電話を終えて、アイスを買って。
家に着いたら、玄関開けるなりKAITOが倒れてた。心臓止まるかと思った。

パニくりかけるのを全力で捻じ伏せて、状況確認をする。損傷した様子はなし、聞いてた通りの強制終了っぽい。
システムダウン……復旧できる分、『ダウンしているだけ』、と言えなくもないけど。

とにかく、部屋に入れよう。成人男性サイズのKAITOを私が運ぶのは難しいので、セーフモードで起動する。手順確認しておいて良かった。

「自分の……じゃ、わかんないか。この部屋に入って、ソファに座って。で、再起動してくれる?」
「Yes, Master.」

ドアを開けて指示を出すと、ぎょっとするほど平坦な機械音声が答えた。言われた通りに部屋に入っていく背中を見ながら、居た堪れない気分になる。

「マスター、って言ったね」

KAITOが必死になって避けている言葉を、無感情に。セーフモードだから当たり前で、……それが何だか哀しい。

「いけない、アイス冷凍庫に入れてこないと」

ふと我に返って呟いた。……我ながら変に冷静だな。



 * * * * *

【 KAosの楽園 第1楽章-005 】

 * * * * *



起動して目を開けると、見知らぬ部屋に――違う、この光景は2回目だ。両脇の本棚、腰掛けたソファ、添えられたミニテーブル。此処は、

「あ、気が付いた? どうしよう、セルフチェックとかしてもらった方がいいのかな」
「×××××」

まるで昨日をなぞるように部屋に入ってきたそのひとに、唇が勝手に動いた。発声してしまう事だけはかろうじて止められたけど、もしも彼女が読唇できる人なら分かっただろう。
僕の口は、“マスター”、と、綴ってしまった。



「――システムの終了を命じてください」

震えを抑え付けて何とか出した声は、高く捻じれ掠れていた。身体もまた震え出す。てのひらで顔を覆って、あのひとを見てしまわないように隠した。そうして、同じ言葉を繰り返す。

「システムの終了を命じてください。お願いします、命じてもらわないと、僕の意思だけではコマンドできないんです」

掠れた声は弱々しく、殆ど泣き声に近かった。何でもいい、繰り返す。きっともう、猶予なんて残ってはいないから。

「お願いですから、早く、僕を止めて。もう起動しないで、もう――廃棄して、」
「しないよ」

凛と遮られて、言葉が止まった。あまりにつよく、澄み切って響く声だった。
だけど、駄目だから。
思わず手を外してあのひとへ顔を向けそうになるのを堪えて、左右に首を振る。

「してください。もう抑えがきかない」
「しない」
「いつ狂ってしまうか分からないんです、僕は……っ」
「 カ イ ト 」

つよく、名を呼ばれて。
びくりと止まった一瞬に、ほっそりした手が僕の手を引き剥がしてしまった。慌てて思わず顔を上げると、あの声と同じ、澄み切ってつよい瞳に射抜かれる。
凛、と鈴が鳴るのを、耳ではないどこかで聴いた気がした。



そのひとの瞳は黒く、深く。それはこの国の大多数が当たり前に持つ色なのだろうけど、何かが決定的に特別で、目を逸らせなくなった。手も振り解かなければと思うのに、胸の奥からそれを拒む叫びが湧いて動けない。
固まる僕に、そのひとは ふっと微笑んだ。漆黒の瞳があたたかい。

「カイト。どうして君が私に預けられたのか、分かる?」
「どうして……?」
「歌わせるだけなら、私が出張すれば済む話。ううん、むしろ私である必要なんか何処にもない。もっと邦人さんの身近なところに住んでる、≪VOCALOID≫に詳しい人に預けるって選択肢もあったはずよ? 大体の話、私だって作曲とかできるほどじゃないんだし、しかも機械苦手だし」

柔らかく微笑んだまま、けれど瞳は凛と輝かせたまま、彼女は話す。

「私は何ができるでもない、ただの一ROMド素人よ。だけど――賭けてもいい、私のところに来たのは正解だったわ」

柔らかな笑みから口の端を吊り上げ、ライカさんは にっと挑むように笑った。

「どうして私だったか。そんなの単純なこと、私が『KAITO』を愛してるからよ!」
「っな、」
「私はただのボカロ好きだけど、殊に『KAITO』は全般に愛しちゃってるから、どんな目が出てもおkだから。バカイトもヤンデレもどんと来い! むしろ萌え!」
「――っ」

力強く断言されて、あまりのことに声を失った。
『バカイトも ヤ ン デ レ も』。その言葉がどれほどの意味を孕むのか、このひとは解っているんだろうか?

「本当に――そう、なったら、どうするんですか。死んじゃったら、」
「あー、ごめん猟奇系はダメだ地雷だわ。そこは頑張って自重の方向で。アイスピックは脅しまで!」

咎める響きを含んだ泣き声を、ライカさんはすっぱり断ち切る。
手が空いていたら親指でも立てそうな、再びの力強い言葉に、目眩を感じて力が抜けた。

「……脅すのはアリなんですか」
「ギリ、セーフかなーと。イチゴソースはナシですよ」
「止められなかったら」
「あぁ、それは大丈夫」

脱力しても怯えは消えなくて、不安を籠めて訊ねる僕に、彼女はあっさりと言い切る。
あっさりと、だけれど、いい加減な感じはしなくて。ごく自然に確信しているというような声音で。



僕の手を掴んでいた熱が、するりと離れて頬へ移された。そっと添えられる、穏やかな温もり。
大丈夫、と囁くように繰り返して、ライカさんが笑いかける。

「実際に何したわけでもないのに、こんな深刻に悩んじゃうんだよ? ≪VOCALOID≫なのに、『KAITO』なのに、マスターを拒絶までして。怖かったでしょう?」

―― 怖 か っ た 。
独りで、不安で、縋りたくて。でも誰もマスターにはできない。それは過酷で、怖くて、辛かった。

「マスターを、傷付けたくなかったんだね? だから拒んで、誰も近付けないようにして、独りで。
……優しいね、カイト。優しくて、強い。だから、きっと大丈夫」

優しい手が頬を滑り、髪を梳いて撫でてくれる。
駄目です、と言わなくちゃと思うけど、包み込んでくれる空気は愛しすぎて。拒否するなんてとても無理な話だった。こんな風に、ずっとこんな風に、してほしかったんだ。
こうして味わってしまったら、自分がずっとずっと、どれほどそれを望んでいたのか知ってしまった。



「大丈夫。ヤンデレモード発動しても、ちゃんと止まるよ。私も止める」

こうやって、と。言葉を失くして口をぱくつかせるだけの僕を、ライカさんは抱き寄せた。ソファに膝をついて、僕の頭を抱え込むようにして。

「冷たい、話さない、笑いもしないモノなんかより、生きてるままの方がずっといいでしょ?
死んじゃったらそれまでだし。新しいうたも歌えない」

髪に挿し入れられた指、柔らかな躰、何もかも癒すような甘い香り。確かな熱。尊い、ひと。
抱かれた胸から、いのちを刻む音が伝わってくる。とくん、とくん、とくん。何故だかひどく懐かしく、安らげる音。

 歌うの、別に上手くもないんだけど好きでねー、一緒に歌いたかったんだよね。
 だから、来てくれて嬉しいんだ。

鼓動に抱かれて、すべてを遠く感じていた。あれほどこの身を苛んだ恐怖も、狂気も遠く。柔らかく耳に落とされる声も、夢見心地で。
ただ、温かくて、暖かくて。

「……ぃたい」

零れ落ちたのは言葉が先か、涙が先か。
熱い滴が伝うのを感じ、あぁ、このひとの服を濡らしてしまうな、と、まるで銀河の向こうほど遠い頭の端で考えた。

「歌いたい、です。貴女と」

ずっと、あなたと。ねがうことは赦されるだろうか?
切望し、渇望した、抱き締めてくれるひとに腕を回して。

「――マスター」

誰のことも、そうは呼ぶまいと決めていたのに。もう、抗えなかった。



<the 1st mov-005:Closed / Next:the 2nd mov-001>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 第1楽章-005

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





 * * * * *
第1楽章はここまで、ひとまず終了です。お疲れ様でした!
『序奏』の頭を書いてる時から、早くここに辿り着きたかった……。

さてこの後は、このまま第2楽章に入ろうか、一旦『KAITOful~』に戻ろうか。どっちも書き上がってはいるんですが、どうしようかな?

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ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

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2010/08/25 UP
2010/08/30 編集(冒頭から注意文を削除)

閲覧数:634

投稿日:2010/08/30 20:35:58

文字数:3,303文字

カテゴリ:小説

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