徐々に暑さが遠のく九月下旬。





お客の少ないこの頃、ネルは特に依頼もないのに俺の部屋に入りびたりである。


「……暇ー……」

「本店の方は大丈夫なのか?」

「お客さん少ないのよこの時期って……ほら、ちょうど学生は新学期だったり、受験生は追い込みはじめだったり、社会人だっていろいろ忙しくなるじゃない? だから人がホント少なくてねぇ……あ、どっぐちゃんそこもんで~」

「あんた……少しは自重しなさいよ……入り浸って腰揉ませるとかおっさんかっての」

「いいじゃないどっぐちゃんマッサージ上手なんだから……あ、気持ちぃぃぃぃ」

「ああああもうホント凝り固まり過ぎよあんたは……少しは運動しなさいよ……っと!」

「あん、そこはらめぇぇぇ」

「変な声出さないのっ!! 脇腹ほぐしてるだけでしょうがっ!!」


どっぐちゃんの指圧マッサージは何を隠そう俺譲り。非常に凝りが取れるとうちのボカロ達には大人気である。文句言いながらもしっかりほぐすあたり、やっぱり面倒見がいい。


「……それにしても、これが普段のあれと同じとは到底思えんだろうなぁ、特に他の皆は……」


そう―――――とりわけ、ルナティックセールが終わったころの受注消化はすさまじかった。





★    ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★





7月7日。七夕の日。



「……それじゃ、始めていいかな、ゆるりーさん?」

「おkですよー」

『おーけー!』


目が爛々と輝いているネルの問いに答えるゆるりーさんと、肩に乗っているちびゆかりん。意思疎通がばっちりである。



Q.Where is this now?
A.We are in Yururi’s room.


ということで現在我々はゆるりーさんの部屋にいる。因みにゆるりーさん&ちびゆかりん、ネル、俺&どっぐちゃんの他には、雪りんごさんに茶猫さん、あゆみんさん。まぁ早い話が『ゆるりんてぃあゆみん』勢揃いである。

ネルは今から何をしようとしてるのか? ―――――簡単にいえば、溜まっていた依頼の消化だ。


あゆみんさんのちびリンちゃんにSS。茶猫さんのSSと冷温庫。雪りんごさんのちびカイト。それと―――――ゆるりーさんの『部屋追加』。


懐ほっくほくになったネルは、『空間飛ぶのめんどくなった』などと言い出し、あろうことか改造道具一式を持ってきて、先にゆるりーさんの新部屋を作って、そこで改造を行おうとしているのだ。


「部屋の中、あまり傷つけないでほしいんだけど……」

「ああ、それに関しては心配しないで! 改造終わったらちゃんときれいに整えておくから!」


((((((つまり荒れ狂うこと前提なんだ……)))))


全員が呆れる中で、ネルはおもむろに工具バッグの中から金槌と鑿を取り出した。

よく見るとその金槌と鑿には、何やら小型の機械が取り付けられている。


「じゃ、今から壁に異空間ぶちまけるから、少し離れててねー」

「その前にちょっといいか、なんで俺の部屋の方向なんだ」

「何かあった時に被害を最小限に食い止めるために決まってんでしょうが(キリリっ)」

「おい」


キリッとした顔で何抜かしてやがる。


軽く金槌で素振りをした後―――――鑿を壁に当て、金槌を持った左手を大きく引いた。


そして―――――



『せぇぇぇぇやああああああっ!!!!!』





《――――――――――ゴォンッッ!!!!!》





思い切り鑿に金槌を叩き付けた!!


と同時に―――――壁に亀裂が走っていく。ぱりぱりと音を立てながら、亀裂が扉の形に広がっていくと―――――壁が崩れて、奥に渦巻く謎の空間が現れた。


『うわ……!?』


一同が目を見張る中、ネルはその闇の中に顔を突っ込んで『ふむふむ』などと頷いている。


「うん、綺麗な空間ができた。それじゃ、しばらくお茶して待ってて。まず先にSSと冷温庫作っちゃうから」

「お茶して待っててって……お前」


声をかける前に、ネルはその空間の中へと飛び込んでいった。それと同時に空間の一部が飛び出してきて、扉へと形を変えバタン!! と勢いよく閉まる。

超常の出来事に茫然としていたゆるりんてぃあゆみんの4人だが、はっと我に返ったゆるりーさんが動き出した。


「あ、私お菓子とかもってきますね……」

「あーいや、ゆるりーさんちょっと待って、あと15秒ぐらい待ってみようか」

「え? ……あっ(察し)」


言われるがままにとまったゆるりーさん。何となく察しがついた表情で座り込む。

そのまま15秒―――――



「おっしゃ出来たあああああああああああああああ!!!!」

「お帰り」



慣れてしまった自分が怖い―――――音速の改造師は三つの紙袋を抱えて出てきた。


「まずは茶猫さんねー。はい、これ冷温庫ね。温度は上も下も極端な調整ができちゃうから、取り扱いは注意するように」

「了解!」

「あとシルルスコープね」


とん、と手渡されたのは……灰色の猫を模したキーホルダー。

この形状はロシアンブルー……って。


「おいネル、もしかして……」

「お察しの通り、材料はロシアンの碧命焔よ。特殊なビンに入れて持ってきたの。それを使って作成した『シルルスコープ・ロシアン』……超常生物の力を借りてるから、幽霊解像度はこれまでの中で最高クラスよ」

「ふわぁ……ロシアンちゃんの力なんだ……!! ありがとネルちゃん! ……………幽霊解像度……?」


感謝しながらも幽霊解像度などと言う未知の言葉に遭遇し頭を捻っている茶猫さん。因みに幽霊解像度とは清花ちゃんがどれだけ鮮明に見えるかという値で、まぁ早い話がネルの造語だ。


「でー、あゆみんさんのSSね! 『シルルスコープ・リボン』!」

「まんまだね!?」


渡されたのはリボンカチューシャ。素材を有効活用した単純な構造のようだ。最も元になったリン型リボンカチューシャみたいにデカいリボンがついているわけではなく、ちっこい白いリボン端っこにふわふわしているだけの様だが。


「じゃあこのままちびボカロ作成に入るから、50分ぐらい暇つぶししててねー!!」


『50分っっ!!?』





問題。こう叫んだ我々6人の心境を答えよ。但し俺とどっぐちゃん、ゆるりーさんはちびゆかりんの製作時間=2時間を知っているとする。





「……ネルちゃん、どんどん速くなってますね」

「まぁそりゃあ、ねぇ……なんだかんだで5,6体目だから……」


お茶を飲みつつ(ゆるりんてぃあゆみんはゆるりーさんの淹れた煎茶、俺は自分で淹れた抹茶)待つこと45分。

因みにこの45分の間に一度ちびゆかりんが失踪し、6人で必死に探すも空しく見つからず、途方に暮れていたら突然どっぐちゃんが叫び出し頭を掻きまわしてみたら髪の毛の中からちびゆかりん出現と言う珍事があったりなかったり。


「どんな子になるか楽しみですねー♪」

「案外腕力ストッパー外されてきたりして……」

「えっそれは怖い」

「でもムキムキなちび兄さんも……イケる!」

「りんご落ち着きなさい」

「ムキムキなちびリンちゃんはちょっと……」

「怪力も悪くないわよ?」

「どっぐちゃん基準で語ってどうすんだよ」

「黙れ非力握力30㎏」

「おいこら」

「えっターンドッグさん弱……」

「ちょっとゆるりーさん何かなそのジト目は」

「……ターンドッグさんが受けっていうのも悪くないかも……」

「どっぐちゃんそこの青い女の子を拘束せよ」

「拷問してもいいのかしらっ?」

「あっ待って拷問は嫌だごめんなさい」

「わかればよろしい」

「カオスだ……」


頭を抱えているゆるりーさん。その上をトコトコとちびゆかりんが走り回っている。

走り回るたびに髪留めのシルルスコープのスイッチが押されてオンオフを繰り返しているため、もしこの場に清花ちゃんがいたら映ったり消えたりを繰り返しているシュールな光景が見えることだろう。





5分後。



「おらっしゃあああああああ!!」



凄まじい勢いで扉が開かれ、その激しい扉の動きとは裏腹に慎重にバスケットを持ったネルが現れた。

よく見るともうほとんど息を乱していない。今度からこいつの渾名はドラ○もんでいいな。


「はい雪りんごさん、ちびカイトね。あゆみんさんにはちびリン。特に指定はなかったから、怪力リミッターは着脱式にしておいたよ。パワー解放したかったらカイトはマフラーを、リンはカチューシャを外してあげればちびリリィ×2ぐらいのパワーにはなるわ」

「えっそれ強くない!?」

「着替えさせるのとかすごい危ないよね!?」

「その代わり知能プログラムに犬の本能を再現したシステムを組み込んでおいたから、しっかりと自分がご主人様だよって教えてあげて、懐かせれば決して痛いことはしないはず! 困ったら私に声かけてよ、治すから!」

『う、うん……』


不安そうな表情でバスケットを開けた二人だが―――――中にちょこんと座っているちび達と目を合わせた瞬間そんな心配は吹っ飛んだようだった。

2人の表情はあっという間に『かわいいは正義』を表すかのようにほころんでいく。



その後ろで―――――さらにその技術をあげた天才美少女改造師は、満足そうにうなずいていた。





★     ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★     ☆



「はぁ……あの時の改造は楽しかったなぁ……」

「だろうな」


あの後、ネルは更に作った空間を整備し綺麗な部屋を作成。その凄まじい腕前もさることながら、使いやすそうな間取りの部屋にゆるりーさんは大層感動したようで、さっそくいろいろ使っているようだ。

完成直後に俺も中を見させてもらったが、部屋の壁の質感も元からの部屋とそう変わりなく違和感のない仕上がりだった。また、出来上がった異空間が俺の部屋を侵食することもなく完璧な仕事だった。


あれ以来、依頼が来ることもなくだらけきっているネル。本店の仕事に影響が出ていないかもちょっと心配だ。


「……あーもう、誰か依頼こないかなー。ねーTurndog、イズミ草さん連れてきてよ」

「連れてきてどうすんだ?」

「ちびレン君を依頼させる。それで釣れない場合は仕方ない、ちびカイムラルで釣る」

「悪徳改造師……(ボソッ)」

「どっぐちゃんなんか言った?」

「なぁんにも」





食欲の秋。運動の秋。読書の秋。





でも改造の秋は、残念ながらまだ先の様だ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

dogとどっぐとヴォカロ町!~改造専門店ネルネル・ネルネ出張版⑩~

大変遅れまして申し訳ありませんでしたああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
お詫びに今からどっぐちゃんに蹴り殺されてきますこんにちはTurndogです。

とりあえずこれで溜まってた分は全員分消化できたかな?
ちびが増えて来たのでちび関連で何か面白い話を考えられたらいいですね。
丁度いい感じにヴォカロ町外伝も停滞してるし、1年とちょっと経ったことだし、リニューアルしてリスタートしようかなあ。

閲覧数:1,026

投稿日:2014/09/21 21:44:42

文字数:4,459文字

カテゴリ:小説

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