実はコンピュータープログラムによるものだという「すっぱ抜き」。
一度会えば、あれに心がないなんて言葉、出ようはずもないというのに。
くく、と男が咽喉の奥を鳴らす。
彼女には出来ない笑い方だ。
しかも、酷く暗い響き。
「もっすごい梃子でも動かない勢いで、自分で選んだマスターに歌を作ってもらえるって聞いて喜びまくったあいつに心がないなんて、誰が言えるんだか」
「・・・・・え?」
独り言のようなそれのあと、急に目線が絡まった。
ぽかん、となる彼女に対しての男の表情は、いつもの飄々としたものに戻っていた。
「さて。
あいつの心をちょっとだけ教えてやるよ、海久。
その上で、お前が決めてやってくれ。
このセカイで"VOCALOID"が、"生きて"いける存在かどうか」
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