注意書き

 この作品は、doriko様の「ロミオとシンデレラ」を題材に、黒刃愛様が作成したPVにインスピレーションを受けて、私が書いた小説『ロミオとシンデレラ』の、レン視点バージョンです。レン以外に、ミクなどの視点が入ります。
 もともとは頭の中を整理するために書いていたのですが、割とまとまって一つの作品としても読めると判断したため、掲載することにしました。

 基本的に話の中身は『ロミオとシンデレラ』と同じです。
 こちらを先に読んでも問題はないと思いますが、個人的には『ロミオとシンデレラ』を読んでから、こちらを読んだ方がいいかなとは思います。


アナザー:ロミオとシンデレラ 第一話【大丈夫?】


 その日、俺は前から楽しみにしていた舞台を見るために、劇場に行っていた。ミュージカル、『RENT』の来日公演。映画を見てからというもの、実際の舞台を見てみたくてたまらなかった。
 初めて見た『RENT』は、想像以上に素晴らしかった。特に「オーバー・ザ・ムーン」の前の曲では、音が空から降ってくるんじゃないかと思った。ラーソンは空から落ちてくる雪を、音で表したかったんだろう。きっとそうだ。
 上演が終了した後も興奮が冷めないので、あれこれ考えつつロビーを歩く。なんでラーソンはあれ一作で死んでしまったんだ。もっと長生きしてくれていたら、どんな作品が生まれていたんだろう。ああでも、あのタイミングで亡くなったから伝説となった部分も大きいし、伝説になったからこそこうして俺が見るチャンスもあったわけで、でも、やっぱりもっとたくさん作品を……。
 そんなことを考えていると、肩に誰かがぶつかった。……人が多い。ちょっと立ち止まって、俺はそんなことを考える。やっぱりそろそろ外に出るか、そう思った時。
 俺の視線のちょっと先で、大きな鞄を持った男が俺ぐらいの年の女の子を追い越そうとした。はずみで、鞄が女の子の背に勢いよく当たり、女の子はそのまま倒れこんでしまう。俺が声をあげる間もなく、男はさっさと行ってしまい、後には倒れた女の子だけが残されていた。……気づけよ、ぼんくら。
 女の子は倒れたまま起き上がれずにいる。……倒れるところを見てしまった以上、放っておくわけにも行かないか。俺は近寄って、女の子に声をかけた。
「大丈夫?」
 女の子が振り向いてこっちを見た。あれ……この子、知ってる。同じクラスの巡音リンさんだ。こんなところで会うとは思わなかったけど。
「……あれ、巡音さん? どうしたの?」
 俺は膝をついて彼女の隣にしゃがんだ。向こうはびっくりした表情でこっちを見ている。
「ごめんなさい。誰だったかしら?」
 ……えーと。確かにまともに話をしたことはないけど、クラスメイトなんだから、憶えててくれよ。それはちょっとないんじゃないか?
「同じクラスの鏡音レンだよ」
 巡音さんは俺を見て、考え込む表情になった。
「ああ、ごめんなさい。制服じゃないと感じが違うんでわからなかったの」
 そういうもんか? 俺だって巡音さんの私服姿見たの初めてだけど、すぐわかったけどなあ。……そういうことをあれこれ言っても仕方がないか。
「ふーん……で、どうしたの?」
「転んだ拍子に足をくじいたみたい」
「立てそう?」
「……多分」
 巡音さんはそう答えたけれど、表情を見る限りじゃかなり辛そうだ。一人で立つのは無理だろう。俺は彼女に手を差し出した。
「俺につかまりなよ」
 巡音さんは俺の手を取ろうとして、ためらった。なんで遠慮してるんだろう?
「遠慮しなくていいって。足、相当痛いんでしょ?」
 俺がそう言うと、巡音さんはちょっと考えて、それから俺の手を取った。俺は巡音さんの片腕をつかみ、自分の肩に回して、それから彼女を引き上げて立たせた。
 巡音さんはまだ遠慮しているのか、あまり俺の方に体重をかけようとしない。別に巡音さん支えたぐらいで、潰れるほどヤワじゃないんだけどな。
「じゃ、俺に体重かけて」
「え……?」
 どうも意志の疎通が上手くいってない感じがする。このままというわけにもいかないので、俺は巡音さんを支えながら歩いて、ロビーの椅子のところまで行くと、そこに座らせた。さてと、こういう時は冷やすといいんだけど……。
「ちょっと待ってて」
 そう言うと、俺は巡音さんの返事は聞かずに歩き出した。ロビーの先に、ジュースとか売ってる売店があったはずだ。
 売店に行くと、俺は「足を痛めた女の子がいるので、氷をわけてもらえませんか?」と頼んでみた。すると、「あら、それは大変ねえ」という言葉と共に、あっさり氷をビニール袋に詰めて渡してくれた。……言ってみるもんだ。
 氷の入ったビニール袋を持って、俺は巡音さんのところに戻った。
「ほら、これで足冷やしなよ」
 巡音さんはビニール袋を受け取って、足首に当てた。見るからにほっとした表情になる。俺もちょっと安心した。
「ありがとう。どうしたの、これ?」
「そこの売店でもらってきた。足痛めて歩けない子がいるって言って。……巡音さん、これからどうする?」
 さすがに彼女の自宅まで支えていくってのは無理があるし、俺にはこれ以上の治療とかはしてやれない。休日だから病院とかも閉まってるだろうし……。そんなことを考えていると、巡音さんがはっとした表情になった。
「迎えが来る予定になっているの。だから、そこまで行ければいいんだけど」
 そういや、巡音さんの父親って半端なく大きな会社の社長なんだっけ。学校にも、運転手つきの車かなんかで送り迎えしてもらってたはずだ。初めて見た時は驚いたもんだ。そんなものが存在してるなんて思わなかったしな。多分、その車が迎えに来てるんだろう。
「迎え? そう言えば、巡音さんのところって確かすごかったよね」
 巡音さんは困った表情でうつむいてしまった。……ありゃ、しまった。こういうことを指摘してはいけなかったらしい。
「じゃ、そこまで送ってくよ」
「え……いいわよ。鏡音君に悪いわ」
 別に遠慮しなくてもいいんだけどなあ。俺が言い出したんだし。
「けど、その足じゃ歩くのも辛いんじゃない? 俺なら平気だから気にしなくていいよ」
 巡音さんはしばらく悩んでいたが、結局のところ承諾した。
「本当にいいの?」
「くどい。男に二言はない」
 俺はもう一度巡音さんを支えて、立ち上がらせた。と、座席の上に何かが残っている。
「巡音さん、プログラム忘れてる」
 巡音さんがプログラムを拾う。表紙には『ロミオとジュリエット』と書かれている。……シェイクスピアか。
 俺は巡音を支えて、出口へ向かった。劇場の外に出ると、そんなに離れていないところに、巡音さんが言っていた車が止まっている。車に近づくと、運転手らしき人が血相を変えて駆け寄ってきた。
「リンお嬢様っ! どうなさったんですか!」
「……転んで足を捻ったの。歩くのが辛くて困っていたら、助けてくれたのよ」
「そうですか。お嬢様がお世話になりました」
 運転手さんが頭を下げる。……えーと、なんか反応に困るな。
「困った時はお互い様ですから。気にしなくていいですよ」
 我ながら言ってることが変だ。とりあえず、巡音さんを車の後部座席に乗せる。さてと、これでもう大丈夫だよな。
「それじゃあ、また明日学校で」
 そう言って、俺は巡音さんと別れた。


 舞台が終わった後、CDショップやら本屋やらに寄ったので、家に帰った時はちょっと遅くなっていた。
「ただいま」
 帰宅すると、姉貴はちょうど台所で夕飯を作っているところだった。
「あ、レン、お帰り。舞台はどうだった?」
「言葉にできないぐらいすごかった。姉貴、晩飯は何?」
「今日は餃子よ。まだちょっと時間かかるから、もう少し待って」
「じゃ、俺はその間に風呂洗って沸かしとくよ」
 俺の家はいわゆる母子家庭な上に、母親が去年から海外赴任しているので、現在この家で生活しているのは俺と姉貴の二人だけだ。といっても、姉貴は社会人だし、俺も高校生だから、生活にそんなに不都合はない。面倒ではあるけれど。家事も大体折半して二人でやっている。例えば晩飯作りなら、月、水、金が姉貴。火、木、土が俺。日曜は週ごとに交代。食器洗いは作らなかった方の担当。掃除は各自の部屋以外は、一階が姉貴、二階が俺。洗濯は姉貴、風呂洗うのとゴミを出すのは俺。こんな具合だ。もちろん、個々の都合もあるから、いつもこうってわけじゃないけど。
 風呂を洗って沸かした後、部屋に戻って買ってきた雑誌を広げていると、下から姉貴が「ご飯できたわよ~」と声をかけてきた。階段を下りて下の部屋へ行く。
 二人で晩飯を食べていると、姉貴が、不意にこんなことを言ってきた。
「そう言えば、今日スーパーで珍しい人に会ったわよ」
「誰?」
「えっと……ほら……あの子よあの子」
「それじゃわかんないよ」
「名前が出てこないのよ。あんたが前につきあってた子」
「ユイか。……よく憶えてたね」
 別れてもう一年以上になるんだよな。それにしても、姉貴はよくユイのことがわかったな。世の中には服装が変わっただけで、誰だかわからなくなる人もいるのに。
「ああ、そうそう、ユイちゃんだった。向こうが声かけてきたのよ。レン君は元気ですかって」
「へえ……」
 俺は反応に困って、適当な返事をする。一年近く前に別れた相手のことなんか、今更持ち出されてもなあ。
「あんた、冷たいわねえ」
 姉貴はそう言って顔をしかめた。
「……どういう反応をすりゃいいんだよ」
「普通他に何か訊くことあるんじゃない? 元気そうだった? とか」
「……じゃ、元気そうだった?」
「とってつけたように訊かれてもねえ……」
 おい。俺がむっとすると、姉貴は笑い出した。
「冗談よ冗談。元気そうだったわ」
「そりゃ良かったね」
 俺がそう言うと、姉貴はちょっと考え込むような表情になった。
「……復縁とか期待しないんだ」
「向こうが俺を振ったんだぜ」
 ユイは中学の時の同級生で、三年の文化祭の時に告白されてつきあうことになった。確か、ずっと好きだったとか言われて。けど、あいにくと二人が進学したのは別々の高校だった。それでもしばらくはつきあっていたが、結局、ユイは自分の高校で別に好きな人ができたとかで、俺たちは別れることになった。
「『やっぱりあなたが一番だったと気づいたの』とか、言ってほしかったりしないの?」
「何それ」
 そう答えると、姉貴はちょっと呆れた表情になった。
「……そういやあんた、別れた時もあんまりショックそうじゃなかったわよね」
「別れ話切り出される前から、そうなるんじゃないかって気はしてた。少し前から、一緒にいてもあんまり楽しそうじゃなかったし」
 気持ちのなくなったユイを引き止めたいとは思えなかったし。だから別れ話にもすぐ同意したんだっけ。
「……そういうあっさりした態度、向こうは不満だったかもよ」
「そう言われても」
 どうしろっていうのさ。
「ま、確かに。こればっかりはどうしようもないしねえ」
 そう言って、何故か姉貴はため息をついた。……なんだよ。と思ったが、姉貴と喧嘩してもしかたないので、俺はこれ以上あれこれ口を挟むのはやめた。


 次の日、俺が登校すると、巡音さんはもう来ていて、自分の席で本を読んでいた。左足には包帯が巻かれている。昨日あんなことがあったせいか、ちょっと気になるな。俺は彼女に声をかけてみることにした。
「おはよう、巡音さん」
 巡音さんは顔を上げてこっちを見た。……少し驚いているみたいだ。昨日のことがあるまで、普段ろくに話もしたことがなかったんだから、しょうがないかもしれない。
「あ、おはよう、鏡音君」
「足の具合はどう?」
 巡音さんは、視線を自分の左足に落とした。
「捻挫で全治一ヶ月って言われたわ」
「じゃ、当分大変だね」
「骨を折ったわけじゃないわ。大丈夫よ」
 巡音さんは淡々とそう言ったけど、それでも結構辛いんじゃないだろうか。それに色々不便だろうし。
「まあ、そりゃそうだけど……」
「昨日はありがとう」
「気にしなくていいよ。ところで、何読んでるの?」
 巡音さんは、本の背表紙をこちらに向けた。『椿姫』と書いてある。あ、これ、中学の時に読んだ。……父親の方と間違えて借りるというバカをやらかしたせいで。最後まで読んだけど、正直言うと大して面白くなかった。何故かつまらなければ止めるという選択肢が、当時の俺にはなかったんだよな。
「『椿姫』か」
「ええ」
 女の子はやっぱりこういうのが好きなのかな。昨日見てたのも『ロミオとジュリエット』だったし。うちの姉貴みたいに、B級映画を笑いながら見るのは珍しい部類に入るんだろう。そんなことを考えていると、後ろから明るい声がかかった。
「リンちゃん、おはようっ!」
「あ、ミクちゃん」
 同じクラスの初音ミクさんだ。確か彼女も大きい会社の社長令嬢だとかで、同じように車で送り迎えしてもらってる。初音さんの従弟のクオは俺の一年の時からの友達で、色々と話は聞いているが、本人と喋ったことはあんまりない。……そういや、初音さんと巡音さんって仲良いんだっけ。ここにいたら邪魔かな。
「じゃ、俺はこれで」
 巡音さんにそう言って、俺は自分の席へと戻った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第一話【大丈夫?】

色々考えたのですが、結局こちら(レン視点バージョン)も平行して掲載していくことにしました。
こういう並びになると読みづらいと思いますが、ご了承願います。
「小説家になろう」の方にも同じ作品を掲載していますので、目次のページがある方が読みやすい、という方は、そちらで読むといいかもしれません。

作中で言及されているレンの元カノはオリジナルキャラです。もしかしたら同じ名前の亜種とかがいるかもしれませんが、全く関係ありません(すいません、亜種には詳しくなくて……)ので、ご了承お願いします。

閲覧数:1,992

投稿日:2012/01/07 17:21:19

文字数:5,486文字

カテゴリ:小説

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