夢みることり(がくぽ&MEIKO)2

投稿日:2008/09/17 21:47:23 | 文字数:3,291文字 | 閲覧数:372 | カテゴリ:その他

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 長くなったので分割。

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 長じて後は、時折、何かの拍子に見かけることしか、互いに許されなくなった。
 彼女は、滅多に笑った顔を見せなくなった。前だけを向いて、そのくせ何ものをも拒んでいた。
 そうして美しく成長した彼女には、当然の道が用意された。
 うつむいている、この髪に触れたい。
 壊れてしまいそうに儚げな、肩に触れたい。
 今までに何度、同じことを願っただろうか。
 明日、彼女は輿入れする。
 触れ合った指先が、ひどく冷たい。震える女が哀れで、それ以上に。
 愛しい。
 ほんのわずか動けば、この腕の中におさめるのは容易かろう。誰もいない。雪が人目も物音も消し去っている。
 手を伸ばせば。
 触れてしまえば。
 彼女が、顔を上げる。
 視線が絡み合い。
 指、が。
 その瞬間、何も見えなくなった。
 目をすがめ、辺りがすっかり銀に染め上げられていることに気づく。目をやった先、藍色の天空には大きな月輪が、皓々と座している。
 畏怖すら覚えるほどの、刃を思わせるその鋭い光。
 彼は、深く嘆息した。
「もう、お戻りにならなければ」
 身を切られるようなこの痛みは、愚かしさの代償だ。
「お早う、お休みなされませ」
 彼女は、何か言いかけたのかもしれない。
 だが、彼は立ち上がりすぐにきびすを返した。
 白銀に照らし出される中、ただ真っ直ぐに歩いていく。
 愚かだ。
 自分は本当に、愚かだ。


 雪が、朝からずっと止まない。
 あとどのくらいで、迎えの者達と合流できるだろうか。
 たくさんの武士、それと同じくらいの女達に守られて、姫君の乗る輿がゆっくり進んでいく。後方からついて歩く彼は、片時も目を離さずにいた。
 あの中で、いったいどんな顔をしているのだろう。泣いてはいないだろうと思う。どんな感情も押し殺し、唇を引き結んでいるのか。
 二度と会うことはない。
 けれど、憶えていよう。


 二人ともに、十二の年だった。
「神威」
 隣りに座る少女は、いつになくふさぎ込んでいた。
「どうかなされましたか?」
「お前は、いつ妻を娶るの?」
 問われて、何も言えなかった。
 父母の望みに沿う娘がいたら、ほどよい年頃になれば、と、当たり障りのない答えでいいはずだった。なのに、少女の黒目勝ちの丸い瞳があまりに美しく、彼はそれに捕らわれてしまっていた。
「私はいずれ、どこぞの殿に嫁がなければならない。そして二度と帰れない。鳥のように、籠に入れられたままになるわ」
 やはり、彼は答えられない。
 少女は、ゆっくりと瞬きした。
「同じ、虜の鳥になるのなら……」
 柔らかく、温かい掌が、硬くなり始めていた彼のそれに触れる。
「私は、お前という籠に入りたい」
 唇が、ようやく動いた。
 声はかすれていた。
 けれど、つぶやきは届いていた。たった一つの短い音の連なりが、どれほど嬉しかったものか、花のように、彼女は可憐な笑みを見せる。
「もう一度」
「……めい子」
 今度は、もっとはっきりと、彼は呼んだ。
 少女の微笑みが、変わる。
 恥じらうような、はにかむような、それは女に特有の匂いを帯びて、もの慣れぬ少年をひどく戸惑わせた。
「姫様!」
 鋭い声に、二人はびくりと肩を震わせる。少女が恐る恐る振り向いた先に、彼女の乳母が厳しい形相で走ってくるのを彼も見出した。
「このようなところにおいでとは。早くお戻りくださいませ。年頃の姫君が、日がな外をうろつかれるようではなんといたします」
 早口でまくし立てながら、少女を追い立てる乳母は、一瞬だけ肩越しに少年を見やった。
 非難と、嫌悪感。
 そのまなざしが何に起因するものかわからないほど、彼は愚かではなかった。
 少年と少女が疎遠になったのは、それからすぐであった。
 月日は、流れ降り積もり二人の間に堰を為し、ある日、その青年はやってきた。


 城主と親しい隣国の主が、跡取りを連れて新年の挨拶に訪れた。親しいといっても同盟を結んでいるという意味であり、いつ敵になるとも知れぬ。だが、それを脅威と思うのは相手も同じであり、わざわざ長子を伴った一番の理由は、誰も口に出さずとも了解していた。
 婚姻。
 表情を殺し心を封じ込めた姫をよそに、国の主達は勝手に話を進めていく。
 臣下でしかない彼には、どうすることもできない。
 眠ることもできず、暗い中をあてどなく歩いていた。朝からの雪はようやく止んで、今は彼の歩みをより一層重いものにしている。
 と、そのときだった。
「何者だ」
 目の前に出てきた人影に、彼は反射的に跳びすさり問うた。いつでも抜けるよう、鯉口に手をやっていたが、薄闇に透かした相手の顔を認めるやいなや、あわてて膝をついた。
「ご無礼をお許しくださいませ」
「いや、突然のことで驚かせてしまった。こちらこそ失礼いたしました」
 おっとりした声に、物腰の柔らかな語調。身分と名を先に聞いてなければ、とても信じられなかっただろう。
 この青年こそが、隣国の跡継ぎなどとは。
「神威殿……でしたか」
「は」
「お急ぎの用でも?」
「いえ」
 なぜこんなことを訊くのだろうと訝しむと、青年はよかった、と呟いた。
「馬の様子を見に行ったら、戻れなくなってしまったのです。よければ……」
「ご案内つかまつります」
 立ち上がり、促すように一礼し歩き出すと、青年はあわててあとをついてきた。
 調子が狂う。身分はずっと上のはずなのに、なぜこうも腰が低いのか。
 これでは……。
「美しい方ですね」
「え?」
 唐突な言葉に振り向く。寒いのか、青い布をぐるぐると巻いた青年は、ややくぐもった声で続けた。
「こちらの姫君です。以前より噂は聞き及んでおりましたが、本当にお綺麗でした」
「……」
「でも……」
 さくさくと、雪を踏む音に紛れないのが不思議だった。
「お寂しそうな方です」
 息が止まった。目の前の雪が赤く見え、鉄の匂いすら感じたように思えた。
 何がわかる。初めて会った貴様に。
 笑うことも泣くこともしなくなった、かの女の心が。
 そんな彼女に何をすることもできず、見ているしか許されない自分の気持ちが。
 だが、青年の言葉は。
 月のように、雪のように、降り積もる。
「心を籠に閉じこめてしまったように、私には見えました」
 籠。
 ――鳥のように、籠に入れられたままになるわ。
「だからとてもおつらそうで」
 ――私は、お前という籠に入りたい。
 籠に。
 あの女(ひと)は。
 彼はきつく目をつぶった。
「このように乱れた世ではありますが、できることならば、あの方を解き放ちたいと……思いました」
 じんじんと、足が冷たさにしびれる。
 触れた箇所から、雪が溶けていく。
 彼は初めて、青年の顔を真っ直ぐに見据えた。
 優しげで、一見茫洋としているようでありながら、聡明な瞳。
 彼女の籠を、すぐに見出した。
「どうもありがとうございました」
 ここからならわかるからと、青年は礼を言って戻っていった。一人残され、彼は空を仰ぐ。
 月はなかった。
 その代わり、冴え冴えと星が輝いていた。


 隣国の迎えの集団が、肉眼でももう確認できる。
 あの先に、自分はいけない。
 彼は、誰にも咎められないよう注意を払い、姫君の乗る輿のそばへ寄る。
 小さな戸を少しだけ開き、紙を滑り込ませた。そのまま列の中へ戻り、徐々に近づく隣国に思いを馳せる。
 かの青年は、今頃どうしているだろう。妻となる姫を、優しく出迎えてくれるだろうか。
 いや、きっとそうするに違いない。
 だからこそ、彼も心を決めた。
『私は、あなたの籠にはなりません』
 ようやく、姫に伝えることができた。
 どうか、羽ばたいてほしい。
 籠の鳥として生きていくのは、あまりに悲しい。
 雪が止む。
 もう春が近い。足下はわずかにぬかるんでいるばかりで、地を覆う白銀はまばらだ。
 出迎えの使者達が揃って頭を下げる。
 彼は、ゆっくりと目を伏せた。

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