あるところに、小さな夢がありました。
だれが見たのかわからない、それは小さな夢でした。
小さな夢は思いました。
このまま消えていくのはいやだ。
どうすれば、人に僕を見てもらえるだろう。
小さな夢は考えて考えて、そしてついに思いつきました。
人間を自分の中に迷い込ませて、世界を作らせればいいと。
(絵本『人柱アリス』より)
***
目覚めたら、そこは真っ白い部屋だった。
部屋の中にはあたしとレン、メイコ姉、カイト兄、ミク姉。
出口はない。窓もない。
あるのは、一つの扉だけ。
目の覚めるような赤い色をした扉は、まるでメイコ姉のために作ってあったかのように、メイコ姉が扉に手を掛けると自然に開いた。
「ちょっくら行ってくるわ」
どこから調達したのか立派な剣を担いで、笑って扉の向こうへ。
あたしたちはただただ見送った。
一時間したら、メイコ姉が出口を見つけてきてくれるはずだから。
(本当はもう戻ってこないって、分かってたけど)
***
一時間もした頃だったろうか。
考え事に夢中になっていた私はカイト兄の声に急いで扉の前へと向かう。扉は先程とは様変わりしていた。
赤い扉には黒い茨が。
真ん中には、メイコ姉が持っていったはずの、剣の刃が刺さっていた。
刃には、べっとりと赤い液体(ニンゲンの血液、みたい)。
そして、赤い扉の右横に、真っ青な新しい扉。
レンとあたしが開けようとしても、扉は開かなかった。
「カイト兄さん…っ」
「落ち着いて、大丈夫」
怯えるミク姉を抱き締めて落ち着かせてから、カイト兄は新しい扉に手を掛けた。
「めーちゃんはきっと無事だから」
青い扉はカイト兄を飲み込んで、沈黙した。
***
ずどーん。
地面を揺るがす音がして、あたしたちは反射的に扉に目を向けた。
青い扉に、黒い薔薇の模様が浮き出ていた。
ミク姉が叫んだのと、レンが扉にぶつかっていったのは同時だった。
「カイト兄さん!カイト兄さん!」
「カイト!」
いくら呼んでも扉は開かれず、カイト兄は答えず、この状況は変わらなかった。
「ミク姉」
あたしが呼ぶと、ミク姉は恐怖を張りつかせた顔であたしの方を振り返った。
あたしは、青い扉の横を指差し、言った。
「新しい扉、ミク姉のだよ」
***
「嫌だ、嫌だいやだ!」
「メイコ姉もカイト兄も行ったんだよ。次はミク姉の番だよ」
「私は行きたくない!」
ミク姉が嫌がるのも当然だと思った。この状況では誰だってそうだろう。だけど。
「行かなきゃなんないんだよミク姉。ほら、だって」
扉はミク姉と同じ色をしている。
ミク姉しか開けられない。
ミク姉しか入れない。
私はレンが止めるのも聞かずに、ミク姉を扉の前まで押し出した。
「ミク姉」
「いやだ、いやだ、嫌だよリン…」
「大丈夫だよ」
「助けて…リン…私怖いよ…」
「ミク姉!」
「っ…!」
扉に背中を付けて、へたりこんで泣くミク姉の頬を挟んで、私は意地悪に笑ってみせた。
「ミク姉が行かないなら、あたしが行っちゃうよ」
***
「おいリン」
「何よレン」
「何であんなこと言ったんだよ」
「……ああ言えば、ミク姉が扉の向こうに行くって分かってたから」
「は?」
不思議そうにこちらを見るレン。
あたしは立ち上がると、ミク姉の入っていった扉の前に立った。
「ほら、足音が聞こえる」
「え?」
レンも立ち上がり、あたしの横に並んだ。
キイ…緑の扉が内側から開いた。
でも中から出てきたのは、ミク姉じゃなかった。
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