これは『罪』なのだろうか?

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 巡音はまだ体調が良くないので、今日は休むようだ。なんとなく、咲音が寂しそうだった。
 休み時間、俺が一-Aの教室から出た時、誰かに腕を掴まれた。恐る恐る振り返ると、そこには咲音。
「な、なんだ?」
「先生。ちょっと、こっち来て」
 そう言うと、咲音は俺を引きずり、猛スピードで廊下をダッシュした。陸上選手くらいの速度は出てるんじゃないか、ってくらい速かった。というかこいつ、握力はいくつなんだ? すげえ痛いんだけど。
「……ここでいいかな?」
 よくねぇよ。今はそれよりも腕を離せよ。
 咲音に無理やり連れて来られたのは、空き教室。なんだろう。唐突に離された腕に、掴まれた痕が怖いくらいくっきり残ってる。これホラー映画とかの演出によくあるやつだろ。やっぱり握力はいくつなんだ。聞くのが怖い。
「で、なんだ咲音。俺に何か大事な用でも?」
 こんなところにまで連れて来られたわけだから、大事な用っぽいけどなあ。
「先生、昨日、ルカと何かあったんですか?」
「へ?」
 え? なんで?
「数日前からルカもおかしかったし、昨日は倒れて保健室行ったでしょ。で、帰りに神威先生が保健室入ってくのを見ましたけど」
 あぁ、そういうこと……って、見てたのかよ。
「ルカと何かあったんでしょ? 先生」
「なぜそれを聞く?」
「正直に話してくださいね。私の右手が暴走する前に」
「それは勘弁してほしいなあ」
 咲音って、確か空手をやってたとかやってなかったとか言っていた気がする。瓦割りもできたんだっけ、こいつ。
「わーったよ……」

「へーそんな理由が……」
 そしてなぜか咲音は、ニヤニヤとこちらを見てきた。
「へぇー、神威先生でもそんなこと思うんだねえ」
「悪かったな」
 からかいやがって。
「あ、じゃあルカの不安は消えたの?」
「たぶんそうなるんじゃないかな?」
 不安の原因は俺だし。
「そっか。なら、よかった」
「なぁ咲音」
「はい?」
「どうして、そうも俺達を気にかけてくれるんだ?」
 咲音はきょとんとしていた。そして、少し間をおいて言った。
「私の一番の親友であるルカを幸せにしてくれる人は、私自身が本当にそうか確かめないと」
「意味がわからないんだが……」
「分からなくてもいいの。ルカが幸せになれば、それでいいんだ」
「……」
 巡音は、みんなに愛されてるんだなあ。ここまで思ってくれる友達がいることは、巡音にとっても救いになるだろう。

 放課後。今日は残った仕事もないので、真っ直ぐに帰ろうと思った。ついでに、休んでいる巡音の家に見舞いに行こうと思い、メールを送っておく。
 途中、図書室で始音の姿を見かけたので、扉を開けて声をかける。
「始音、戻らなくてもいいのか?」
 確か、もうすぐ会議があったような。
「神威。聞きたいことがある」
「え?」
 手招きをしてくるので、扉を閉めて始音に近づく。わざわざ俺に聞きたいことってなんだ。
「なんだよ?」
 なぜこっちを睨んでくる。俺、なんかしたか?
「神威。君には失望した」
「なんなんだ? 第一声が酷いんだが?」
 始音に罵倒を浴びせられる覚えは当然だがない。
「なんなんだよ、理解ができないんだが」
「君はあの子を……巡音さんを、どうする気だ?」
「え?」
 巡音を? 言いたいことがわからない。
「言ってることが理解できないんだが」
「じゃあ少し言ってることを変えよう。君は、いつから生徒に手を出すようになったんだ」
「はあ?」
 俺は、他からそういう目で見られていたのか? いや、実際はそういうことはしてないし、そうだ、そうに決まってる。
「手を出す? ひどい言いようだな。俺、何もしていないけど」
「昨日、神威が巡音さんと、なんかこう、そういう話してるところ、見たんだけど」
「……聞いていたのか」
「君は分かってるだろ? 彼女は生徒で、君は教師だ」
 そうだ。いくら思い合っていても、互いの立場がある以上、俺と巡音がずっと一緒に居られるという保障はない。
「安心しろ。誰にも言わない。聞いていたのがオレだったからまだ良かったけど、他の先生方や生徒に聞かれていたらどう言い訳するつもりだったんだ? 君は教師をやめて、巡音さんにも会えなくなって、互いにあれこれ批判や嘘混じりの言葉で貶められるところだぜ?」
「……俺達はただ、惹かれあっただけだ。それに、互いの感情を知っているだけでそれ以上のことはしていない」
「世間的には言い訳にしか聞こえないけど。生徒に好意を持っている、それだけでここぞとばかりに叩く人間はいるものさ」
 まあ気をつけなよ、と始音は図書室を出て行こうとする。
「……お前だって、人のこと言えるのかよ」
「……? なんだって?」
 始音は振り返る。
「お前がずっと目を離さない生徒がひとり、いるだろう。お前のその好意も、俺以外が気がついていたらどうするつもりだったんだろうな」
「っ、神威、まさか」
 そして俺は言った。
「お前だって、咲音に好意を寄せてんだろ」
「……!」
 お前と違って、俺は前から知ってたからな。
「一応、咲音はお前のこと好きらしいからな。お前も一緒だろう」
「ちょっと待って、ここでバラさないでよ! それに、好きってワケじゃない」
「はあ? あれだけ熱心に見ていて?」
「彼女だって、本当にオレを好きなのかは多分違うよ。それより……神威、いつから」
「さぁ、いつだったかな」
 俺がそうなら、お前だってそうだ。長い付き合いなんだ、何も言わなくたってわかることはたくさんある。
「お前だって咲音に会えなくなるのは嫌だろ。気をつけるのは、お互い様だぜ」
「……わかったよ。ご忠告、どうも」

*

「……と、いうことらしい」
「へー、そうだったんですか」
 その日、巡音の家に見舞いに行ったとき、ついでに咲音達のことも話した。
「メイコが始音先生のこと好きってことは知ってましたけど」
「俺は両方とも気づいてた」
「どうして気づいていたんですか?」
「始音とは中学からの仲だからな。まぁ分かるもんよ」
 あいつも自分のことに関しては、若干鈍いけど。ウダウダ言っていたあたり、認めたくないのかどうなのか。
「あと、咲音が心配してたぞ。早くよくなれよ」
「あ、そうなんですか」
「それで、伝言があるけど」
「なんですか?」
 咲音からの伝言を、俺は伝えた。
「『早く来ないと、ルカの家におやつどっさり持ってくからね』だと」
「……が、頑張ります。メイコがおやつを持ってくると、たいてい消費に困る……」
 そういや、あいつの基準が分かんねえ。『少しだけど』が全然少しじゃないから。
 ちら、と巡音が部屋の隅に視線をずらす。そちらを見ると、通学鞄には到底入り切らない量のスナック菓子が盛られていた。
「待って、何あれ?」
「メイコが、クレーンゲームでとれたお菓子を少しお裾分けするね、って持ってきたんです」
「あれが、少し……?」
「やっぱり、そうなりますよね……」
 少し、があの量なら。どっさり、はそれこそ部屋を埋め尽くす勢いなのではないか? 巡音、部屋のためにも少しでも早く良くなってくれ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】memory【3】

2012/01/07 投稿
「意見」

改稿にあたり、内容をがっつり変更しました。

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閲覧数:1,895

投稿日:2022/01/10 01:15:05

文字数:2,975文字

カテゴリ:小説

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