「一番隊前へ出ろっ! 二番三番隊はボーリング班の護衛だっ!」
 キメラの大群がボーリング班を包囲していた。その数十一体。それらは奇声を上げて無防備な班――主に女子供、老人――ににじり寄っている。
「班長、だめです。数が多すぎます……」
「キーハ、貴様はそれでも一番隊の斬り込み隊長か! 弱音を吐くな! ジャッカルはどこだ!? あの馬鹿はどこで油を売っている!」
 対する対策班は三十三名。三隊に分かれているが、積極的にボーリング班に襲い掛かるのを追い払うだけで手一杯だった。
 一匹のキメラが逃げ遅れた子供に狙いをつける。
「くそっ! この野郎がっ!」
 変種陸亀に突進した班長がグレートソードでそれを叩き斬った。甲羅もろとも一刀両断にされたキメラは血飛沫を上げながら絶叫する。痙攣し、動かなくなっても班長は尚執拗に攻撃を加えた。その顔は憎悪で歪み、鬼気迫っていた。
「なんで、こんな事に」
「そんなこと知るかっ! ぶっ殺せ!」
 二人の隊員と共闘しているキーハがレイピアで巨大な目玉を突き刺した。だが硬い鱗はそれを弾き返し、触手で袈裟懸けに彼を打つ。
「うおっ、と! ……今までなかったのに、なんでこんな事に――」
 呟きは誰にも聞こえず、二人の隊員が各パイルバンカーで挟み撃ち目玉をぐしゃぐしゃに潰して終わった。硝子体らしきものが溢れ、悪臭が三人の鼻をついた。
「おえぇっ!」
 液を顔面に浴びた一人の隊員が激しく嘔吐する。
「君はもう下がれ。二番三番から誰でもいい! 応援を!」
 隊員が交代しようとしたまさにその時、蒼碧の稲妻が彼を撃ち、肉を焼いて爆散させた。キメラまでもがその威力に凍りつき、肉片がキーハの頬にこびり付いて落ちるまでの間、不気味な静寂が戦場に降りた。
「――は、はははは、は。な、なんだい今のは……」
【カコノイサンダ】
 律儀に答えたそれ――蜥蜴の胴体に獅子の脚、人間の顔を持つキメラはにやにやと嗤っていた。
 首からペンダント状のものがぶら下がっている。それが稲妻の正体だとキーハは勘ぐった。
「随分と頭を使う糞野郎だ。……おもしれぇ」
 班長が前に出て大剣を構えていた。まだ七体生きていたキメラは新たに現れたキメラの後方に回りかしづいている。
「お前がお山の大将ってところか? 糞つまらねぇもの引き連れてお食事タイムとはいいご身分だな」
 班長だって分かっているはずだ。キメラの間に主従関係など存在し得ない事を。キーハは彼らのやり取りをはらはらしながら見ていた。あの人間キメラがもう一度火を吹いたら――班長はなす術もなく死ぬ。……ついさっきこびり付いた肉片の感触が妙に生々しく残っていた。
「……っ」
【コワイカ? コワイダロウナ。ダガ、ザンネンナコトニジュウデンスルマデハシバラクカカル】
 自らの手の内を見せる事になんら抵抗を感じていない。高い知性と狡猾さを備えているとキーハは判断した。
「班長、こいつは危険だ……」
「危険だろうが、引くわけにはいかない。いや、引けない。――一体、どこに逃げ道があるって言うんだキーハ」
「………」
 人間キメラが一歩前へ出て、班長とキーハが一歩退がった。
【? ヤツラハドウシタ】
「奴ら?」
 首を傾げる班長。息を呑むキーハ。
「班長、こいつディリスを助けたキメラに違いない。リオンとジャッカルの事を知っているんだ」
「――そんな奴がどうして俺たちに牙を剥くんだ……」
【アノ、フタリノ、コゾウハ、ドウシタ?】
 苛立った口調にキーハが震え上がった。もう充電とやらは完了しているかもしれない――。
「……り、リオン君は薬を探しに行った。ジャッカル君については知らない」
 情報は小出しにしなければいけない……。少しでも時間を稼ぐため、相手の真意を探るため、キーハは慎重に言葉を選んだ。
 余計な事は言うな。班長が小さく言い睨み、キーハが目配せしてそれに応える。
【ナニノクスリダ】
「毒を消すための、薬だ……」
【ダレニツカウ】
「それがどうしたんだ。キメラに関係があるというのか」
 キメラは深く考え込んでいるようでうな垂れ、誰にともなく呟いた。
【ナニカ、ヒッカカル……。ナニカ、ダイジナコトダッタキガスル……】
 考え、考えあぐね、そして諦めたのかキメラは別の質問をぶつけた。
【ジャッカルハドウシタ】
「本当に知らない」
 今キーハもそれを思案していたところだった。外出する場合は二人以上で、かつ言伝を残してからでないとできない。まさかキメラに食われたとも思えないし――思いたくもなかった。
「………」
 班長は彼らの話の間、手前でうずうずしている犬キメラの方が気がかりだった。悪い予感だ。それは口をだらしなく開け、涎を垂らしている。
「……結局、私たちと殺りあうのですか」
 充電は多分終わっている。あれが放たれたら次に死ぬのは自分なんだ――。冷静さは既に未知の恐怖で押し込まれ、遂にキーハがレイピアを人間キメラへ向け、構えた。
「……あぁやっぱりか、くそっ!」
 班長が注意していたキメラがそれを察し、彼めがけ襲い掛かった。食欲に歯止めが付かなくなったのかもしれない。だが班長がそれを切り伏せるより早く電撃が閃き、爆散するだけに終わった。キーハがちらりと腕時計に目を遣り、目算で充電の最低ラインを見積もった。大体、五分。電撃は幸運にも自分が受ける事は無かった。
【キョウハ、カエル。イノチビロイシタナ】
 人間キメラはそう言うと踵を返し、廃墟の奥へと消えた。他のキメラは名残惜しそうだったが、ためらい、彼の後に続く。二度も見せられた電撃の威力に恐怖しているのだろう。
「た、助かったぁ……」
 ほっ、と肩を下ろすキーハ。
「馬鹿野郎。お前が下手な行動をしたせいで俺が喰われるところだったぞ」
 そういう班長も既に剣を納め、瓦礫の上に座り込む。ボーリング班の連中などは戦闘が始まって以来、何が起こったのか理解できずおろおろしているばかりだ。
 キーハが唐突な、しゃくりあげるような嗚咽に振り返った。
 それは一人の大男だった。班長が、剣に身を預け、すすり泣いている。
「突風のようだった……仲間がまた一人死んだ……理不尽に死んだ……。あいつは一体何者だ!? 人間のくせして、いや、人間じゃない――悪魔だ」
 どう声を掛けるべきか、終ぞキーハはそのタイミングを見つける事が出来なかった。


     ※

 遺伝子開発研究所。何年もの年月、誰も踏み入る事はなく誰もがその存在を忘れていた施設。それが一人の人間の生き死にを巡って、再び使われ始めたのはつい最近の事だ。
 過去にはその名を冠するとおり動植物の遺伝子を改良、または遺伝子を一から構築し直し、世界の多様にわたる問題を解決しようと邁進していた機関だった。それは食糧危機であったり、環境汚染であったり、軍事的な規模拡張に伴うものでもあった。
 そのため実験設備も多くあり、ディリスにコールドスリープをさせた機械もその一つだった。身体の代謝を最小限に抑えて薬品の投与などをし、反応を見るのだ。
 ジャッカルは我が妹を助けるためその投与すべき薬品を探していたのだが、その折、コールドスリープをさせるものとはまた別の機械を見つけたのだった。
「……これは――」
 カンテラの照らす一条の光が部屋を舐め回す。埃に塗れた彼がます驚いたのは、あれほど施設に堆積していたその埃がここだけは全く無かった事だった。埃どころか塵一つ無い。精密機器を製造している様子もないのにこの清潔さは異常といえた。そう言えば、何度も何度も細かい場所を抜けてきた気がする。きっと、くどいくらい執拗にエアシャワーをさせるものなのだろう――そう彼は思った。
 目的の物はなさそうだと諦め、退室しかけた時だった。カンテラの動きが止まり、奥の隅で無造作に転がっているそれに目が留まる。
 赤、青、緑。何色ものコードの髪を生やしたヘルメットだった。バイザーは無く、一様な金属質の表面。素人でも理解できる――それはあからさまに、脳みそを調べる機械ですよとジャッカルに物語っていた。
 さっきの壜の事もある。余計なものには触らないほうがいい。そう思いつつも彼は自らの好奇心に負けた。
 近づき、恐る恐る触れた。冷たく、硬質な感触。持ち上げ、かなり重い事に気付く。三十キロはあるだろう。これを被るのは米俵を頭に載せるのに等しい。
 コードの束は一つの巨大な機械へ集まっていた。プレートが下げられ、操作手順。ジャッカルはこれを読み、ある程度何に使うものなのかを理解した。
 曰く、このヘルメットは人格再形成装置である。曰く、これは脳波パターンをコンピューターに記録させるものだ。曰く、人格データは仮想世界でシミュレートが可能だ。
 要するに、人格をデータ化してコンピューターで再現できるものなのだった。
 人格――。呟き、ジャッカルはこの装置が人間に使う事を最重要として設計されている事に苛立つ。
 食糧危機や環境汚染、そして軍事的な規模拡張――の解決に遺伝子を弄られるのは人間も含まれていたのだ。
 これは遺伝子改良された人間の肉です。地球の皆さん安心してください。世界の食糧危機は脱したのです。なにせ喰えば喰うほど危機から遠ざかるのですから――。
 ふざけるな。くそくらえ。人間を何だと思っている!
 破壊の衝動があの壜同様、ジャッカルに襲い掛かった。大丈夫、こいつは壊してもなんら問題は無い。彼にはこんな忌まわしいものが塵一つ付かず、汚れとは全く無縁でいることが許せなかった。
 これでは――これではこの機械がまるで正当化されているようではないか……。
 ジャッカルの喉がひゅうひゅうと鳴っていた。だめだ、眩暈がする――。引き攣る頬を手で必死に抑えて、しかし彼は笑っていた。
 予備にすればいいんだ――ディリスの。例え彼女が死んでも、代わりはいる。何故ならこの機械でもうひとり作ればいいのだから。
 ジャッカルは唐突に走り出した。ディリスの眠る部屋へと、そしてあの不気味な壜がある部屋へと。だってあの時、俺は何て言った?
『人と動物の混種です。理性を失うことなく遺伝子操作に成功した戦争前からの個体だと。事実なら個体年齢は八歳――かなりの長生きですよ』
 生命力が強いんだ! キメラにすれば毒なんて目じゃない! あぁ、俺はなんて天才なんだ。実に素晴らしい!
 奇声を上げ狂喜乱舞するその男は、――目を血走らせ嗤っていた。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります

絶望の廃墟に降る死の雪_完結

ぱーっと10年前に書いたの見返して、思ったこと
「厨二病じゃねぇか!!」

閲覧数:155

投稿日:2009/07/18 03:29:34

文字数:4,310文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました