1~0と1とが交差する地点
僕は机の前の少女に話しかけてみる。
彼女からの返事は0に等しい。
「ほら、愛花。先生に自分の名前を言いなさい」
彼女の母親が急かす。
「・・・・・・」
僕の職業は臨床心理士。
臨床心理士(りんしょうしんりし、英: Clinical Psychologist/Certified Clinical Psychologist)とは、文部科学省認可の財団法人日本臨床心理士資格認定協会(学校教育法第109条第3項ならびに学校教育法施行令第40条に基づく臨床心理専門職大学院認証評価機関)が認定する民間資格、およびその有資格者のことである。活動領域に応じて学校臨床心理士、病院臨床心理士、産業臨床心理士などとも呼ばれる。また、海外の「Clinical Psychologist」などの訳語としても臨床心理士の名称が用いられる(ウィキペディアより)
これだけ難しい事を並べても、きっとまだ分からない人がいるのだろう。
要するに心が傷ついた人と話をして、その人が何をすればいいのかを導いてあげる仕事だ。
ただし、直接解決法を患者さんに指導する訳ではない。
あくまで「自分の力」で助かるのである。
目の前に座っている少女。カルテを見ると、名前は詩峰(うたみね)愛花(あいか)15歳。
学校で酷いいじめに遭い。失声症。
自分の母親にも何も詳細を話すこともないという。
完全に言葉を失った。ということだ。
「愛花ちゃん、何が好き」
「・・・・・・」
彼女の目は、魂を失ったような暗い目をしていた。
「愛花ちゃん、先生と話するの嫌?」
愛花が首を振る。
直接面談は60分。
僕はYESとNOの札を渡して、上げさせることで話を聞いていく。
最初はたわいのない話から・・・。
まだ核心を突かない。そこで核心を突いてしまうと、もう来ない可能性がある。
カウンセリングは医師の許可こそあるものの、本人の選択の自由だ。
夕方。
「お疲れさまでした~」
夜間受付を通り、病院を出た。
そして、自転車置き場に向かった。
自転車置き場に行くと、異様な光景そこがそこにあった。
「ん?あれ?」
僕の自転車の横に誰かが体育座りしている。
よく見ると、それは愛花だった。
「どうしたの?」
「・・・・・・」
こういう場合、家に送ることが先決なのだろう。
「じゃあ、一緒に家に帰ろうか・・・」
「・・・・・・」
自転車の鍵を外してスタンドを蹴る。
確か、カルテに書いてあった住所は・・・。
すると愛花が僕の袖をギュッと掴んだ。
「どうしたの?」
「・・・りたくない」
「え?」
愛花が言葉を発した。
「家に帰りたくない!!」
突然のことに僕はうろたえる。
「あ、え、でも・・・」
「帰りたくない・・・」
そうして愛花は下を向いたまま、また無言になった。
僕と愛花は近くのファミレスに入った。
人目を避け、奥の席に座る。
「何食べる?好きなもの食べていいよ」
すると愛花はメニューの「カレーライス」を指差した。
「カレーが食べたいの?」
こくっと愛花が頷く。
そして僕は呼び出しのベルを押した。
ファミレスのトイレ。
とりあえず注文はした・・・。時間稼ぎにはなった・・・。
携帯電話を取り出す。
主治医の先生に電話するためだ。
とりあえず先生に電話して意見を聞こう。
ぷるるるると、呼出音が鳴る。
この時間が一番長い気がする。
というより長かった。
「出ない・・・」
2度3度掛けても出なかった。
先生・・・。
席に帰ってみると、もうカレーライスと僕が頼んだハンバーグセットが来ていた。
でも愛花は1口も食べていない。
「食べてもいいよ」
僕がそう言うと愛花はぱくっとカレーを頬張った。
「美味しい?」
コクっと頷く。気に入ってもらえたみたいだ。
僕もゆっくり食べ始めた。
話しかけても無言、そして僕は気が気でない。
どうしたものだろうか・・・。
ファミレスを出ると、既に外は真っ暗。
国道の街灯と車のランプだけがすごく明るい。
ファミレスを出た時に、携帯電話の着信が入った。
「もしもし・・・」
『ああ、松田くんかね~』
「先生、って酔ってるんですか?」
既にジョッキ4杯といったところだろうか。
奥で大きなオヤジ達の笑い声がしている。
『ああ、ちょっと付き合いでな~。今飲み会なんだよ~』
「先生、確か明日も朝一で診察じゃなかったですかね?」
『気にするな~。明日には復活してるから~』
仕方ない。
僕は事のいきさつを話す。
『おお、ちょっと珍しい患者だな・・・』
「どうすればいいですかね?」
向こうで先生も考え込む。
『とりあえず、お前ん家に連れて帰れ。お持ち帰りしろ~』
このオヤジ。完全に頭が飲み会になってやがる。
『じゃあな、俺も頑張ってお持ち帰りすっからよ~』
「先生既婚者じゃ・・・えっ・・・あっ・・・ちょっと・・・」
電話が切れた。
本当にいいのだろうかそんなことして。
僕が住んでいるマンションまで一緒に歩いた。
僕は何度も愛花に話しかけるが返事はない。
オートロックを開けて中に入る。
なぜかまるで自分が悪人みたいに感じた。
エレベーターに乗った頃にはもう脱力していた。
・・・どうしてこうなったんだろう。
何度も自分の部屋を間違えそうになる。
・・・ちゃんと部屋番号を確認して鍵を開ける。
鍵がちゃんと開くというということは、部屋を間違えてるのはないだろう。
「愛花ちゃん。ちょっと中で待ってようか」
愛花がコクっと頷く。
言った僕でも何を待ってろと言うのか分からないのに。
中に入ると僕は、脱力してリビングに倒れた。
愛花はキョロキョロ周りを見渡す。
オーディオのリモコンを見つけた愛花はそれをそっと手に取る。
ただ、握り方が悪かったせいで、勝手に電源ONのボタンを押したらしい。
部屋にボーカロイドの曲が流れ出す。
<0と1が交差する地点~行き場を失った現在地~>
「いや、これは患者さんがいいって言ってたから聴いてるだけで・・・」
なぜ言い訳するのか分からないが、まずい。こういう音楽嫌いな人が多いって聞いた事がある。
・・・でも完全に自分の趣味だった。
しかし愛花を見ると焦りも何もかもがふっとんだ。
「トリノコシティ・・・」
そう言ってポロポロ涙を流していた。
彼女にとってトリノコシティはどんな風に聞こえたのだのだろうか・・・。それは思い出なのだろうか・・・。
トリノコシティから始まるストーリー~その1~
トリノコシティから始まるストーリーをお読み頂き、誠にありがとうございます!!
1925から始まるストーリーに続く、トリノコシティを取り巻く人たちを描いたシリーズ物第2弾でございます。
作風も全部変えて挑んでおり、今回は臨床心理士がテーマです。
しかしこの話は全部フィクションなので絶対に真似しないでくださいね。
トリノコシティから始まるストーリー
リスト→http://piapro.jp/bookmark/?pid=tyuning&view=text&folder_id=198731
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