ある人々のお話

              黄昏

午後6時、あの人はかならずこの時間に帰ってくる。
駅前の広場であの人の帰りを待つのが私の日課だ。
駅前の広場に行くときに、よく商店街を通る。
何年も通ってきたので、皆とはすっかり顔なじみだ。
よく「可愛いね」と声をかけてくれるし、「これ、食べるかい」と店の商品をくれたりする。
私はこの商店街の暖かさが好きだった。温もりが嬉しかった。
もともと孤児だった私が、スラム街で盗みを働きながら生きてきた私がこんな思いをもってもいいのかと悩むこともあったが。

今日は少し遅れてしまった。
商店街のおばさんたちが話しかけてきたり、商品をくれたりしたからだ。
ダッシュで駅に向かう。

午後5時57分… 間に合え…

午後5時58分… だめか…

そして、

午後5時59分、駅前の広場にある時計台の前に着いた。
何とか間に合った。全力で走ったから息も弾んでいる。
午後6時、駅の扉が開いて、人が大勢出てくる。その中にあの人がいた。
私の姿を見つけると、一直線に来た。
「やぁ、今日も来てくれたんだね」
私は笑顔で答える。
そのまま家に帰る。その途中に商店街によって、彼の奥さんに頼まれていた今晩のおかずを買う。これもまた日課だ。そういえば前に、私がいると、何かとサービスしてくれるからお得だ、と彼が言っていたっけ。どういうことなのだろう。
帰り道、夕日に私とあの人の影がのびる。まだ少し息が弾んでいたが、今は別のものも弾んでいるような気がした。

その次の日 5時55分
今日もまた駅へ向かっている。
しかし今日は変だ。商店街のおじさんおばさんがいつも以上にかまってくれる。まるで、引きとめようとしているみたいだった。
けど、昨日のこともあるので、商品に手をつけることも無く、話しかけられても生返事でかえして、駅へ急いだ。
午後5時59分 結局、昨日と同じだ。
それでも間に合ったのだから、よしとしよう。
きっと、あの人もそう思うだろう。
午後6時 時間になった。彼が来る。

午後6時1分 彼が来ない

午後6時5分 電車が遅れているのかな?

午後6時30分 なんで来ないの?

午後7時 1時間たった。彼は来ない。
何でだろう。なぜ来ないのだろう。
そうか。電車がいつもより速く来て、もう彼は帰ってしまったのだろう。
一緒に帰れないのは寂しいけど、急いで家に帰ろう。彼が待っているはずだ。

家で待っていたのは彼の奥さんだけだった。
炊飯器の横、彼女の定位置に座っている。
小さな卓袱台に三人分の料理が並べてある。
いつもの光景だ。けれど、その中に彼がいない。
私が帰ってきたことに気付き、こっちに顔を向ける。
何でだろう、彼女は目に涙をためて、優しい顔で微笑んでいる。
私が近寄ると、優しく抱きしめてきた。だんだん力が強くなる。嫌じゃなかったけど、頭の横から小さく泣く声が聞こえてきて、肩の辺りから濡れた感触が伝わってきた。
大丈夫?どうしたの?と聞いたが、答えてくれなかった。

翌日、午後6時 駅の前にいるが、いっこうにあの人は帰ってこない。
今日はあの人が帰ってくるまで、家に帰らないつもりだ。
きっと昨日は、仕事が長引いて彼の仕事場(私が生まれ育ったスラム街の近くだ)で休んだのだろう。今日は帰ってくるはず。

午後7時を過ぎた。彼は帰ってこない。
よし、こうなったらここで一夜を明かそう。もともとスラム街で生まれ育ったから、横になれればどこでも寝られる。
彼ならきっと私に気付いてくれるはずだ…。

………
……


…眩しい。それにうるさい。すさまじい量の音の濁流が耳に流れてくる。
まぶたを開けると朝になっていた。
夕方以上に人がたくさんいる。
いつの間にか寝てしまったのだろうか。
彼が帰ってきたのなら、私を起こしてくれるはずだ。
ということは、彼は帰ってこなかった、ということか。
もう少し待ってみよう…。

昼になった。まだあの人は帰ってこない…。

夕方になった。もう一晩明かすことになりそうだ…。

その次の日も彼は帰ってこなかった。
その次の日も、その次の日も、その次の次の日も彼は帰ってこなかった。

何日たっただろうか。
彼と最後に帰ったあの日がとても昔に思える。
このころには私はだいぶ痩せていた。
今日も彼は帰ってこない。
少し疲れた。軽く目をつむる。
すると、遠い日の思い出がよみがえった。スラム街の片隅で死にかけていた私をあの人が助けてくれたこと…あの人と奥さんの家に、温かい家庭に迎え入れてくれたこと…
思い出せば思い出すほど、あの人に会いたいという気持ちが強くなった。
   アンリ…
?なんだろう。彼の声が聞こえたような…
   アンリ!
…まって。
私は呟いた。
まって!
次は大声になった。
声のした方向へ走り出す。どこ?どこにいるの?
そこで、

私の意識は途絶えた。





ご近所ニュース

ショッキングなニュースです。

今朝、中央駅の前で猫が一匹、交通事故で亡くなりました。
この猫は渡会さんのお宅の猫でアンリちゃんという名前で、ご主人の渡会秀一郎さんが2週間前に建築現場で重機の下敷きになって亡くなってからずっと、駅前の広場で渡会さんの帰りを待っていました。『忠犬ハチ公』の再来とまで言われるくらいの粘りで渡会さんの帰りを待っていました。
駅前を通る人が食べ物を与える事もあったとか。
しかし、今日昼ごろいきなり道路に向かって走り出して、ダンプカーにはねられました。
即死とのことです。不思議なことにひかれた時間と、渡会さんが亡くなった時間はほぼ同じだそうです。
次のニュースです。K町の畑で不思議な形の大根が発見されました。畑の所有者の話によると…



女の人が仏壇に手をあわしている。
仏壇の上には男の人の写真と、
それと、
男の人と女の人に抱きかかえられた一匹の幸せそうに目を細めている猫の写真が置いてあった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ある人々のお話

初投稿です!

この作品は高校の文化祭で販売する文芸誌に載せるために書いたものです。いろいろあって載せることはできませんでしたが^^;

つたない文章ですが、これを読み終わった時に貴方様の心の中に何かが残れば……

コメント頂ければ嬉しいです!フィーバーしますw

閲覧数:46

投稿日:2010/10/27 21:36:14

文字数:2,469文字

カテゴリ:小説

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