狂ったような目つきの人々が、何人も何人も部屋の中にいた。暗い部屋の壁に、どす黒い赤で“希望”――蝶が描かれている。黄ばんだ人骨もある。まだ“シャワー”を浴びていないというのに、そこはまさに地獄絵図のようだった。思ったとおりだ・・・・ここは“毒ガス室”――。
僕はガクッと座り込んだ。足に力が入らなかった。僕にはもう、失うようなものはないというのに。あるとすれば、まだ脈打っているこの心臓ぐらいだ。・・・・君のいなくなった今、この世に未練なんてないけど。出来るなら死んでしまいたいと、そう思っていたのに。それなのに・・・・なぜだか、心が叫んでる。
――もう少しだけ、いきたい。今はもう、難しい気持ちじゃなくて。ただ・・・・。
最後に君に。
「アイタイ・・・・アイタイ・・・・アイタイ・・・・アイタイ・・・・ッ!」
はじめて君に会ったとき。声を掛けてくれたとき。ハンカチをくれたとき。助けてくれたとき。紙飛行機を交換したとき。全部全部。永遠だった思い出が、僕の頭の中でキラキラ、くるくる回る。眩しいほどの思い出たちは、全部映像になって、届かない。
君がくれたハンカチ。君がくれた言葉。君がくれた紙飛行機。君がくれた笑顔。君がくれた苦しいほどの、この気持ち。君がくれたもの全部、僕の生きる糧に――僕の光になっていた。
闇が渦巻いてる、毒を無理やり塗られた、触れることすら危ない雑草。そのそばに咲く、毒など何のことかさえ知らない、綺麗な一輪花。どんなにどんなに踏み躙られようと、僕は笑うことが出来たのに。最初からわかっていた。――生きていく世界が違ったよ・・・・でも届くと思っていた。必死に手を伸ばして、必死にもがいて・・・・。
枯れてしまったはずの涙が止まらない。僕の泣き叫ぶ声は、周りの人々の苦痛の叫びに掻き消される。喉がアツくて痛いのは、涙のせいなのか。焼けて爛れているようだ。息が上手に出来ない。息をしても、喉が痛いだけだ。
僕は喉を押さえた。体を支えていた手足の力が入らなくなった。僕は跪くような状態で、どうしようもない身体の痛みを、じわじわと感じ取った。メラメラ燃える火をまとった、薔薇の刺々しい触手が、僕を自分の中へ引きずり込むように。喉をアツいモノが、込み上げてくる。苦しい、苦しい、苦しい。僕は咽込んだ。床に、壁の蝶と同じ色の液体が飛び散る。心臓は、激しく脈打って、鳩尾を叩く。まるで、もう一生分の鼓動を済ませてしまおう、というように。苦しむぐらいなら、いっそもう簡単に死んでしまおう、と・・・・。
僕の目に、あの紙飛行機が映った。最後の希望が――・・・・。鉛のように重い手を、必死で伸ばす。紙飛行機には届かない。
僕はやっとのことで、声を絞り出した。例えそれが、無意味なものになろうと。
「・・・・お願――いッ・・・・もし――コれ――が・・・・サイご――・・・・ナら・・・・ッ僕ヲ――あノ子――と話――シをさセ・・・・て・・・・ッ!!!」
周りの人々は恐ろしい叫び声をあげて、そのまま倒れ始める。僕の叫び声は、暗く狭い閉じたその部屋に、切なく響く。
目の前が、ぼやけて見える。それは涙のせいなのか、見えない猛毒のせいなのか。もうどうでもよかった。僕は目を閉じた。今度はぼやけず、はっきりと見えた。君の笑う顔。
「――・・・・セめて――キ――みの・・・・なまエ・・・・だけ――でモ・・・・ッ」
知りたかッタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・――――――――。
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