※この作品は、五条城(モテたいp)様の楽曲『続かないストーリー』(http://piapro.jp/t/ENeB)をもとにした二次創作です

原曲:続かないストーリー
作詞:五条城(モテたいp)
作曲:五条城(モテたいp)
編曲:五条城(モテたいp)
唄:鏡音リン・鏡音レン


『翻案・続かないストーリー』日枝学


 駅前の時計台前で僕は彼女を待つ。目の前は大量の人びとが行き交っている。
 あの中の一人ひとりに様々な人生があって、一人ひとりが様々な思いを持ちながらここを通り過ぎていくのだろう。仕事が終わった開放感に浸っている人もいるだろう。帰りを待つ家族の姿を見たくて喜び勇んで家へと帰る人もいるだろう。今から同僚と会社の愚痴を零し合って居酒屋へ飲みに行く人もいるだろう。
 しかし、人間とは不思議なものだ、その時の自分の心情が、人を見る目にも影響を与える。
 現在あることが原因で、僕の胸の奥には黒いタールのようなどろどろとしたものが横たわっている。それが影響して、視界に入る道行く人びと全てが、疲れきった空虚な心でここを歩いているように見える。
 疲れきったように見える人びとの中に、淀んだ空気を身にまとって歩く、一際疲れきっているように見える彼女を見つける。彼女を中心とした半径一メートル以内は、その雰囲気に恐れをなし、誰も近づくことはないだろう。
 その彼女は僕のほうへ真っ直ぐと向かって歩いて来る。
 目が合ってやあと手を上げた僕を、彼女は歩きながらじっと見る。特に手を上げ返すということもなさそうだ。
 彼女は僕の所まで来て言う。
「仕事お疲れ」
「そちらこそ、お仕事お疲れさまでした。どうする? 今から映画、観に行く?」
「まあ、そうだね。そうしよっか」
「うん」
 これ以上はないほどの空虚な会話。会話を加速させるためのエネルギーはもはや僕も彼女も持ちあわせておらず、惰性だけで会話が進む。長年付き合ってきたせいか、会話の進行を妨げる摩擦係数は限りなく0に近い。お互いの心がどんなに冷めようとも、離れようとも、自動的にコミュニケーションが成り立つ。会話をするのに頭を使って心をときめかせていた最初の頃とは大きな違いだ。
 摩擦係数が0に近づいていくのと共に、互いの互いに対する興味関心も0に近づいていった。心が消えて、後に残るは惰性で進む僕とこの彼女の関係のみ。将来を見いだせないその関係を、僕はぐだぐだと続けている。
 とはいえ、その関係ももはや限界だ。これだけ今まで一緒に居続けても、摩擦係数は完全な0ではないのだ。遠目から見れば真平らな机の上が、近くで見ると案外でこぼこしているのと同じだ。その値は小さいものの、僕と彼女との間には、確かに、摩擦係数が存在する。
 小さな摩擦係数でも、抱える問題の重さと、流れる時間の長さによって、大きな力をも妨げ止めることのできる力が生じる。
 惰性で続く彼女との関係は、もうすぐ終わる。
 そんなことを考えながら、僕と彼女は映画館へと向かった。その間に僕と彼女は会話をしたが、どんな内容を話したのか、それはすぐさま思い出せなくなった。記憶に留める価値がないと、僕の無意識が判断したのだろう。

 そこにある、カビの匂いのする小さく古い映画館は、小さいながらも、この周辺に住むカップルたちの人気デートコースの一つになっている。
 その映画館に僕と彼女は入り、現在放映中の映画リストが載っている電光掲示板を見る。
 どうやら僕が興味のある映画はやっていないようだ。
 僕が彼女に何か希望はないかと尋ねると、心の底から興味がないのか、彼女は僕に、好きに選んでと言う。
 興味のある映画がないから尋ねているのだと心の中で文句を言いながら、じゃあこれにようと言って、適当に選んだ映画のチケットを受付で僕は2枚買った。
 映画が始まるまで、まだしばらく時間がある。その間に飲み物でも買ってくるかと思い、僕は売店へと向かおうとする。念のため彼女に、何かいるものはあるかと尋ねたが、案の定、彼女から返ってきたのは無関心を装備した言葉だった。
 痛くはない。痒くもない。けれど、無関心を帯びた言葉は少しずつ、それでも確実に、僕の心に突き刺さっていった。彼女が今発した無関心も、僕の心に突き刺さっている。何本も無関心の剣がささった僕の心は黒いどろどろとした血を流して、僕の胸を黒く染めていく。
 僕が売店でホットコーヒーを買って受け取り、彼女のもとに戻るとちょうど、シアタールームへの入場が始まった。大勢のカップルが心をときめかせ、もしくは冷め切っていることから目を背けて、シアタールームへと移動していく。そんな中に、こんなに冷め切った僕と彼女がいることは、とても滑稽なことのように思える。


 映画の内容は、取り返しのつかない間違いをおかしてしまった男女2名が、その事実を隠蔽しようとさらに取り返しのつかない間違いをおかし、その行為が新たな間違いを生み、それを正そうとした二人がさらに過ちをおかす、ということを繰り返す二人の物語だった。
 物語のラストは、主人公とヒロインが互いに別れることで全ての過ちを解決した。
 何となくで選んだ映画だったが、見てみると予想以上に自分と彼女の状況に似ている。この物語と僕ら二人が同じ流れのストーリー展開を辿っているのだとしたら、やはり僕らは近いうちに別れるしかない。映画のスタッフロールを見ながら、僕はそんなことを考えた。
 そしてその機会は、本当にすぐに、やってきた。

 映画館を出て、ビル街を抜けて、僕と彼女は駅前についた。ここから上り線に乗ってしばらく行った所にあるのが僕の家、下り線に乗って少し行った所にあるのが彼女の家だ。普段ならこの後、二人のどちらかの家へ行く。
 しかし今日はそのどちらを選ぶことも無く、彼女は「ねえ」と僕を呼んだ。やけに言葉がゆっくりだ。黒いタールを思わせる空気が、彼女の口から吐き出される。
 僕は彼女に問いかける。
「どうしたの?」
「別れよう」
 ああついに来たか、と僕は思った。もはや惰性すら働かない。これ以上僕と君の関係は進まない。将来の見えない関係を続ける不安の日々も、これでおしまいだ。
 想定していたことだし、関係を続けることは僕も望んでいなかったので、別れを告げられても僕は何ら心境に変化が現れなかった。むしろ、こんなことになっても心が動かない状況になってしまったこと自体に、僕は悲しみを覚えた。
「異論は全くないけれど、今後のために理由を聞かせてくれないか。何で君は僕と別れようと思ったのかい?」
 僕がそう尋ねると、彼女は温度の感じさせない声でただ一言、こう言った。
「あなたと幸せになる将来が想像出来無いの」
 彼女のその言葉に、僕はとても納得した。そりゃそうだよな、良い年して、こんな将来性のない付き合い、やってる場合ではないんだ。痛みや苦しみ、葛藤や悩みに鈍感だと言われる僕ですらそう思うのだ。別れて当然、僕はそう思った。
 僕は一言謝って彼女に告げる。
「ごめんね、僕も君を幸せに出来る気がしない」
 彼女は酷く緩慢な動きで首を縦に振った。
 互いに、伝え合うべきことはもう他にない。長い付き合いだったのだ。その上、二人の関係が坂道を下るように悪くなっていってからも、長く付き合っていたのだ。もはやどんな言葉も意味を成さない。
 二人が別れることは、お互いの関係において最後のやるべき意味のある事だった。
 そのやるべき意味のある事を終え、交わすべき言葉も、触れ合うべき心もなくなった二人は、しばらくの間その事実を確認するかのように、ただ黙って立ち尽くす。
 十秒が経過して、二十秒が過ぎ、三十秒になった所で、先に彼女が動き出した。駅の自動券売機の所に歩いて行って、切符を買う。そうしてから僕に「それじゃ」とだけ行って、自動改札機の向こう側に、彼女は去っていった。

 物語はこれ以上進まない。最後のピリオドが打たれたのを現実から一拍置いて理解して、僕は家路につく。





※あとがき
 人間関係こんな風になるともうおしまいですよね。こういう状況で関係を続けていくのはさぞかし辛かろうということを想像しながら書きました。
 実際、こうなったら本当に手遅れなのだろうか。手遅れだと思っているのは実は本人にとって都合の良いだけの思い込みで、やりようによっては手遅れだなんて言葉が恥ずかしく聞こえるようなその先の未来が待っていたりはしないのだろうか。
 などということを考えるから、明らかに別れた方が良い場合でもずるずる関係を続けるようなことがあるのかもしれない。けれど、もし本当に、本当にその先の未来があるのだとしたら、そういう希望に満ち溢れた作品も書いてみたいものです。
 ちなみに今回は内面の心情描写に力を入れてみた。けど力みすぎて読みづらくなったり、分かりにくい例えになってたり、摩擦係数とか完全に物理だったり、している箇所が結構あったように思える。もっと上手くなりたい!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【二次創作】翻案・続かないストーリー【短編小説】

※この作品は、五条城(モテたいp)様の楽曲『続かないストーリー』(http://piapro.jp/t/ENeB)をもとにした二次創作です。

今日は投稿時間が若干まともです。
しかしながら、実際の所、寝ていないだけです。

睡眠時間! 睡眠時間を欲します!(※自業自得

閲覧数:273

投稿日:2011/07/03 06:58:58

文字数:3,715文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • 鐘雨モナ子

    鐘雨モナ子

    ご意見・ご感想

    拝見させて頂きました。
    かなりぐっと来ますね…

    私の所で私の作品を絶賛して頂く感想を頂いておりましたが、私はこの作品こそ良作とお見受けします。
    心理描写の上手さが際立って、主人公に気持ち重ねて読んでいました。

    後書きにも書かれておりますが、人間関係の負の部分をモロに出している作品ですね。
    こればかりは二人が諦めず模索して行くか、希望を見いださない限りこうしないと解決しなかったのではないかと個人的には思います。
    人間関係と言うのは一人ではありません。自分が居て、相手が居て初めて成り立つ関係です。どちらか片方が諦めてしまったら、きっとそこで終わってしまうのだと思います。
    仮にもう一方が頑張って相手に希望を与えられたなら話は別ですが、二人して諦めていると言うのが絶望的に見えますね。

    あえて救いを求めず、潔くダークに堕ちる感じが良いなと思いました。
    個人的な感想が多すぎてすみません;
    でも、この作品に出会えて良かったと思います^^

    2011/07/03 22:21:01

    • 日枝学

      日枝学

      >オセロットさん
      おはようございます! コメントありがとうございます。
      辛いですよね。こうなったら一緒にいるだけで酷く疲労が溜まりそうな……。頭の中のイメージだと、今、酸素の足りず胸が苦しくなる状況を思い浮かべました。
      感情移入しやすかったですか、ありがとうございます!
      読み手の感情を引き込むにはどうしようかなと試行錯誤している所だったので、そう言っていただけると凄く嬉しいです。
      ありがとうございます。これからも書いていきますよーっ!

      >鐘雨モナ子さん
      おおおおここまで褒めてくださるとは……! いやあすごく嬉しいです、ありがとうございます!
      ああ確かに、これは絶望的という言葉がしっくりときますね。どちらか片方だけでも諦めてしまったら人間関係が終わり得るのに、それを二人揃って諦めてしまえば、これ以上人間関係が良い方向に進むわけがないわけですね。
      実はこの作品、心理描写の多い作品を書きたいなと思い、一番やりやすい心理描写はどういうものだろうと模索していた結果、こうなりました。人間って、憂鬱な状況になると普段より頭の中で考えることが増えると思うのです。その分、こういう状況になっている登場人物の心理描写はやりやすかったです。
      だがしかし! どうせなら幸せな、とてつもなく幸せな状況の心理描写を!(※おい
      ということで、今後出来る限り幸せな状況の心理描写も出来るよう頑張りたいと思います。
      といううわけで、コメントありがとうございます! モチベーションアップに繋がるので、すごくありがたいです。

      2011/07/04 11:11:29

  • オレアリア

    オレアリア

    ご意見・ご感想

    日枝学さん今晩は!
    この前は初メッセを下さってありがとうございました!

    何と…五条城さんの一曲をここまで深く読み取っていらっしゃるとは!
    確かにこんな男女の関係は辛いですよね…

    しかし読ませて頂いて思ったのは、何より心情描写が素晴らしい!
    事細かく書かれていて、自身も感情移入がしやすかったです。

    次回もどうか掌編小説、宜しくお願いします!楽しみにしてますね!

    2011/07/03 19:12:45

    • 日枝学

      日枝学

      >オセロットさん
      おはようございます! コメントありがとうございます。
      辛いですよね。こうなったら一緒にいるだけで酷く疲労が溜まりそうな……。頭の中のイメージだと、今、酸素の足りず胸が苦しくなる状況を思い浮かべました。
      感情移入しやすかったですか、ありがとうございます!
      読み手の感情を引き込むにはどうしようかなと試行錯誤している所だったので、そう言っていただけると凄く嬉しいです。
      ありがとうございます。これからも書いていきますよーっ!

      >鐘雨モナ子さん
      おおおおここまで褒めてくださるとは……! いやあすごく嬉しいです、ありがとうございます!
      ああ確かに、これは絶望的という言葉がしっくりときますね。どちらか片方だけでも諦めてしまったら人間関係が終わり得るのに、それを二人揃って諦めてしまえば、これ以上人間関係が良い方向に進むわけがないわけですね。
      実はこの作品、心理描写の多い作品を書きたいなと思い、一番やりやすい心理描写はどういうものだろうと模索していた結果、こうなりました。人間って、憂鬱な状況になると普段より頭の中で考えることが増えると思うのです。その分、こういう状況になっている登場人物の心理描写はやりやすかったです。
      だがしかし! どうせなら幸せな、とてつもなく幸せな状況の心理描写を!(※おい
      ということで、今後出来る限り幸せな状況の心理描写も出来るよう頑張りたいと思います。
      といううわけで、コメントありがとうございます! モチベーションアップに繋がるので、すごくありがたいです。

      2011/07/04 11:11:29

  • enarin

    enarin

    ご意見・ご感想

    今晩は! 早速拝読させて頂きました。

    別れる寸前の男女のお話ですね。主人公中心の心情描写が凄かったです! 摩擦係数の部分は、当方、理系故に、よくわかりました。かみ合う事もあるのだが、限りなく0に近い。

    でも考えようによっては、この別れ方は、問題を引き起こさない、安全な別れだとも言えます。不満をぶちまけ、水をかける、言い争いをする、殴り合いの喧嘩をする、どちらもストーカーまがいの行動に出る、最悪、殺人事件も・・・ なんて世の中ですから、良い別れ方のうちに入るとも考えられます。

    これからも楽しみにしてますね。ではでは~♪

    2011/07/03 16:54:30

    • 日枝学

      日枝学

      >MAMIさん
      心理描写分かりやすいとは、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
      なんかこういうどうしようもない別れって、自分の頭の中だと、どんよりと黒く濁った沼みたいなものを想像します。これ以上は関係が進みようのない、取り返しの付かないラインを越えてしまったような状況を想像しながら書きました。
      修飾語が多く、固くなった分、読みづらいかな? と考えていましたが、スラスラ読めたと言って貰えて嬉しいです。
      コメントありがとうございます!

      >enarinさん
      おはようございます! いやあいつもコメントありがとうございます。
      ああ確かにそうですね、別れた後に互いにトラウマを植えつけるような別れを考えると、互いの両方が飽きてしまっているというのは、ある意味起きる問題が何もなく良い別れ方ですね。お互いの精神にも身体にもダメージの少ない別れ方! 多少そこに至るまでの時間と精神的疲労が惜しいところですが、それを除けば極めて安全な(※おい)別れ方ですよね。
      互いに飽きるまで関係をずるずると続けるか、片方が酷く取り乱すかもしれなくともどちらか片方に先が見えてしまった時点で関係を断ち切るか、うーん……悩むだろうなあ……。

      2011/07/04 11:11:03

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