ミクの目の前にいるのは、十年以上も前、数日間しか思い出のない金髪の子ども。当時から、おそらく二、三歳しか年をとっていない。
「レン……?」
金髪の子どもは、ミクが呼んだ名前を、不思議そうに繰り返した。高い声。
ミクはようやく思い出した、彼は――レンは、こんな声ではなかった。どこか似てはいるけれど、もっと柔らかく包み込むような声。
それに、目の前にいるのは、さっぱりとした印象ではあるが、女の子だ。
「あの、ごめんなさい」
人違いだったみたいです、と続けようとしたミクを、ものすごい勢いでベッドに駆け寄った少女が遮った。
「貴女、あたしのこと知ってるんですか!?」
その言葉に、ミクは眼を見開いたまま、停止した。
------
「あたし、一年以上前の記憶がなくて」
ぽつりぽつりと、少女は話しだした。
綺麗な声だと、ミクは思う。そして、やはりレンに似ている。顔も声も。だけど、何かが決定的に違った。
「社会の中で生きていけるか不安で、こんな山奥に住んでるんです。あ、この家、無断で借りてるんです。勝手に改築して。ミクさんも一度使ったからには同罪ですからね!」
いきなりものすごい罪を着せられて、ミクは反論しようとしたが、その前に少女は沈んだ様子で続きを話し始める。
「自給自足でまぁ何とか生きてるし、腕っ節には自信あるし、ここで何とか生きていけると思ってるんです。というか、いわゆる普通の生活っていうのは、あたしには無理だと思って。記憶のことも含めて、適性ないかな、って」
確かに、いくら古い家だとはいっても、無断で使用した上にリフォームしてしまうような人間は、社会の中でうまくやっていけるかといえば、多少は疑問かもしれない。好かれるか嫌われるか、どちらかだろうから。
「でも、どこにいてもやっぱり不安で、寂しいから。昨日貴女が倒れていてびっくりしたけれど、傷が治るまで話し相手になってくれないかな、って」
はにかむように笑ったその少女は、とても魅力的だった。レンの微笑みとは違う、だけどどちらにも同じ闇が潜んでいた。
「話し相手……?」
「はい。あ、あたしの名前、リンっていいます」
それだけ覚えてるんです、と少女は照れ臭そうに笑う。
ミクは、その顔を見て、どうしよう、と考えを巡らせた。
彼女の希望に、応えられるのなら応えたい。手当をしてくれたお礼もしたい。彼女のことを個人的にも魅力的に思う。それは事実だ。
しかし、自分は「魔族」の賞金首であり、「奇跡の歌姫」と呼ばれた存在で、ここに留まり続ければ、リンにもおそらく被害が及ぶ。それだけは、どうあっても避けねばならない。
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そう、ルカはきっと自分を見つけてくれる。自分が下手にここを出て遠くへ歩いて行くのは、ルカとの合流を遅らせてしまうのではないだろうか。
そこまで考えて、ミクは微笑んだ。女神のような美貌。
「私、連れがいるの。その人と合流できるまで、もう少しだけ、お世話になってもいいかしら」
リンは、ぱっと花が開くような笑みを浮かべた。
「はい!」
これでいいのだろうか、と何度も自問した。色々考えても、自分は結局、レンと同じ顔の彼女にこだわったのではないか、と。
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