すい、と視界に白い影がパソコンのディスプレイを遮るように飛び込んできた。驚き、シンが顔を上げると、白い紙飛行機がふわりと着地するところだった。
「シン。ご飯できたよ。」
そうエプロンをつけたルカが悪戯っ子のように笑いながら声をかけてきた。
「え、あ、ありがとう。てかルカいつ来たの?」
降って湧いたようなルカの存在にシンが驚いて尋ねると、ルカは目を丸くして、それから憤慨したように唇を尖らせた。
「かなり前に来たんですけど。ちゃーんとチャイムも鳴らして、ずーっとパソコンとにらめっこしているシンにも来たよ、って声をかけて、ご飯食べた?って聞いたら食べていないってシンが返事したから、こうやってご飯も作ったんですけど?」
「え、あ、嘘。」
「嘘じゃありません。」
そう言って膨れっ面になったルカにシンは、ごめん。と謝った。
「それ多分、全部生返事だった。」
「それ全然フォローになってないわよ。」
そうため息をつき、ルカは苦笑した。
「ご飯食べてないのは本当のことでしょ?とりあえず食べたほうがいいよ。」
「んー、ありがとう。でももう少しで切りが良いからちょっと待って。」
そう言ってシンはパソコンと向き直り、かたかたと文章を打ち込んだ。
大学も卒業を間近に控えた頃、シンは長めの小説を書いていた。既に就職は決まって余裕が出来たこともあり、大学卒業の記念に、賞に投稿してみようと思ったのだ。
区切りの良いところまで打ち込み、シンがうん、と伸びをすると、傍らのソファで雑誌を読んでいたルカが顔を上げた。
「終わった?」
「んー区切りがついただけ。」
そう伸びをしながらシンが答えると、ルカはどこか複雑な表情で、そう。と返事をした。
「今、ご飯あっためるね。」
そう言ってルカは立ち上がり台所に向かった。
鍋を温め直す為に台所に立つ、ルカのすらりとした後姿がいつもより寂しく見えた。ルカの華奢な肩がか細く、なんだか切なく見えた。思わずシンは背後に立ち、その細い体に手を回した。
「え?何?」
驚くルカの細い肩にあごを乗せてシンは、ルカ。と小さく名を呼んだ。
「何?」
「や、最近ルカと一緒にいなかった気がして。ルカが寂しがっているんじゃないか。と思ってさ。」
そう言ってシンがルカを優しく抱きしめると、ルカはそんな事ないよ。とどこか怒ったような声で言ってきた。
「そんな、寂しがってなんか、いないもの。」
そう言う口調から、ルカが強がっているのが手に取るようにわかる。なんて可愛らしい。とシンがルカの肩口に顔をうずめて、くつくつと笑うと、ルカは、本当に寂しくないもの。と更に怒った様子で言う。
「何よ、寂しいのはシンの方でしょ。私は寂しくなんかないわ。」
「何それ。ルカ、もしかしてツンデレ?」
「そうやってからかうシンなんか嫌い。」
そう言ってふい、と顔をそらすルカにシンは、へえ?と更にからかうように言った。
「本当に嫌いなら、こんな風に抱きしめられたままでいるとは思えないけど?」
「、、、嫌い、大嫌いよ。」
そう悔し紛れにルカは言ったが、彼女の冷たい手がシンの腕にそっと触れてきた。
シンは強く、ルカの細い体を抱きしめた。
このときに書いた小説が、賞を取った。
小説家。という現実味の無かった職業が、シンが手を伸ばせば簡単に触れられる距離に存在していた。やってみたい。けれど無理だ、そんなに甘い世界ではない。それでも掴むことができるのならば手を伸ばしたい。そんな反する考えが駆け巡り、駆け巡りながらも、次はどんな話を書こうか。と考えてしまっている自分がいた。
シンは大学卒業後、結局、会社勤めと執筆業と、二足の草鞋をはくことになった。
結果、忙しくて心を亡くす日々が生活を侵した。
でもこれも言い訳でしかない。
忙しい毎日になることを分かっていながら両方選んだのも、仕事も夢もルカも全てを手に入れると決意したことも、結果ルカに寂しい思いをさせたのも、ルカの手を離すことを決めたのも、全て自分自身なのだから。
奏でるピアノの音が弱くなる。音に迷いが生じてリズムが狂う。
切欠はなんだったろうか。とシンは途切れがちの音の中、考えた。
切れた指先から赤いしずくが滴ったときだろうか。ピアノを弾かなかったことだろうか、そもそも全てを手に入れようとしたときだろうか。
でも、切欠はきっかけでしかなく、それ以前から積みあがっていたものはあったのだ。気がつくと、シンは自分のことで手一杯になり、何かを手に入れるためには何かを手放さないといけなくなってしまったのだ。
ひかりのなか、君が笑う・6~Just Be Friends~
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