残された時間で

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「ふわぁ~、眠い……」
 大きく伸びをしながら、欠伸をする神威先生。彼が無事退院して学校に帰って来てから、二週間ぐらい経つ。
 それまで退屈に思っていた国語の授業も、ようやく楽しく思えてきた。それに代理で教えていた先生の授業、全然面白くなかったし。元々国語が苦手だった私は、神威先生が教えてくれたから頑張れたのだ。苦手だけど大好きだったはずの教科が、見知らぬ国の言葉のように見えていたのもつい先日までである。
 記憶が混乱して別人のようだった彼が、今白衣を着て学校に戻って来ている。あ、預かっていた白衣はちゃんと返したよ。彼の記憶が戻るまでの間、白衣を見て幸せだった記憶を追想してたなんて、本人には言えないけど。こっそり羽織ってみたら袖が余りに余ったのでしょんぼりしながらたたみ直したのも秘密だけど。
 それに、元気になった彼が、授業中居眠りするグミちゃんにチョークを投げるのを見ると、日常が再生されたような感じがする。グミちゃんにはちょっと悪いと思ってるけど。
「お兄ちゃん、寝不足なんじゃないのー?」
「お前にだけは言われたくない一言だな。人のこと言えた口かよ?」
「むかっ、私だって好きで寝てるんじゃないですよーだ!」
「だからと言って、俺の授業であんなグースカ寝てるの、お前ぐらいだぞ? ちょっとは起きる努力をしろよ」
「むうぅー」
 グミちゃんとのやり取りもなつかしく感じる。ほぼ毎時間チョークを投げられていたグミちゃんだけど、これでも最近はあまり寝なくなったほうだ。
「お前は油断しすぎだ。次のテスト、どうなるかわかってんだろうな?」
「えー勘弁してよー。……あ」
「え? 何かあったの『ガスっ』かあ痛っ!?」
 グミちゃんが注意するより早く、始音先生が出席簿で神威先生の頭を叩いた。けっこう凄い音がしたな。あれだ、この間買い物に行ったら自動ドアに認識されずに閉じてきたドアに頭をぶつけられた時のグミちゃんみたいな音がした。っていうか出席簿ってそんなに強く叩いても、そこまで大きい音出ないでしょ。
「痛ってーな、何するんだよ始音」
「どうやら油断していたのは君だったようだな神威?」
「お前な、俺は病み上がりだぞ?」
「あぁ、知ってた。ばっちり知ってた」
 さすが始音先生。あの神威先生に気づかれずに近づいてちょっかいが出せるなんて、始音先生だけだ。やっぱり、長い付き合いだからこそ出来る技なのだろうか。ちなみに妹のグミちゃんはイタズラする直前に気づかれる。私の場合、そもそも怖くてイタズラなんてできない。
「悔しかったら、久々にオレと戦うか?」
 平然と告げる始音先生。さらりと言ったけど、なんかとんでもないこと言ったよね? その証拠にほら、周り(メイコと私とグミちゃん)がざわざわしてるし。ちなみに鏡音双子はどうでもよさげだった。初音先生はもうニコニコしてた。すっごいニコニコしてた。どうしてそんなに笑顔なの?
「ま、いいだろう。ちょうど体を動かしたかったし、リハビリも兼ねて運動したいし」
「じゃあもう放課後だし、部活も終わってるだろ。剣道部にちょっとお邪魔しちゃおうか」
「あぁ、わかった」
 トントンと話が進むけど、凄まじいことだよね。だってこの二人が勝負するなんて、見たことないもん。中学からの仲でたまにちょっと喧嘩する程度だって聞いてたし。



 武道場に移動した私たちは、二人の勝負を見届けることとなった。水筒を片手に楽しそうなグミちゃん。いや、野球場に来てるんじゃないんだから。
「あ、あの、私審判やりたいです!」
「「却下」」
 少し興奮しながら初音先生が挙手するが、それを即答でバッサリ切り捨てた二人。いや、気持ちはわかるよ。演技モードじゃない初音先生って、特殊スキル『ドジっ娘』を持ってるもんね。何かやらかす前になんとかしたいもんね。
「いやー審判なんていらないでしょ? なんせ神威は病み上がり、まともに戦えないでしょー?」
「ははっ、そうかもしれねーなあ」
 あはは、とにこやかに笑う二人。いやいや、今さりげなく神威先生ディスられたよね? なんて思ったら。
「だーれが役立たずだって?」
 刹那、風を切る音と何かが粉砕する音が聞こえた。……一瞬、何が起こったかわからなかった。
 えっと、まず神威先生が始音先生に、チョークを凄いスピードで投げつけて? それを始音先生はちょっと首を傾けるだけで回避して? 偶然後ろにいた初音先生のおでこに、きれいな線を描いて華麗にヒットして? ……初音先生、巻き添えくらってない!? っていうか容易に避ける始音先生凄くない!? しかも神威先生のチョークアタック避ける人初めて見たよ!?
「い、痛い、いたーい! すっごく痛いよー!」
「あ、初音先生……なんか、すいません……」
 おでこを押さえて涙目の初音先生。あぁ、可愛いな……じゃなくて。投げた神威先生も避けた始音先生も、さすがにバツの悪そうな顔をする。でもチョークアタックの二人目の被害者が出たところで、勝負をしないというわけではなさそうだ。現にほら、早くもギャラリー(少数人数)が盛り上がってるし。
 初音先生はおでこを濡れタオルで冷やしてた。グミちゃんは「お兄ちゃん無理しないでよ?」と心配しつつ、購買で買ったクリームパンを頬張っている。メイコはにこやかに「始音先生ファイトー!」だし。と言ってもさ。
「ねーメイコ。始音先生ってさ、強いの?」
「うん? 強いよ。なんたって、元剣道部主将だからね」
「すご!?」
「神威先生も強かったらしいけど、やっぱり病気とかの関係で腕前は普通だったらしくて。始音先生と戦っても、数分で負ける程だったらしいよ」
「それって全国大会とか……」
「あ、何回か優勝してるらしいよ。今は剣道部の顧問やってる」
 メイコは嬉々として語ってくれたけど、当然私は初耳で。しかも神威先生、剣道部だったのか。それはグミちゃん達も一緒だったみたい。……当然、神威先生が剣道部だということは、グミちゃんは知ってただろうけど。
 リンさんがやってこないということは、彼女はもうこのことを知っていたのだろうか。『データバンク』だから情報収集はお手の物なのかな? でも、もしここにいるとしたら「噂話が聞こえたから? あ、もう帰るからダイジョブダイジョブ☆」とか言って速攻で帰りそうだ。リンさんは、こういう勝負はどうでもいいみたいだけど。
「リンさんが知らない(?)ことまで知ってるなんてねえ」
「いやー、偶然だよ」
「もしかしてさー、……こっそり始音先生に教えてもらったの?」
「っ!? や、やだなあ、ルカったらそんなワケないでしょー」
 手をひらひらと振るメイコだけど、なんかその笑顔が怪しい。……間違いないな。うん本当、この二人も仲が良くて何よりです。じれったかったんだけど、なんとかなってるなら大丈夫か。
「でもな、俺は高校を卒業してからは竹刀なんて握ってないからな。ぜってー負けそうなんだけど」
「弱音を吐くなんて珍しいことするね」
「ちょっとは手加減してくれよ? あまり無理すると傷口が開くから」
 あまり本格的にやるわけではなく、防具もつけていない。剣道部に邪魔するとは言っていたけど、剣道をやるとは一言もやってなかったもんね。

「それでは……」
 初音先生が勝手にスタートをするらしい。コインを弾き、それが地に着いて音が弾かれる。
 その瞬間。空気を裂く音と共に、先革(竹刀の先端)が始音先生の首筋に突きつけられる。だが直前に竹刀でガードし、ギリギリで受け止める。少しでも竹刀の位置が違えば、始音先生の首は突かれていただろう。それを寸前で受け止める技量も凄いけど。
「おいおい、手加減してくれなんて言っておいて、当の本人が真っ先に首を狙うなよ」
「あ? 誰も剣道をやるとは言ってないからな」
 ああ、やっぱりか。戦うとしか言ってなかったもんね。それに高校時代、数分でやられていたという神威先生が、相手の得意分野で正々堂々と戦うわけがなかった。
「知らなかったか? これは遊びだよ」
 そして矢が宙を飛ぶ。……矢が宙を飛んでいる!?
 ねえちょっと待って、神威先生いつ弓矢構えたの。しかもそれ何処から出したの。さっきまで竹刀持ってたよね?
 そして始音先生も、容易く矢を素手で掴まないで。建物が傷つかないようにしてくれるのはありがたいけど、それはそれで怖いから。
「おい……弓はやめてくれよ」
「大丈夫、当たっても大丈夫なやつ使ってるから」
「そういう問題じゃない」
 ……よーく考えたら、去年神威先生が言ってたな。『俺は剣道より弓道のほうが好き』って。高校では弓道部がなかったからやらなかっただけで、それ以外では弓道をやっていたのかも。



 数分続いた異種格闘戦が終わって、生徒達は皆帰路に着いていた。私も帰ろうとしたのだが、武道場に忘れ物をしたので取りに行った。
「……ったく、久々にやってくれたな」
 始音先生の声が聞こえる。どうやら二人はまだ残っているらしい。
「たまにはいいだろ」
「突然すぎるんだよ。だいたいさ、どっから弓出したんだよ……」
 わずかに開いた扉の隙間から様子を伺うと、始音先生はタオルで汗を拭いていた。神威先生は座ってスポーツドリンクを飲んでいた。
「まぁいいよ。それよりお前らはうまくいってんのか?」
「え!? 何がって、あぁ……。それなりにな。お前が倒れたときに、ちょっと仲良くなった程度だよ」
「俺らの心配するより、まず自分のことをなんとかしろって。……連絡先は?」
「この間交換したかな」
「遅いなお前ら……」
「だから、オレはそういうつもりであの子を見てるワケじゃないって」
 あ、これ多分、メイコの話だ。そっか、あの二人まだ結局くっついてなかったのか。メイコもメイコなりに頑張ってるんだろうけど。
「それよりお前、これからどうするんだ?」
「ん? あいつが卒業するまではいるつもりだけど」
「学園長は『私達のことは気にしなくていい』って言いそうなもんだが」
「でもさ、俺は迷惑ばっかりかけてるだろ? 今じゃこんな体だ、またいつ倒れるかわからん」
 神威先生の病気の話だろうか? ……いや、もう帰ろう。盗み聞きはよくない。早く帰ってしまうのが一番だ。
「それでも、なんとかならないのか? 教師を辞めなくても済む方法、まだあるだろうに」
「いや、俺は近いうちにまた迷惑をかけるだろうし……病気にあの事故も重なって、もう長くはないからな」
 ……え?
「医者はなんて言ってた?」
「発作もしょっちゅうだったし、やっぱり限界に近いらしい。あと五年も生きられないだろう、ってさ」
 ……何、言ってるの?
「いろいろ詳しいことはまた後日話すよ」
「そっか、そろそろ職員会議の時間か……」
 足音が近づき、扉が開けられる。硬直していた私はすぐに見つかってしまう。
「……ルカ。……聞いてたのか」
 意外そうな表情でこちらを見てくる神威先生。逃げたいはずなのに、体が言うことを聞かない。
「本当、なんですか。その、余命、って」
「あぁ……紛れもない、真実だよ。いずれ話すつもりだったんだが……」
 その後、どうやって家に帰ったのかは、あまりよく覚えていない。足元も心もふらふらしていて、私は自らの行動を悔やんだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】memory【27】

2014/01/20 投稿
「亀裂」


カイトとがっくんの剣道部の設定は、出そうと思っていてもずっと出せなかったものです。
剣道や弓道はわからないので、明らかにおかしい点はありますがそこはスルーでお願いします。

改稿にあたり、カイトとがっくんの掛け合いを変更しました。

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投稿日:2022/01/10 02:45:58

文字数:4,669文字

カテゴリ:小説

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    なんという急展開!
    もうここまで何回急展開してんだ、目が回っちまうぞ!←
    先生ヴォカロ町来いよ!
    こっちのリンレンは回復技が半端ねえぞ!(そういう問題じゃない

    突きはいい。突きは剣道でもありだ。
    だが突然の弓、お前はダメだww
    しかも想像したのが弓道の普通の弓じゃなくて女神が使ってそうな弓だったんですがそれは……。
    あなたたちヴォカロ町で戦えるんじゃないですかね(それはない

    30話前後とな?
    あと三つ前後しかないじゃないですかやだー!←

    2014/01/21 01:08:39

    • ゆるりー

      ゆるりー

      うまく流れを作れないと、このように急展開ばかりになります。
      あ、でも今回のがっくんは救済措置が一応あるので大丈夫…だと思います←
      そうか!がっくんをヴォカロ町に連れていけば完治する!

      突然の弓、本当にどこから出てきたんでしょうね?((
      いえ、多分我が家のがっくんはマシンガントークでしか戦えないかと…(完全に丸腰)

      だってそろそろルカさん卒業するじゃないですかやだー!←

      我が家のボカロとターンドッグさんのヴォカロ町がコラボしたらおもしろそ…なんでもないです。

      2014/01/21 23:17:58

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