相変わらず人のいないゲーム屋・・
立て付けの悪い引き戸を開けると
店長は俺に気付いて「よう」と馴れ馴れしく挨拶してきた

「あ、どうも・・」
俺は軽く頭を下げた

店のカウンターまで近づくと店長はニヤニヤしながら言った
「どうだ?リンちゃんは かわいいだろう?」

「はい、とても・・かわいいです
今頃は家でテレビ見てると思います」

そう言うと店長は不可解な表情になった
「うん?」

しまった!普通のボーカロイドは音源ソフトだった!
店長は自分の売ったソフトが特別なものだと知らないはず・・

俺と店長の間に不穏な空気が流れた・・
が、店長は何か勝手に納得したように笑いながら言った
「ハハッー!お前さんにそんな素質があるとはな!
いや、いいんだ。この生き辛い世の中、多少のイマジネーションは必要だ」

店長は俺がそういう脳内設定を楽しんでいるのだと勘違いしているらしい
少し納得できないがまあいい、そう思わせておこう
それに俺はこいつとリン廃トークをしに来たわけではない
ボカロPになる方法を聞きに来ただけだ

俺は話を切り出した
「店長、俺ボカロPになりたいんですが・・まず何をすればいいんでしょうか?」

店長の顔色が変わった
ニヤけていた顔がサッと硬直し真剣な顔をこちらに向けている

「昨日も言ったが、ボカロPは半端じゃねぇんだ・・
リンちゃんにエッチな言葉をしゃべらせて、一人でニヤニヤするのとはわけが違う・・
奴らは常に勝負の世界にいる・・まず目つきが違う」

「・・・・」

「ニコ動のボカロカテはまるでジェットストリームだ
気を抜くと直ぐに飲み込まれちまうんだ・・」

「・・・・そんな、おそろしい場所が・・ネット上に・・」

長い沈黙が続いた
やがて店長は意を決したように椅子から立ち上がった

「仕方ねえ・・お前になら見せてもいいだろう・・」

そういうと店長は自分のTシャツを脱ぎ始めた
そして俺に背中を見せた

「ちょっ、店長・・」
言いかけた俺は言葉を失った

ゲーム屋の店長にしては無駄に鍛え上げたれた筋肉
そのゴツゴツした背中の真ん中に60センチ程の大きな傷がある
30針ほど縫ったのであろうか、見ていてとても痛々しい

「こ・・これは・・・」

店長はゆっくりとこちらに振り向いて言った

「これは俺がボカロPだったときに負った傷だ」

「!!?」

想像を超えるニコ動の恐ろしさに顔面蒼白になっている
そんな俺を尻目に店長はゆっくりと話しだした

「俺はニコ動で2度死んだ・・」

「2度・・死ぬ・・?」

「そうだ、俺がボカロPになったのは割と初期の頃だった
まだ、みんなみっくみっくにしてやんよ~って言ってた頃だ」

「・・その歌聞いたことあります」

「多少DTMをかじっていた俺はミクを手に取り
曲を完成させ、ニコ動に身を投じた・・」

店長は懐かしい目をして、遠くの方を見て言葉を続ける

「最初の頃は・・楽しかったなぁ
自分が思うまま好きな曲を作って、それをボカロに歌ってもらえば
もうそれだけで、みっくみくにされちまってた
再生数は伸びなかったけど、ちょくちょくコメが付くとそりゃもう嬉しくて」

楽しそうに語っていた店長の顔が険しくなる
「だがな・・俺は欲張っちまったんだ
もっと再生数を伸ばしたい、もっと有名になりたい
がむしゃらに底辺のその上にある・・さらなる力を欲した」

「・・・・」

「DTM機材を増強し、もっとクオリティの高い曲を作るため日々研究を重ねた
自分の好きな音楽を捨て、ひたすらニコ動で伸びる音楽を追求した
そう、俺は自分で自分を殺しちまったのさ・・」

「そんなことが・・・」

静かに語っていた店長の顔は今では少し赤みがさしていて
少しずつ話に熱が入ってきた

「俺は・・何でもやった!そう・・なんでもだ!
supercellが人気だと分かれば、甘酸っぱい恋愛ソングを書いた!
デPがエロい歌詞で注目されれば、俺も少ない知識を振り絞って下ネタ曲を作った!」

「・・・・・ゴクリ」

「彼女イナイ歴=年齢のこの俺がだ!!
どうだ!?おかしいだろっ!お笑い様だ!!
だがな!俺の曲は伸びなかった!!まったくだ!
ハハッ!こいつは喜劇だ!そう、最低の喜劇だったんだよっ!!」

俺は店長に気付かれないように2歩ほど後ずさり距離をとった
そのまま逃げ出したかったが、まだ俺は目的を何も達成していない
「・・・店長・・少し・・落ち着いて下さい」

俺の言葉が聞こえたのか、ややトーンダウンしたものの店長の話は続く

「でだ、最後に俺は禁断の秘儀に手を出してしまった・・」

「・・秘儀・・?」

「自演だ」

「じ・・自演・・・」

「他人を装い、2chの本スレで俺の動画のURLを貼ったり
俺の動画に「良曲!!」とか「何で今までこの人知らなかったんだろう・・」って
コメ付けたりな」

ボカロPにとって再生数ってそんなに大事なものなのだろうか・・
そう思った
でも、口に出して言える雰囲気ではなかった

「必死の自演行為の成果もあって、俺の動画は少しだけど伸び出した
だがな・・・バレちまったんだよ・・・
今はもう使えないが、昔・・コメからユーザーIDを特定するソフトがあってな・・」

店長は自分の胸の前で握った手を開くジェスチャーをしながら言った

「それでオワリさ・・」

「じゃあ・・その後は・・」

自虐の笑みを浮かべ店長は淡々と語った
「俺の過疎ブログは炎上し吊るしあげられた
動画のコメも同様に炎上
俺は全ての動画を削除し逃げ出した
俺はニコ動に・・殺されたのさ」

(それ自分は悪いだけじゃ・・)
と、思ったが怖くて口にできない
俺はようやくずっと気になっていたことを言った

「店長・・とりあえずTシャツ来て下さい・・」

「おおっ、すまなかったな」
そういってTシャツを着る店長
もうダメだ、こいつは使えねぇと思い俺は軽く挨拶して
店を出ようとした

その時、後ろから声をかけられた
「お前、ボカロPになりたいんだったな?」

俺は振り返る
「はい」

「だったらDTMがないと駄目だぜ」

「ほら」
そう言って、店長は俺にメモ用紙を手渡した

「これは・・」

「DTMをするのに必要な機材だ、どうせお前は来るだろうと思ってな
昨日のうちに書いておいた」

「店長・・」

「俺の話を聞いてわかっただろう?ボカロPは半端じゃねえ
初心者だからDOMINOとフリー音源でお手軽DTM♪
とかスイ-ツみたいな考え方じゃやっていけねぇ
道具に金をケチるな」

「はい!頑張ります」

「ニコ動に行っても、自分の音楽を見失うなよ」
そう言って店長は店の奥に消えて行った

「どうも、今日はいろいろありがとうございました」
そう言って俺は店をでた。

---------------------------------

「マスターお帰りー!」
アパートに買えるとリンちゃんが玄関に走り寄って来た
飛び込んでくるかと思い手を広げたが
飛び込んでこなかった

「ただいま、リンちゃん」

リンちゃんは俺を見上げて言った
「マスター、お腹空いた」

「そうだろうと思ってお弁当を二つ買ってきたよ」

リンちゃんは俺の差し出したホカ弁を見ると
顔を輝かせ台所に走って行った
どうやら箸とお茶の準備をしているらしい
リンちゃん・・・良い子だ・・



夕食が終わると俺は店長から貰ったメモ帳をもとに
DTMをするために必要な機材をチェックしていた

「やはり、きちんとしたものを買うと全部で10万以上になるな・・」

ため息をつく俺にリンちゃんが話しかけてくる
「ねぇ、あたしが歌えるお歌ある?」

俺はリンちゃんの前で膝を落とし目線を合わせて言った
「ごめんねリンちゃん俺はまだ曲を作れないんだ
もうちょっと待っててね」

「うん、あたし待ってるね」
そういうとリンちゃんは布団に滑り込んだ

店長の言葉を思い出していた
(自分の音楽を見失うなよ)
大丈夫だ、俺にはリンちゃんがいる
リンちゃんが可愛くカッコよく歌える曲
それが自分の音楽なんだ!

明日からバイトする必要があるな・・
人材派遣のバイト紹介所に電話をかけ
2週間、ぎっちりバイトのシフトを組んだ、明日から忙しくなる
寝ようと思ったが布団ではリンちゃんが気持ち良さそうに寝息をたてている
さすがに一緒に寝るわけにはいかない
俺は押し入れからタオルケットを取り出すとそれに包まって目を閉じた

「あの店長の背中の傷、ボカロとかまったく関係ないよな・・」
そんなどうでもいいことを考えているうちに
俺は心地よい眠りに身を任せるのだった


第三話「店長の過去」 完




ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

リンちゃんと俺 第三話「店長の過去」

最終話「リンちゃんの優しさはプリンの味がした」は明日か明後日くらいに投稿します
よろしくお願いしますー

※店長の言動は私とまったく関係ありません
最初はDOMINOから始めるのもいいと思いますよー

閲覧数:683

投稿日:2011/08/18 19:49:08

文字数:3,609文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • sat(頑なP)

    sat(頑なP)

    ご意見・ご感想

    この店長なら

    「さっそくここでインストールしていくかい?」
    「LogicはWindowsにはインストールできないようだが、それでもいいかい?」

    とか言ってくれそうだ

    2011/08/19 17:00:20

    • パトリチェフ

      パトリチェフ

      >satさん
      ども、本当は昔の微妙シンセの音源拡張ボード(RolandXP60のエキスパンジョンボード)を
      店長から貰って、こんなの使えねぇよって駅のゴミ箱に捨てるネタを考えてたんですが
      長くなるので止めました('A`)

      >きろさん
      どうもです
      自分はあまりボカロPについて考えたことないです('A`)
      でも、店長のようなことはしないよう気をつけますw

      わざわざ読んでいただきありがとうございました

      2011/09/05 16:15:45

  • きろ

    きろ

    ご意見・ご感想

    改めてボカロPについて考えさせられる回でした。
    こんな素晴らしい文章が書けるなんて、本当にすごいです!
    次で最終回という事で、次も楽しみに待っております^^

    2011/08/19 01:44:36

    • パトリチェフ

      パトリチェフ

      >satさん
      ども、本当は昔の微妙シンセの音源拡張ボード(RolandXP60のエキスパンジョンボード)を
      店長から貰って、こんなの使えねぇよって駅のゴミ箱に捨てるネタを考えてたんですが
      長くなるので止めました('A`)

      >きろさん
      どうもです
      自分はあまりボカロPについて考えたことないです('A`)
      でも、店長のようなことはしないよう気をつけますw

      わざわざ読んでいただきありがとうございました

      2011/09/05 16:15:45

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