『青い草』 

第五話 【雨ふり】後篇



「やん☆メイコ先輩」

ミクのいる二年生教室の入り口で、メイコが手招きした。

「ミクちゃん、ちょっと相談があるの」

メイコはミクを屋上に連れ出した。
ひと気の無いところで話をしたかったのだ。



「生徒会長?! 立候補?!」
ミクはメイコからの突然の申し入れに驚いた。

「まあ、突拍子ないわね」

「いや~……、私には、荷が重い☆ですし―――」

ミクが言葉を全て言う前にメイコは話を重ねた

「あなた!生徒会長になって御覧なさいよ!
生徒会長で、学園のクイーンで、優等生どころじゃないよ。
近隣の学校だって、きっとあなたみたいな生徒会長なんて
絶対いないわ!最強よ!」

「え~……」

「目立つわね、かなり。雑誌の取材来るかも……
そういうコネもちょっとあるの私」

幾度か地方新聞や地元のテレビ局から
この個性的な生徒会活動の件で
取材のオファーが来ていたのだが
何かと忙しい彼女は、その件を後回しにしていた。


「取材……」

こくっとメイコは頷いた。

「しかも、あなたは仕事しなくていいわ。
めんどくさい事はぜ~んぶスタッフに丸投げして良いし
全部やらせるの、すっごく優秀よスタッフ。何せ私が仕込んだんだから!
あなたの仕事は事あるごとに
ステージで、作られた原稿をみんなの前で笑顔で読むくらいね」


「―――……」

「あなたしかいない。カリスマ性と学園を明るくする事ができるのは――
ミクちゃん!あなただけ」

ミクの目線がメイコからそれた。
どうやら何か考えてるようだ。

(まあ、何を考えてるのかわからんが……、悪い話じゃないな。
とりあえず、もったいぶって返事しとくか。)

ミクはちらりとメイコを見つめ返し、答えた。

「う~ん……私、よくわかんない☆です~。でも……
メイコさんに、頼まれたら断り難いです~」

即答しないのは分かっていた。だが、メイコは
十分な手ごたえを掴んだ。

(あなたが、この手の派手なこと大好物なのは知ってるからね)


後ほど返事をすると言い、ミクは教室に戻っていった。


順調である。ここまではもちろん、メイコの計算どおり。

いまどき、余程の情熱や正義感が無い限り
生徒会長になるという意気込みのある生徒は皆無だ。

これは嘆かわしい事なのだが
面倒な仕事なのだから仕方が無い。

ちょうど去年、メイコは脂っこい理想と
鬱陶しい情熱を振りかざし、生徒会選挙に挑んだ。

当初は鬱遠がられたが

本当は誰しもの心にくすぶってる
「何かしてみたい」という気持ちの代弁のように
メイコは圧倒的な票を集め生徒会長の座を射止めた。

内申書や推薦を取るための小ざかしい立候補ではなく
純粋に、「皆のために」という気持ちが純粋にあったし
もちろん、「自分を試してみたい」という挑戦もあった。

今回の選挙、「ミク」が出る事になれば
誰も対抗はしてこないだろう。それほどまでに
学園でのミクの人気は圧倒的なのだ。

ミク自身に何かさせるわけでなく、しっかりとした
生徒会執行部のスタッフがついていれば
ミクは完全に神輿で十分だ。

あとは、この一年で育てた後輩とこれから運営する
科学生徒会がフルサポートするのだから。

ここで、活発になった生徒会の火種を消すわけにはいかない。

メイコは愛着のある生徒会を後にする前に
レールを引いておこうと思ったのだ。

強引に切り開き、何とか引いたレールだったが
ここに来てようやく自分の思い描くコースに近づけた。

しかし、時間はあっという間に過ぎ、流石のメイコでも
自分に与えられた時間だけでは理想には足りなかった。

後輩が、自分の愛すべき生徒会を無事に引き継いでくれたなら
メイコは思い残すことなく学園での活動を終わらせる事ができるのだ。


・・・・・・・・・・・・◆


新聞部で一人、厚底めがねの女子生徒が
やっとできた号外の新聞のゲラを最終チェックしていた。
部室の窓には雨粒がぶつかり始めていた。


「ふう~、何とか間に合ったわ」
一安心した様子の女子生徒は椅子に座りながら大きく手を伸ばした。

ドアからトントンとノック。

「どうぞ」

「おじゃましま~す」
入ってきたのはメイコだった。

「あ、メイコさん! なんとか出来ました」

「お~、ありがと!どれどれ…」

生徒会からの発表を新聞にしてもらったのを確認に来たのである。

「んー、おっけいだね!いつも丁寧に書いてくれてありがと」

「あ~、良かった」

「んじゃ、これ印刷お願いね。これ、差し入れ」
メイコはお菓子の詰まった紙袋を渡した。

「いえ、メイコさん!そんなつもりじゃ……」
「あはは! 貰ってよ、気持ちよ」

顔を赤らめてお礼をいう女子生徒。

「うん、そしたら失礼するわ」
メイコは後を向いて部室を出ようとした。

「……―――あの!メイコさん」

「ん?」

「―――いつも、メイコ先輩に憧れていました」

「ん?ん?」
メイコは目をパチクリさせた。

「わ、私……、メイコさんの考え方、尊敬してます。
メイコさんの考えていた事を、この学校にちゃんと
根付かせてみたいって真剣に思ってるんです。だから……
あ、あの……私、立候補します……生徒会長選挙に」

「ん? そりゃ?ん?」
混乱するメイコ。

新聞部の彼女は厚底めがねを外した。

瞳が綺麗で、興奮してるのだろう
今にも涙がこぼれそうだった。
透けるように色白な肌、形の整った鼻筋
紅く染まった頬。よく見ればスタイルも抜群。

ミクとは全く違うタイプの美少女だ。
一年近く一緒にいてメイコは全く気がつかなかった。
メイコは気がつかれない様にゴクリと喉を鳴らす。

「グ、グミちゃん……、今、何ていった?」

メガネを胸ポケットに仕舞い、グミは話を続けた。

「はい、メイコ先輩、私……、生徒会長に立候補します!
メイコ先輩みたいになれないけれど、私、
メイコ先輩みたいに、がんばってみたいんです。
だからもし、応援してくれたら……私、うれしいんです」

メイコは二つ驚いた。

生徒会長に自ら立候補する生徒がいる事と
地味で目立たなかったこの新聞部の女子が
ミク真っ青の可憐な美少女だったことに。

自分の引き始めたレールを走りたいという
後輩が居た事に感動している自分もいるが

問題は

そのレールに今日、2台の汽車を乗せてしまった事だ。


ぽんとグミの肩を叩いてメイコの口から出た言葉は―――

「うん……、応援する……わ」

「はい!」

言えるワケが無かった。

たった先ほど、ミクを立候補させるなんて
この少女が必死の勇気を振り絞って言った後に
応援できない、なんて、メイコには

言えるワケが無いだろう。

呆然と部室を出たメイコ。
ポケットの携帯がメールの着信を知らせた。
送り主は、ミク。

【選挙、出てみます☆ヨロシクです☆】



メイコは廊下を歩き、ひと気の無い場所までくると
ペタリと座り込んで頭を抱えた。

今までは計算どおりに事が進んできた。
しかし今、予想をしない展開にメイコは動揺している。

正直、傀儡子気取りだった自分が恥ずかしく思えた。

ひょっとしたら自分の手足に操り糸がついてんじゃないかと
メイコは手の甲を見つめ、深い溜息の塊を吐き出した。


・・・・・・・・・・●


「お~い」

カイトはグランドでキャッチボールをしている
レンに手を振り近づいてきた。

「わお? トイレの先輩だわん!」

リンは少し警戒してる表情をした。

「トイレの先輩は無いだろう~。カイトって言うんだ。ヨロシク」

「まあその~、君たちにお願いがあってきたのだが……
私の実験に協力してくれないかな?」

「行こう、レン。こんな怪しい先輩の言うことなんか聞く必要ない」

訝しげな表情をあからさまにリンは言った。
この怪しい先輩の奇怪な行動の噂はリンの耳にも入っていたのだ。


レンの手を引き、ズルズルと引きずるように教室に戻ろうとする
リンだったがレンがブレーキをかけた。

「なんの実験だわん?」

「おい!いくぞレン!」

「わお~、ちょっと聞くだけわん!」

下校時刻を告げる鐘がなり響き、雨も少し降り始めてきた。

「タイム・マシンを作ってる」

「わお!」

リンは舌打ちした。
この手の話はレンの大好物なのだ。

「そう、君の体力がこの実験の鍵なんだ。是非協力してほしい。
そのために科学部に入ってもらいたいのだ」

リンは手のひらで顔を覆った。
このバカな先輩の話に付き合ってる暇はない。
さっさと切り上げて教室に戻ろうとレンの手を引いたが
頑としてレンは動かなかった。

「タイム・マシン……、本当に作れるわん?」

「そんなわけ無いだろ!いくぞレン」

「……物体や肉体は無理だが、意識だけなら可能だと思う」

「はぁ?何それ。意味わかんないし」
リンは敵意丸出しでカイトに言い放った。

「人のDNAには太古の頃からの進化の過程が詰まっている。
そしてそれを未来に繋げる情報も同時に持ってるんだ。
その情報を利用して意識だけ時間旅行する事は
きっと難しいことじゃないハズなんだ」

「聞いた以上に変人だな!先輩。ついてけ無いぜ。
いい加減いくぞレン!」


「……行きたいわん。過去に戻ってあの子に会いたいわん」

リンは引いていた腕を緩めた。

「僕、あの子に言わなきゃいけない事があるんだわん!」

レンは草原に佇む白いワンピースの少女を思い浮かべた。

「お、お前……」

「リン君、僕、科学部に入りたいわん」

雨がポツリポツリと大粒になってきた。

「意味が分からない!なんなんだ、何?夢みたいな事を大真面目に
言ってるんだこの二人して!」


リンは頭を掻き毟って叫んだ。そして一人で校舎に向かった。

「あ~~!もう勝手にしろ!バカな事に付き合ってられるかよ!」

カイトとレンは校庭にぽつんと取り残された。

「……い、いや、何かすまない事をしたような……」

「大丈夫だわん。リン君もきっと分かって……くれるわん」

ふーっと大きな溜息をついてカイトは
明日の放課後、自転車置き場に来てくれとレンに言った。
レンはそれにうなずいた。


だが、その後リンは一切、レンと目も合わさず
カバンを持ち、そそくさと一人で帰ってしまった。

「く~~~ん……」

リンが校門を走って出てゆくのを、見ていたレン。

明日のキャッチボールは?
お弁当は?
学校へいくのも一人なのか?

そう思うとレンはとても寂しくなり、不安で半べそをかいていたが
病み上がりのリンが雨で体を冷やしてはいないかと心配になった。


外の雨は激しく降り始め、雨音のノイズが学園中を包みこんだ。


・・・・・・・・・・・・・・★


「へく☆ちん」

ミクはまたくしゃみをした。

周りに誰もいない事を確認すると
ズベーっと大胆に鼻をかんだ。

「へく☆ちん!あ~どっこいしょ」

くしゃみが止まないミク。

「生徒会長か……、悪い響きじゃないよね」

鼻を赤くしながらミクは既に当選した気持ちになっていた。

「あのメイコが居なくなればこの学園は私の物に
なったも同然だね!うへへへへ」

きっと人気も鰻登りで回復するはず。
あの忌まわしいリンにも2歩も3歩も差をつけることができる!
ミクはニヤニヤしながらそんな事を考えていた。

「まあ、私に選挙で勝てるヤツ、居るわけ無いよね♪」
鼻歌を歌う余裕綽々のミク。

生徒会長になった日には
赤いフレームのメガネでもかけて知的に見せようかと考えていた。


しかし、この選挙
ボカロ学園創立以来、歴史的激戦となろうとは
この時、ミクもメイコも、そしてグミも

誰も考えだにしなかった。

【つづく】


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

青い草 第5話【後編】

第5話の後編です。

閲覧数:160

投稿日:2012/02/02 21:04:39

文字数:4,899文字

カテゴリ:小説

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