そのとき、携帯電話かなにかの着信音がなった。
とっさに三人全員が自分のポケットをあさった。しかし、レンとカイトのポケットからは何も出てこず、携帯電話はルキの服のポケットから出てきた。
「…済みません、すぐ終わらせますから」
そう言って二人にまた頭を下げて、部屋に隅のほうに行って通話ボタンを押して携帯電話を耳に軽く当てた。
「…もしもし」
「――ルキですか?」
「…ルカ?」
「――はい。お元気ですか?」
「…げ、元気ですかじゃないっ!」
いきなり大声を出したルキに、後ろにいたカイトとレンも驚いて軽く身震いをして顔を見合わせた。
「――これから帰りますわ」
「…ちょ、ちょっとまって。迎えに行かせる。今、どこ?」
「――説明しようにも、森の中で木ばかりですから、説明できませんわ」
「…森?」
「――はい。森です」
「…どの森?この辺には沢山森があるけど」
「――森の中ですもの、どの森かなんてわかりませんわ」
尤もなルカの意見にルキは少し納得しかけてから、つっかかった。
「…て…無事?」
「――幽霊だとでも思っていたんですのっ?失礼ですね」
少し不機嫌になったのか、ルカの声はちょっと高くなった。
そういうわけではないのだが、とルキがため息をつくと、電話の向こうからルカの怒りの声が聞こえてきた。
「――幽霊じゃありませんのよっ!」
「…わかってるよ」
呆れた声を出したルキに、ルカも満足したらしく一つ大きく咳払いをしておさまった。
それからルキが今の状況を簡単に説明すると、ルカは承知したというように自身ありげな声で答えた。
「かわって下さい」
言われたルキが今度はレンとカイトに説明をして携帯電話を手渡すと、こまったというように首をかしげた。
何故、誘拐されたはずの本人が携帯電話で連絡を取ってくるのか、ということを考えているのだろう。その電話にはカイトが対応した。
何か、カイトとルカが話をしている間にレンがルキに近づいた。
「あの電話、本物?」
「…あ、はい。多分。電話の発信元がルカの携帯だったので」
「そうですか」
そういってレンは何かを考えるようなしぐさをした。
「えぇ、帰っちゃうの?」
少女はいやいやをするように首振ってルカにしがみ付いた。
あの後――ルカが少女に餌…もとい、夕飯を分けてもらったときから、何となく二人は仲良くなっていた。ちょっと天然で抜けているところがあるルカは、本当の犬のように可愛らしかった。
「やだぁ、もうちょっと居てよ」
「ですが、弟たちが心配しますもの。また会いに来ますわ」
そういったルカも随分と名残惜しそうである。
二人はしっかりと手を握り締めあって、見つめ合って別れを惜しむ。
「絶対、また来てね!?」
「絶対、また来ますわ!たまにはこちらにも来てくださいね」
「絶対、行くぅ」
「絶対、また会いましょうねぇ!」
この二人、実は今世紀最高レベルの馬鹿なのではないだろうか。レンが居たら、恐らくそんなことを考えただろう。
まず、ルカは自分が誘拐されたのだということを理解していない。何故か居た、程度にしか思っていないのだ。それに少女――めぐという名だった――は自分が誘拐してきた相手に、また来て、とは一体どういうことだろう。つまり、この二人は超がつく天然で、二人がここにいる理由も忘れて二人で遊んでいた結果、こんなおかしな友情が芽生えてしまったということだ。
その場を離れたくないというように何度も振り返りながら、ルカは帰路についた。先ほどめぐから帰り道は教えてもらったし、地図も書いてもらったし、メグの説明不足で帰れないというパターンはまずないだろう。しかし、一つだけ問題があった。このルカ、実は馬鹿であるのにつけて、もう一つだけ大きな欠点があるのである。それは、極度の方向音痴だった。
正直、右と左もよくわかっていない。
それを、ルキは心配しているのだ。
「兎に角、場所の説明してもらえますか?あまり動くと危険ですから」
やんわりとカイトが呼びかけると、ルカは自信満々に言った。
「――大丈夫です!地図もありますから、すぐ帰ります!」
その言葉を聞いて、カイトは携帯電話を耳から少し離してる気のほうにいった。
「地図もあるから大丈夫だといってますが」
「…とめて下さい。居場所を聞き出してください」
「えぇと、今、どの変に居るのかだけでもわかりますか?」
「――ちょっと開けたところに出ました。…あれ、地図にはこんな場所、書いてないなぁ」
また、携帯電話を耳から離す。
「既に迷ったようです」
「…ちょっと、かわってもらって良いですか?できれば耳をふさいで後ろ向いててください」
「え?」
「お願いします」
そういってカイトから携帯電話を返してもらうと、二人が耳をふさいで後ろを向いたのを確認して携帯電話の通話口に口を近づけて、低い声で言った。
「…動くなよ」
「――る、ルキですか?」
「場所の説明。二十秒以内!」
「――きっ木が沢山あって、ちょっと開けてて、公園みたいで、ベンチもありますわ!」
「二十秒ぴったり。よし、創作部隊を派遣する。ベンチまであるなんて、そうあるもんじゃないから」
「――一人で帰れますって」
「絶対動くんじゃないぞ」
「――は、はぁい」
無理やりルカに同意させ、ルキは携帯電話の通信をきると、二人のほうを振り向いてにっこりと微笑んだ。
しばらくして、いくつかの森の中から開けたところにベンチのある森を探し出すことに成功し、ルカはすぐに保護された。しかし、自分で帰れると思っていたらしく、ルカはやはり不満げだった。
そんなルカを待っていたのは、ルキのお説教タイムだった。
「大体、何でこんなことになるのか、理解できない。相手は誘拐犯だというのに自分が誘拐されたことにも気づかないなんて!」
二人はすぐに戻ることになった。
外に止められたままの車に乗り込む。すぐに疲れたというようにレンがソファの部分にもたれた。やはり眠いままだ。
すぐに意識はどこかへ吹っ飛んで行った。
「…レン、ついたよ。レン、おきて、レン」
何度かカイトがレンを揺さぶってみたが、レンは目を覚ます気配すら見せない。段々心配になってくるくらい、レンは無反応だった。
仕方がない、どうにか負ぶってベッドにでも寝かせてやるか。そう思い、カイトがレンを自分のほうに寄せたときだった。ぐらっとレンの体勢が揺らいだ。伏せていたレンの顔が見えた。苦しそうに顔をゆがめ、真っ赤になっている。額に手を当ててみると、酷い熱があるようだった。
「…」
すぐにレンを抱きかかえると、カイトは医務室へと走った。
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