!警告!
こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。
ローリン@ガール 1
ボートが桟橋につけられ、大方の準備を手早く済ませてから、取材チームはコンクリートの孤島に上陸した。
もともと、海上にぽっかりと浮かんでいた炭鉱島の周囲を埋め立てて人が住んでいたらしいその島は、波に立ち向かうようにそびえるコンクリートの護岸堤防がその周囲をぐるりと囲んでいる姿から、「軍艦島」という二つ名を持っていた。かつて、石炭がエネルギーの主流だった時代、他の巨大都市に引けを取らない栄華と活気を誇ったこの島は、エネルギー転換に伴う、炭鉱の閉山・島の閉鎖を境に、変わってしまった。あっという間に無人島になってしまったこの島はそれから退廃の一途をたどり、鉄筋コンクリート構造の高層アパート群は今や巨大な廃墟となっている。
「イメージは頭に叩き込んだだろなァ。……じゃあさっそく各自解散! いい場所探してきてくれ」
リーダーの一言で、チームが一気に動き出す。てきぱきとカメラなどのチェックをし、準備が整ったら、それぞれが思い思いに固まって動く。地元から派遣された案内役が同行の上、これから、ロケ地の下見が行われる。
今回、製作チームが依頼を受けたのは、とある音楽アーティストだった。彼らの新曲のプロモーションビデオが、この島で撮影されることになった。今回は、その撮影場所の下見である。面積約六万三千平方メートルの、この軍艦島をあちこち見回り、各々、撮影に最適だとされるポイントを探すのが、今日の目的だ。
依頼者であるアーティストは国内でも大物に入るため、社の熱の入り方も、いつもより強い。それに、撮影者としても、普段は一般人の立ち入りを禁止されているこの島を一日じゅう、散策して回れるというのは胸が躍る。チームもいつもより活気づき、意気揚々と島内部へと繰り出した。
「あのっ、表山先輩、自分は何をすれば……」
「あん? ……浦川か」
振り返った表山は周囲のメンバー、そして自分の手荷物をちらりと見てから、ぽりぽりと頭をかいた。
「まあ、今日は皆軽装だしな。……これでも持ってろ」
そう言って投げられたものをあわてて受け止めれば、デジカメがひとつ。
「まあ、てきとうなモン撮ってろや?」
そういう表山や、他のメンバーが持っているのは、それぞれのマイカメラや、ビデオカメラ。かたや見習いの自分はデジカメひとつ。――つまりそういうことである。「……はぁい」気のない返事をして、浦川真人は大きく肩を落とした。
だが、そうも言っていられない。「おら、行くぞ」表山にどやされて、真人はあわてて走り出した。
軍艦島は退廃しきっていた。コンクリートで建てられた高層アパートは窓という窓、柵という柵は全て壊れている。どこから集まったのだろう、木くずやがれきに部屋ごと飲み込まれているように、破壊されている。他にも大きな家具らしきものもちらちらと見える。コンクリートの壁も雨風を受けてボロボロだ。それらはまぶしい陽の光を浴びて白く輝いている。その白さが、またこの島に沈黙を落とす。
「都会の人はわかりにくいでしょうが、ここは例年、台風の通り道でね……」
案内人の若田藤蔵はさみしそうに笑って言った。
「うちの家もあるんですよ、このビル群のなかに」
「あ、やはりお仕事とかで……」表山の思いついたような言葉に、小柄な老人はええ、と振り返った。
「おやじが炭鉱でね。あの頃はホントににぎやかでねえ……人口密度がどうとか、テレビでも言ってましたが、そりゃあにぎやかだった。家が密集しすぎて、隣近所は家族みたいでさ、おすそ分けしたり、浴場へ連れだっていったりな……」
「浴場があったんですか?」
「そうさ、なんせ、しょっちゅう水不足でさ。……今みたいに、一家に一つ風呂があるってのは考えられんかった」
「へえ、……それは知らなかった」
若田と表山の話は続く。そのあとを数名のカメラマンたちが歩く形になっているが、彼らの話は新人の真人には専門的すぎて、結果的に彼はひとり、暇そうに周囲を見回しながら歩くことになった。
話の間にも、一行は高層アパートのビル群にさしかかっていた。島の総面積の約半分を占める居住区域には五千人以上の人間が住んでいた。それを色濃く物語るように密集するビル群。ひとつひとつの部屋どうしも密接しており、かつてこの島がどれほど人にあふれていたのか、想像できる。
密接しすぎたビル群は隙間にコンクリートの階段が複雑に入り組んで作られていた。ひとつひとつの段差は、今のようなバリアフリーのものではなく、急で、まだ若い真人でもすぐに息が上がった。表山を含む他のメンバーも疲れを見せるなか、若田案内人だけは目をらんらんと輝かせ、ひょいひょいと階段を上ってゆく。
「もうすぐですよ、ほら、こちらが私の家です――」
ようやく踊り場らしき場所についたと思えば、案内人はその先に続く廊下の奥へとずんずん進んでいく。皆は顔を見合わせてひとつ深呼吸をして、互いに平静を装いあった。それから、気を取り直して、まるで少年に若返ったかのように生き生きとした老人の後を追った。
真人も、彼らにならって、息を整え、もう一度歩き出そうとした、その時だった。
ジーパンのポケットから、慣れた感触がするりと抜けた。と、同時に、なにかが階段を落ちていく音。
「えっ?」
あわてて振り返り、何が落ちたのか確認しようとしたときには、自分の携帯電話はコンクリートの階段の隅から下の階に転げ落ちるところだった。
「げっ」
(嘘だろ!?)一瞬、現実を疑いたくなったが、ジーパンのポケットにはやはり携帯電話はなく。彼は大きくため息をつき、今度こそがっくりと肩を落とした。
(かんべんしてくれよ……)
仕方ない、取りに行こうかと考えれば、脳裏をよぎったのは、表山の、烈火のごとく怒り狂った顔。
しばしの思案。しかしこれはやむを得ない。
(どーせ俺はダメ見習いですよー)
結局、開き直って、真人は駆け足で階段を降りはじめた。一応、隙間からのぞき見れば、携帯電話は二つほど下の階の床に転がっていた。
(今、何階だ……? 九……十?)
とにかく、一番下まで落ちなくてよかった。一行と完全にはぐれてしまわないうちに、と、真人は階段を急いで駆け降りた。
階段を駆ける真人に、正面から吹きあがってくる風がぶつかる。風は退廃し、静寂に包まれている島を駆け抜け、また空へ吹きあがる。
(……気のせいかな)
足を止めずに、真人は周囲をうかがった。
今はもはやコンクリートの廃墟となった島は沈黙している。動物の気配さえないここでは、堤防にぶつかってはじける波しぶきの音しか聞こえない。海風のなかに浮かび、さながら見捨てられた戦艦のように、ひっそりと海の真ん中にたたずんでいるだけだった。
そう、それだけのはずなのに。
(人の気配がする……気がする……)
ひゅうと凪いだ風に乗って、沈黙以外の気配がするのは、自分の思い違いなのだろうか。それとも、立ち入り禁止のこの島に、わざわざ出入りするような人間が……? 怖い想像に、ぶるりと一度身震いした。
(き、きのせい、気のせい。他のメンバーだよなっ)
そう自分に言い聞かせながら、真人は階段を駆け降りた。
*
一方、若田のあとに続いた表山たちは、ようやく彼の昔の家だったという、アパートの一室にたどりついた。当然、その部屋も台風の影響を受けてがれきがなだれ込み、テレビや本棚などの家具もめちゃめちゃに壊れてしまっていたが、それでも老爺はここにあれがあって、ここでご飯をたべて、などと、かつての生活を振り返り、うれしそうに語ってくれた。その目の輝きに、表山たちも思わず顔を見合わせ、走った甲斐があったと笑いあった。
「……ん?」
と、そこでようやく、表山は気づく。メンバーが、ひとり足りない。そしてその不在メンバーを特定するのはたやすかった。
「……あの馬鹿」
他のメンバーたちとも顔を見合わせ、肩を落としあう。仕方ない、落としたお荷物を拾いに行くか。そう示し合わせて、その旨を伝えようと、三人は自宅の散策を続けていた若田を振り返った。――その時。
「あん?」
背後に、突然人の気配がのぼった。眉をひそめて、表山が振り返ろうとしたその時。後頭部に衝撃がたたきつけられた。ほぼ同時に、意識は暗転。なにも見えなくなった。
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