インカムからの音声が途切れて数分…いや、数時間?幾徒は難しい顔で目の前のPCを見ながら素早くキーを叩いている。

「まだ復旧出来ないのか?二人は大丈夫なのか?」
「黙ってろ!生体反応は今の所異常は無い!」
「向こうの様子が判らないわね…大丈夫かしら…?」
「聖螺ちゃん…クロア…。」

出力側に異常は無い、だけど音声が途切れては指示も出せないし何より互いの状況が把握出来ず危険極まりない。万が一過去をおかしな方向に弄れば戻って来られない可能性だってある。

「俺が行く事は出来ないのか?」
「無理だ。三人も送れば出力側の負担がでか過ぎる。」
「だけど聖螺が…!」

それぞれに焦りが限界に達しそうな時、忙しない足音と共に息を乱した研究員が駆け込んで来た。

「幾徒様!た、大変です!」
「どうした?!」
「そ…外に文字化けが…!かなり巨大な奴で電力室の近くで暴れてて…このままでは…!」
「嘘でしょ?!寄りに寄ってこんな時に…!」
「クソッ…!頼流!出力サポートに回れ!俺が片付けて来る!」
「無理です!所長が居なければ我々ではとても…!」

何て事だ…だけど電力系統がやられればどの道二人が危険になる、遅いか早いかの違いだけだ。

「俺が行く。」
「頼流…?」
「手が離せるのは俺だけだ。幾徒はインカムの復旧と二人の安全確保を頼む。」
「…判った…頼む。」
「幾徒さん?!」

焦っている、迷っている、だけど行くしか無い。ここで守れなきゃ流船は戻らない…。

『兄ぃ、兄ぃ!』
『頼流は何でも出来るよなぁ…。』
『流船は死んでなんかない…!』

頭にぐるぐる回る映像や言葉を押し込める様に集中して銃を手に取った。

「頼流…。」

こちらを振り向かないで紡がれた言葉、俺も振り返らないし何も言わない。だけどどんな顔をしてるのか判る、多分お互いに。悔しくて、もどかしくて、不安で、やるせない思いが背中にじわりと熱となって帯びる。触れなくても、顔が見えなくても、言葉が無くても、きっと判る、判って欲しい、だけど…だけど…!

「…っ!」

弱くなった。流船が消えて、『脚本』が消えて、色んな事を思い出して、覆い隠した筈の不安や恐怖がむき出しになって襲い掛かって…。

「…レイ…!」

ほんの一瞬強く抱き締めて、かすれる声で名前だけを呼んで、弾かれる様に外へ走った。この手にもう一度全てを抱き締めたくて。

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コトダマシ-76.この手にもう一度-

追い駆けたくて、走りたくて、だけど必死でその脚を留める

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投稿日:2010/12/27 04:24:58

文字数:1,001文字

カテゴリ:小説

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