あ、そうだ。ついでだからもう一つ。
「ごめん、もう一ついいかしら? 児童虐待って、どこに通報したらいいの?」
 ハクちゃんは、リンちゃんのお父さんはリンちゃんを閉じ込めてるって言った。場合によっては、虐待で通報できるかもしれない。
「え……どこって……児童相談所、じゃないかな」
「基本は児童相談所。命の危険がありそうなら警察だ。こんなところで喋ってる暇があったら、すぐに通報しろ」
 それまでずっと黙っていた氷山さんが、また口を挟んだ。え……? なんだかよくわからないけど、すごく怖い顔をしている。
「すぐに通報しろって……」
「そうやってぐずぐずしている間に、子供は死ぬ」
 子供って言っても、リンちゃんはもう高校生だ。高校生でも児童相談所の管轄なんだろうか?
「どこかに閉じ込められていて食事ももらってないようなら、窓でもなんでも割って中に入れ。緊急避難だから罪にはならん」
 基本的には淡々としてるんだけど、今のはただ単に淡々としているのではなく、なんだか深い怒りを押し込めているような感じだった。
 ……何か、あったのかな。この氷山さんって人には。自分が虐待されていたとか。
「下手に子供連れ出すと誘拐罪になるんじゃなかったっけ」
 カイト君が氷山さんに訊いている。
「子供の命には代えられん」
「キヨテルはそれでよくてもさあ、世の中の人全部がそうってわけじゃないだろ。躾だなんだって言い逃れされる可能性だってあるし。死にかけてないと難しいんじゃない?」
 カイト君の口ぶりだと、同意を得ずに子供を連れ出すのは誘拐罪に問われてしまうようだった。
「虐待といっても、可能性が伺えるってだけなの。怪我とかはしてないのよ」
「夜中に一人で外に出すのも充分虐待だ」
 それをやってくれたら、楽なんだけどなあ。楽っていうのも変だけど。リンちゃんの場合は逆だ。
「あの……問題の子は、高校生なのよ」
「微妙な年齢だな……。児童相談所の管轄は十七までだ」
 あ、そうなんだ。確かリンちゃんの誕生日はまだ先だって、レンは言ってたわよね。今高校三年生だから、ぎりぎり相談所の範疇内か。でも、リンちゃんには命の危険が迫っているわけじゃない。あくまで閉じ込められているだけ。ハクちゃんの口ぶりだと、食事とかはちゃんともらってるみたいだったし。
「……ひょっとして、虐待の可能性というのは性的虐待なのか?」
 私があれこれ悩んでいると、氷山さんはそんなことを訊いてきた。いや……あいにく、そんな犯罪っぽいことじゃないのよね。
「えーと……本人がまだはっきりしたことを話してくれないのよ。様子がおかしいことだけは確かなんだけど」
 仕方がないので嘘をつく。本当のことを細かく話すわけにもいかない。
「とにかく、命の危険がありそうだと感じたら、その時は通報することにするわ。ありがとう、氷山さん」
「礼はいい。……それより、その子を死なせないでくれ」
 氷山さんは最初と同じ口調に戻って、そう言った。……自分じゃ、なさそうね。身近な誰かだわ、虐待にあっていたとしたら。


 その日の夜、私があれこれと今後のことを考えていると、母から電話が入った。
「メイコ、レンが大変なんだって?」
「ええ、母さん。とにかく厄介そう」
 私はもう一度事情と、今日カイト君から聞いた法的関係の話を説明した。私の話を聞いた母が、電話口の向こうでしばらく考え込む。
「メイコ、母さん、一度そっちへ戻るわ」
「いいの?」
 こっちへ戻るということは、しばらく仕事を休むということだ。
「息子が大変なのよ。周りに頭でもなんでもさげて、どうにかする」
 確かに私としても、母がこっちに戻ってきてくれた方が心強い。通常の事態ならともかく、今回のこれは、私だけだとさすがに不安だ。まだ社会に出て三年だし、私はあくまで「姉」でしかない。
「わかった。じゃあ、戻る日が決まったら、連絡してね」
「ええ。それまでレンをお願い」
 そこで、母からの通話は切れた。携帯を握ったまま、しばらくぼんやりする私。……と、そこへ、また携帯が鳴り出した。かけてきたのは……あら、ハクちゃんだ。
「もしもし、メイコよ」
「あ、先輩。今ちょっと話せますか?」
「うん、いいけど……その前に、こっちの話を聞いてもらえる?」
 私はハクちゃんに、起きたことを話した。リンちゃんには話さないよう、口止めされたことも含めて。電話の向こうで、ハクちゃんが絶句している気配がする。
「お父さん、そんなことしたんですか……」
「うん。とりあえず事実無根だって、はっきり言ったんだけどね。ひどい言いがかりだわ」
 自分の娘を何だと思っているのかなあ。閉じ込めたあげくこんな苦情を学校に持ち込むなんて。下手したらリンちゃん、学校に通えなくなるじゃないの。
「あの……それなんですけど……」
 ハクちゃんが、電話口の向こうでためらいがちな声をあげる。
「どうしたの?」
「ええと、その……お父さんなんですけど、多分二人が関係を持ったって思い込んでます」
 はい? 何がどうなっているの?
「どういうこと?」
「さっき、またリンと話してきて、もう少し色々聞いたんです。リンが言うには、お父さん、リンに向かって『男を引きずり込みやがって』だの『傷物』だの『あばずれ』だのって、言いまくったとかで」
 私はあまりのことに唖然としてしまった。それ、自分の娘に向かって言う台詞!? そりゃ確かに、高校生の娘が彼氏を作って男女の関係になることを、歓迎する親なんていないだろう。うちの母だって、私に「そういうことは、自分で責任が取れるようになってからにするのよ」と、かなりきつく言ってきかせた。……でも。
 リンちゃんのお父さんのやっていることは、そういう類のことじゃない。仮に私が高校時代、誰かとそういうことになったとしたら、母はもちろん怒っただろう。でもきっと、こういう怒り方じゃない。何しろ私に、避妊の仕方を懇切丁寧にレクチャーしたぐらいだものなあ。母曰く、避妊を渋る男はろくでなしなので、その場でどんな手でも使って逃げ帰れ、とのことだった。
 と、問題はそこじゃない。どうしてお父さんが、そんな風に思い込んでいるのかってことだ。
「レンはそんなこと、してないって言ってるわ」
「リンもですよ。でもうちのお父さん、聞く耳持ってないみたいで」
 どれだけ難物なのやら。いや、ハクちゃんの話でそれはわかってたけど。
「なんでそう思い込んじゃってるのかしらね」
 思わず呟いてしまう。答えを期待してのことじゃないけど。ハクちゃんだってそんなこと、わからないだろう。
「あの……」
 電話口の向こうで、ハクちゃんが頼りなげな声をあげた。
「何?」
「多分、あたしの、せいなんですよね……」
 またしても意味がわからない。ハクちゃんのせいって、どういうこと?
「何でハクちゃんのせいなの?」
 ハクちゃんはため息をつくと、暗い声で話し始めた。
「前につきあってた人がいたって、いましたよね? あたしその人と、行き着くところまで行っちゃったんです。そして、あたしに彼氏がいるのを知った時、お父さん、探偵を雇ってあたしたちを調べさせて、現場を押さえられてしまったんですよ」
 探偵を雇うって……浮気調査じゃあるまいし。ハクちゃんのお父さんは、つくづく頭のネジが外れているようだ。
「現場って?」
「要するに、ホテルから出てきたところを撮られたってことです。あたし、さんざんののしられました。このあばずれめって」
 自分の娘をあばずれとののしる父親の気持ちって、私にはさっぱり理解できない。大体、ののしってどうなるの? 何のメリットもない。
「ハクちゃんのお父さんは、なんでそんなことを?」
「え? さあ……あたしにもわかりません。あたしに失望したってことだと思いますけど」
 お嫁に行くまで純潔を守れって? 時代錯誤というか、何というか……。
「でも、レンはリンちゃんをそんなところに連れてったりしてないわよ」
 行き先は聞いているし、嘘をついている気配もない。リンちゃんの時も探偵を使ったにせよ、ホテルから出てきた写真なんて撮られてないはずだ。
「リンも行ってないし、証拠なんてないって言ってます。ただ……姉のあたしがああだから、妹のリンも同じようになるって、そう考えてるみたいなんです」
「……何それ」
 私は、思わず乾いた声をあげてしまった。どれだけ短絡的な思考なのよ。
「今まで話してませんでしたけど、お父さん、三回結婚してるんです。最初は、姉さんを生んだ人と。それから、あたしとリンの本当のお母さんと。三人目が、試合の応援に来ていたあの人です」
 そこら辺は、レンとの話で検討がついていた。やっぱり三回結婚したのか、ハクちゃんのお父さん。ついでに言うと、レンの話を聞いた感じでは、リンちゃんは育てのお母さんにかなり懐いているみたい。
「で……お父さんが言うには、あたしたちの本当のお母さん、不倫して家を出て行ったんだそうで……なんというか、それが、あたしたちを『目を離すとダメ人間になる』と思い込んでいる理由っぽいんです」
「親の因果が子に報いってこと?」
「蛙の子は蛙だと思いますよ、どっちかっていうと」
 確かにそっちの方が意味が近いか。でも、あまりにも短絡すぎやしないだろうか。リンちゃんとは二度会った後は、レンから話を聞いただけだけど、ハクちゃんとはかなり性格が違う。そもそも、兄弟イコール似るというものでもないし。
「そうなった経緯がどうにも理解不能なんだけど、とにかく、リンちゃんのお父さんはリンちゃんとレンが関係を持ったって思い込んでて、それはどんなに頑張っても覆りようがないってことね」
「……はい」
 沈んだ声で答えるハクちゃん。はあ……この先、何をどうしたらいいんだろう。さすがの私も頭が痛くなってきた。
 大事なのは、レンとリンちゃんの人生を守ることだ。レンの方は私がついているし、もうじき母さんも帰って来るだろう。問題はリンちゃんだ。
「状況はわかったわ。ハクちゃん、引き続き、リンちゃんの様子を見ていてくれる? それとくれぐれも、そっちのお父さんが苦情を持ち込んだことは、リンちゃんには言わないで」
「わかりました。あたしは夜にならないと動けませんけど、リンのことは気をつけておきます」
 ハクちゃんの通話は、そこで切れた。リンちゃんのお父さん、あれこれ調査したみたいだけど、私とハクちゃんの繋がりには気づいてないみたい。多分、四年近く引きこもっているということで、調査対象からハクちゃんは外れているんだろう。私とハクちゃんが同じ高校に在籍していたのも、もう六年以上前のことだし。一つだけ、私たちに有利なポイント。
 とにかく、使えるものはなんでも使って、ベストの結果を導き出さないと。ベストであって、パーフェクトではない。それから、一矢報いようだなんて、下らないことは考えないこと。どうせリンちゃんとハクちゃんのお父さん、石か何かでできているんだろうしね。
 でも……やっぱりちょっと思ってしまう。石なら誰か叩き割ってくれないかなって。無理なのは、わかってるんだけどね。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その二十三【メイコの思案】後編

 本編の続きを待っている方がほとんどのところ、外伝更新です。でもこれ、書いておきたかったので……。
 めーちゃんはめーちゃんで色々と大変なのです。

 キヨテルさんは、外伝のみの登場。もしかしたら、彼メインでも一本書くかもしれません。

閲覧数:1,132

投稿日:2012/04/26 18:29:19

文字数:4,599文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。

    メイコさんはとってもいい人ですね……
    ちなみにリンちゃんを閉じ込めることは虐待の域に入るものなんでしょうか。
    食事や着替えに不自由はなくて、暇をつぶすために本などは大丈夫。外には出歩けない……
    虐待の3ミリ手前ですかね。年齢が高校生っていうのもアレですね…難しいです。

    レンの家は本当にいい家ですね。羨ましいです。あ、いや、あたしも結構恵まれた生活してるとは思いますよ。ミュージカル連れてってもらえたりしますから…英語があまりできないので理解できないけど、セットが豪華ですごかったり、シンプルで沢山の場面で使いまわせるものも結構「おお~」ってなりますし。
    家族のために一生懸命になれるっていうのはとても大切な事だと思います。
    リンの家でいうと、ハクとカエはリンのために頑張っているんだけど、お父さんに制限されて難しい…って感じがします。

    続き、楽しみに待ってます!

    2012/04/27 14:32:58

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。

       めーちゃんは、マナ花さんへのレスにも書きましたが「しっかりしてて行動力のある女性」というイメージで考えたキャラクターです。お酒飲むと妙な方向に行ったりもしますけど。

       リンへの行為は、虐待と呼ぶには少々厳しいと思います(ただし婦人科に連れてって、男性関係の有無を調べるのは虐待と呼んでいいと思いますが)
       世の中の人は中学生以上になると「逃げられるはず」と思ってしまうようですが、実際には子供の頃からの擦り込みなどもあり、逃げられないケースも多いようです。現にそれで騒ぎになったケース、ありますし……。
       後このお父さん、やり方がかなり巧妙なんですよね。以前のエピソードで、リンの前で文鎮を壁に投げつけていましたが、あれをリンに直接投げつけるとアウトです。でも、違う方向に投げているので、扱いとしてはセーフ。しかもリンは怯えて逆らえなくなる……それをわかっててやってるから性質が悪いんです。

       ハクとカエさんは、終盤までかなり重要な役割がありますので、待っていてください。

      2012/04/27 22:08:16

  • マナ花

    マナ花

    ご意見・ご感想

    こんばんわ!
    目白さんが更新されるたびに喜んでます、マナ花です。

    メイコ姉さんほんとかっこいいっ!
    社会人だからと言うのもあると思いますが
    この行動力はホントにすごい・・・!
    私にも弟がいますが、
    絶対弟のためにこんなに尽くせないです←
    レンも大変ではあるけど、
    こういう人たちの環境に生まれることができて幸せですよね、ある意味。

    キヨテルさんの登場には少し驚きました・・・w
    彼の話もそれはそれで気になるばかりです。

    ここのところPCを開いたときいくつか楽しみがあるのですが、
    その1つがこのロミオとシンデレラですっ。
    長編の物語とか読むの大好きで、続きが気になりまくりです。
    でも

    祭りはときどきあるから楽しいんだ!

    という誰かの言葉のとおり、
    待ってる間の3、4日も大切だと思うので・・・!

    次回も楽しみにしてます!!

    2012/04/26 19:15:42

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、マナ花さん。メッセージありがとうございます。

       めーちゃんをほめていただいてありがとうございます。今作のめーちゃんは「行動力のある人」というキャラクターなので、書く側としても楽しいです。

       ちなみに私も弟いますけど、ここまではちょっとできないですね(苦笑)もっとも、兄弟仲の良し悪しって、かなり育てられ方が影響すると思っています。それだけ、鏡音家は両親がしっかりしてたんですね。

       キヨテルさんの話は、おそらく単発で一本という形になると思います。

       毎回楽しみにしてくれて嬉しいです。次回は週末ぐらいになるかなと思います。ただ私、ここ二週間ほどちょっと忙しいので、保障はできないんですが。

      2012/04/27 22:01:15

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