アコーディオン男は笑う。
あの子の歪んだ顔が見てみたいと。
アコーディオン男は笑う。
あの男の歪んだ顔が見てみたいと。
アコーディオン男は笑う。
あの猫の悲しい顔が見てみたいと。

帯人は虚ろな瞳で、ダイヤのアリスをとらえた。
口元に歪んだ笑みを浮かべながら、ゆっくりと引き金に手をかけた。

「さようなら」漏れた声。

その声は溶けるように消える。
帯人は引き金を引いた。

「―ッ！」

真っ赤な薔薇の花が咲いた。
胸のあたりに咲いた一輪の薔薇。
とても美しいはずなのに、とても悲しい色をしていた。

なにがあったんだろう。
最後の一瞬、カイトをかばう影が見えた。
その影はやがて赤く染まり、地面へ崩れ落ちる。

ねえ、どうして。
どうして、君は…。

「雪子！」

忘れていた。君は優しかったんだ。

帯人は拳銃を捨て、雪子に駆け寄ろうとする。
しかし帯人よりも、灰猫よりも先に彼女を抱き上げたのは、…あの男だった。
アコーディオンの男が、突然現れる。
虚ろな瞳で、口をにたりと歪ませて、彼は笑う。
ひどく不気味な笑顔だった。

辛うじて息をしている雪子の頬をなでる男。

「美しい子だ。…きっとすてきな人生を見せてくれる。すてきな悲劇を」

灰猫が毛を逆立てる。

「コーディオぉおお！！」

「ふふふ、残念だったね。今回もバッドエンドのようだ。
　この世界を打ち破ることなんて、考えないことだよ。
　いくら努力しても、私がいる」

「彼女を放せッ！」

「嫌だね。これはお気に入りだから」

アコーディオン男は、帯人に向かって会釈する。
前髪の隙間から、ぎょろりと目が光る。

「私は「死」と「破壊」を司る住人、コーディオ。お見知りおきを」

突如、強い風が吹き荒れる。
コーディオの身体が霧のように消えていく。

「では、ごきげんよう」

帯人は必死に手を伸ばす。
が、手はなにも掴めず、男と雪子は消えてしまった。

残された帯人は、地面に崩れた。

「…ぁぁ…ぁ」

自分はなにをした。自分は、雪子を…撃った。
あの傷だ。軽傷のはずがない。時期に彼女は…、彼女は…。
守りたかったのに。
守ると決めたのに。
どうして、僕は彼女を傷つけた。
…なんで…そんなことを。

帯人はコートからアイスピックを取り出し、振り上げる。
その切っ先は、自らの腹部に向けられていた。

振り下ろそうとした瞬間、灰猫がそれを阻止する。

「…諦める気ですか？　彼女を助けたいと思わないんですか。
　それがあなたなりの、償い方ですか。…愚かですよ。それは」

「……ぁ…」

「この世界での死は、現実での意識不明を意味します。
　誰も死なない世界。それがここです。まだ彼女を救えるかもしれない。
　私はあなたに同情しません。コーディオを欲にささやきかける死神です。
　少なからず、あなたが望んでいたことです。
　…ですが、責めもしません。まだ償うには早い」

灰猫はアイスピックを取り上げ、帯人に渡す。
震える手で受け取る帯人。
それを確認すると、振り返りカイトを見た。
呆気にとられているカイトに声をかける。

「カイトさん。あなたの死は阻止されました。
　これで歌詞の運命は変わった。…そろそろ、目覚めの時間です」

カイトの身体が光の粒子に包まれる。
灰猫は言う。

「…リンさんとレンさんを、そして雪子たちを頼みます」

とても悲しげな目だった。
カイトはこくりとうなずき、消えてしまった。

灰猫は帯人に手を差し伸べる。

「一刻も早く、行きましょう。次の世界へ」

帯人はその手を掴んだ。

湖上に光の扉が現れる。帯人は赤い剣を拾い上げた。
灰猫は帯人を促す。

「次の世界で、私は活動できません。コーディオと私は対極の存在です。
　私の世界に誰も入れないのと同じで、彼の世界には入れません。
　でも、あなたなら入れる。《書き手》だから」

灰猫は帽子を取り、深く頭を下げた。

「お願いします。この世界を打ち破ってください。
　あなたたちにしかできないのです」

帯人は、小さくうなずいた。

償うよりも先に、やらなきゃならないことがある。
手遅れになる前に、一刻も早く。

弱い自分を断ち切るように、赤い剣で空気を振り払う。
その手に自然と力がこもった。

…もう…負けない…。

きつく歯をかみしめて、帯人は光の入り口へ飛び込んだ。