曖昧な記憶の中で
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「巡音さん……?」
今、目の前の彼は何を言っているのだろう。だって、確かにあの時まで…彼は、私を「ルカ」と呼んでいたのに。「巡音さん」なんて、一度だって呼んだことはなかった。
「何故……君が、ここに」
「あなたの看病ですよ。先程も言いましたけど、あなたは事故に遭ったんです。……私の、せいで」
「……嘘、じゃないのか」
いや、頭を打っていたと聞いていたから、少し記憶が混乱してるだけかもしれないし。呼び名や一人称なんて、きっとあと少しで戻るはず。
「どうして、君が……。それに、僕は、死ねなかったのか?」
――ああ、少しなんてものじゃなかった。
「え……死ねなかった? 何を言っているんですか? あなたは私を庇った、だからここにいるんですよ」
「……それ、本当? もし君が真実を言っているのなら、おかしいのは僕のほう、か」
記憶喪失ではない気がする。明らかにそんな気はしない。喪失というより、まるで、認識がすり替わっているような。
彼は私の苗字を解っていた。じゃあ、名前のほうは?
「あなたに聞きますけど、私の下の名前、わかりますか?」
「君の、名前。……香(かおる)」
彼はもう、私の知っている彼ではなかった。
「自分のことはわかりますか?」
「僕は、神威……学(がく)」
今起こっていることの理解ができない。ただ確かなのは、彼の記憶は、“神威先生”ではない、ということ――
*
後日、いろんな人が神威先生の元を訪れた。だけど、かろうじて名前(というか苗字)がわかる人は、『Singer』のメンバーだけ。他の人……例えば学園長のゆかりさんは解らなかった。
「皆、苗字だけは合ってたのよ。だけど私、心当たりがあったからそれをぶつけてみたのよね」
神威先生の病室の外で、初音先生が私達に語る。
「『私は初音未来(みらい)です』って言ったの」
未来? 確か初音先生の名前は「ミク」だった気がするけど。
「彼は『初音未来』という人物について知っていた。それは彼の反応の仕方で解るわ」
「ちょっと待って、どうして違う名前で? というか………どうして、彼の記憶は少し変なんでしょう?」
私がそう言うと、皆考え込む表情をした。しばらくの沈黙の後、リンさんが口を開いた。
「あのね、この件について考えてたら、思い出したことがあるの……」
「それ、まさか、合宿のときの」
「そう。私が皆に話したよね? うちの学校の七不思議について」
確かあれ、七個あったかなかったか。なんか、曖昧だった気がするけど。だけど、私もその中の一つ『彷徨う影』については結構思い当たることもあるんだよね。
「あのね、これは『Singer』の称号を持つ人に関する話。確か皆にはまだ話してないんだけど」
一呼吸置いて、リンさんは続ける。
「『Singer』を持ってる人は幼い頃から、自分ではない記憶がある。誰に話しても通じない、もしかしてただの夢かもしれない……ってやつなんだけど」
それ、凄く心当たりがある。
「だけど、その記憶の夢をずっと見続ける。もしかして、それは本当に自分が体験したものなのかもしれない。まあ要するに、変な記憶が残ってる、みたいな……皆はわからない?」
皆、一斉に黙り込む。全員当てはまるようだ。それは私もだ。あの音のない、空っぽのセカイの夢。
「でね、私、考えてみたんだけど。それは『前世の記憶』じゃないかって、思ってるんだ」
「前世?」
「うん。ありえない話かもしれないけど、その可能性もなくはないでしょ?」
「確かに。さっき神威先生に『鏡音零(れい)』って言われたんだけど、零って名前はずっと、その夢の中に出続けてるんだよな……」
レン君も別の名前を言われたらしい。
……というか、結局どうなんだろう? もしそれが本当に前世の記憶だったとしても、それと今の神威先生に何の関係があるのだろうか。
*
暖かい日の昼休み、私は学校内を必死にさがす。何を探しているのか、誰を捜しているのかはわからない。ただ誰もいない校舎を必死に駆け回っている。そして、ある教室の扉を開ける。
そこには、白衣を風になびかせた“神威先生”がいた。
「ルカ、もう、捜さないで。俺のことを、もう忘れてくれ」
「嫌だ……嫌です。なんで、そんなこと……!」
彼は、決して私が望まないことを言う。
「つらいんだ。悲しそうな、苦しそうな君を見ているのが。それが俺のせいだってことは解っている」
「……」
「君が笑ってくれることを、俺は願っている。だけど今の俺は、俺じゃないから……」
――“俺は、怖いんだ。俺が、俺じゃなくなるのが”――
あの事故の日、彼は確かにそう言った。それは、今のこの現状を指しているのかもしれない。だけど。
「だから、俺を忘れて……笑って、くれるか?」 どうして、そんな悲しそうな笑顔で言うの。どうして、その声で『命令』するの。私がそういうのに弱いの、知っているくせに。そんな表情をされたら。
「……はい」
おとなしく従うことしか、できないじゃない。
「そう。良かった」
彼は私の頭を少しだけ撫でた後、私から目を逸らして歩き出す。気づけば、そこは学校の屋上。
「待って……待ってよ。なら、どうして……私を選んだの……!」
涙が頬を伝う。
彼は古くなった柵の前で立ち止まり、振り返る。そしてポケットから、カッターナイフを取り出した。
「……助けたかったんだよ。だけど俺は無力だ。守ることなんて、できなかった」
そして右手首にカッターの刃を当て…強く、切った。痛がる様子もなく、カッターを放り投げる。彼の右手首からは、赤い雫が溢れていく。それは止まることはなく、白衣にも少し滲んでいる。赤に塗れたその手で、彼は柵に触れる。
「『音のある世界で、もう一度』。……俺は君の幸せを願うよ。だって俺は、君のことが」
――好きだったから。
彼はそのまま、屋上から飛び降りた。私が伸ばしたこの手は、いつまでも彼に届かないままで……。
*
そこで、目が覚めた。今のは、夢? どうやら、病室の前の椅子でうとうとしていたらしい。
あの事故から、二週間が経つ。もう、あの状態の彼を見るのはつらい。違う記憶も、発作に苦しむ姿も、怪我の痛みに耐える姿も。
そうか、最初からこれを選んでおけばよかったんだ。だって、彼をあんな状態にしたのは、私。全ての原因は――私にあるんだから。
気づけば、私の足はある所へ向かっていた。
【がくルカ】memory【24】
2013/04/06 投稿
「命令」
夢の中のがっくんのセリフ、今でもお気に入りです。
改稿しましたが内容はほぼ変えてません。
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コメント2
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ご意見・ご感想
すぅ
ご意見・ご感想
目が、目がああああああ!(だいぶ古い
泣けてきますね。まさかここまで哀しく綺麗につながるとは・・・。
ほんとにゆるりーさん、文才を売ってください!
人を感動させれるほどの文才を!!
お騒がせしました☆w
2013/04/06 19:22:51
ゆるりー
バ○ス!!((
綺麗につながったかは解りませんが、結構哀しく(?)つながったんじゃないかなと思ってます。
というか、それ以前に、そんなに凄い文才は持ち合わせていません!
文才どこかに落ちてませんかね!?(((
いえいえw
さて次回(ry
2013/04/06 23:31:32
和壬
ご意見・ご感想
(T-T)
そっか、あの“夢”はこう繋がるんだー…
リンちゃん先に言っとけよ!←八つ当たり
いーなーこんな文章書きたいなーぁ…
ケータイで投稿しようと思ったら題名の【】が使えなかったwww
でも今見つけた(泣)www
2013/04/06 08:11:29
ゆるりー
こう繋がりますよ。
リン「え、ちょ…私に八つ当たりされても…いえ、なんでもないです」
今回はいつもよりうまく書けませんでした。
私は全部パソコンから投稿してますw
2013/04/06 17:57:31