注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 アカイ視点で、外伝三十二【そして終わりの幕を引こう】の後の話となっています。
 したがって、それまでの話を読んでから、お読みください。


 【あの子の真実】


 駅での偶然の邂逅の後、弱音とはそれなりに仲良くできている。少なくとも、俺がマイコ姉のところに行っても、避けられるようなことはなくなったし、話だってできるようになった。マイコ姉とミス・ガーディアンも、以前みたいに俺を追い払おうとはしなくなったし。
 話をするようになってわかったのだが、弱音はなんというか、気分が変わりやすい子だった。やたら落ち込んでいる時があったかと思うと、急にはしゃぎだしたりする。更に、ちょっとしたことでふさぎこんでしまうこともあった。
 マイコ姉の言っていた「問題」というのは、こっちのことも含んでいたのかもしれない。そう思った俺はある時、マイコ姉に訊いてみることにした。
「マイコ姉。弱音ってもしかして、三年前は今よりひどかったの?」
「……まあね。でも、その辺りのことは詮索しないであげて」
 そんな答えが返って来た。ふーん「三年前は今よりひどかった」ということは、「良くなってきてる」ということだ。なら、詮索はやめとこう。
 ……で、だから「もう三年待てるか」だったのか。マイコ姉はマイコ姉なりに、考えてたんだな。なんか癪というか面白くないけど。なんでこう、あれこれ見透かされているんだろう。やっぱり一回り以上年齢が離れているせいだろうか。


 話せるようになって大体一年ぐらい経過した、ある日。俺はハク――下の名前で呼んでいいと言われたので、最近はこう呼んでいる――から「大事な話がある」と告げられた。一体何だろう? 愛の告白……いや、幾らなんでもそれは楽観すぎる。
 楽観すぎると思いつつも、そっちの可能性をついつい考えてしまう。いやだってさ、「大事な話」だぜ? 期待したくもなるよ。
 そんなわけで、次の土曜日、俺は期待しながらマイコ姉の家まで出向いた。ハクは今日はバイトだとかで、終わる頃に来てくれと言われたのだ。
 マイコ姉の家に着くと、マイコ姉が出迎えてくれた。挨拶して手土産を渡して、そのまま家にあがる。ハクは居間のソファに、緊張した様子で座っていた。
「あ、あの……あたし、お茶淹れますね」
 ハクは台所に行ってしまった。お構いなく、って言う暇もなかったぞ。ま、いいや。すぐ戻ってくるだろうし。
 一方でマイコ姉は、椅子の一つに座ってしまった。……二人っきりにしてくれるつもりはないらしい。
「マイコ姉、なんでいるの」
「事態がややこしくなった時の抑え役」
 しれっとそう答えるマイコ姉。おいおいなんだよその答えは。そんなものがいると思ってんのか?
「俺が何かやらかすとでも!?」
「万が一の備えはしておくに限るわ」
 相変わらずの涼しい表情。駄目だこりゃ、梃子でも動きそうにない。つくづく、マイコ姉には何をやっても勝てる気がしないんだよな。
 俺が頭を抱えていると、ハクは三人分のお茶をお盆に乗せて戻ってきた。それぞれの前にお茶を置くと、またソファに座る。
「で、話って?」
 俺は目の前に置かれたカップを無視して、ハクに尋ねた。ハクは下を向き、困ったように視線を伏せる。えーと、まさか……。いや待てよ。愛の告白だったら、ハクの方からマイコ姉に「外してください」って言うんじゃないか? ああいうのは、外野がいない場所でやるものだよ。残念ながら、その可能性はなさそうだ。
「あの……アカイさん、あたし、今まで黙っていたことが幾つかあるんです」
 黙っていたこと? 何だろ。
「色々考えたんですけど、やっぱりちゃんと話した方がいいと思って……」
 まさか、借金でも背負ってるんだろうか。背負ってるというか、背負ってたとかで、それが片付いたから、俺に話してくれる気になったとか?
「金銭トラブルとか?」
「え? 違います」
 ハクはびっくりした様子で首を横に振った。……借金じゃなさそうだ。じゃ、何なんだよ。
「えーとあの……あたし、実を言うと……いわゆる『引きこもり』で……」
 はい? 思ってもみなかった話に、俺はびっくりしてハクをまじまじと見つめた。
「引きこもりって、外に出ない人のことだろ? ハクはこうしてここにいるじゃん」
「あ、あの……正確に言うと、引きこもってたんです。高校卒業する直前ぐらいに引きこもり始めて、それから三年ぐらい引きこもってました。その後、事情があってメイコ先輩があたしに連絡をくれて、それでようやく、外に出られるようになったんです。ここのバイトは、あたしのリハビリにって先輩が紹介してくれて……」
 そんな話を始めるハク。確かハクは、今二十四だったよな。じゃ、俺と出会ったのは、リハビリを開始した直後だったんだ。俺は思わず、マイコ姉を見た。
「言っとくけどアカイ、別にリハビリの為だけにハクちゃんをバイトさせてたわけじゃないから。あたしのインスピレーションをかきたててくれるような、フィッティングモデルを探してたのは事実だしね。ちょうど良かったわけよ、どっちにとっても」
 それは本当なんだろうか。マイコ姉、結構物好きな側面があるからなあ。……ま、いいか。いい方向に向かってるってマイコ姉が言ったってことは、ここのバイトはハクの為にはなったみたいだし。それに、ハクがここでバイトしてなかったら、出会えなかったんだし。
 と、ここで今、こういう話を始めたってことは、もう隠す必要がなくなってことか?
「リハビリ終わったってこと?」
「まあ、そんな感じです。あたし、四月から、服飾関係の専門学校に行くことになりました」
「バイトそのものをやめるわけじゃないけどね。回数は減るわ」
 ハクの言葉に、マイコ姉が付け足す。……そっか。その前に、俺に報告しておこうと思ってくれたのか。ちょっと嬉しいかもしれない。
「頑張れよ」
「あ、はい……頑張ります。あの……で、まだ話、終わってないんです」
 今度は何だろう。あ、もしかして。
「例の失恋の話?」
「それもありますけど……あの、ごめんなさい。あたし、嘘ついてたんです」
「嘘って?」
 まさかとは思うけど、ゴミとより戻したとか言わないでくれよ。いや、それだと嘘じゃないか。事実報告だ。
「えーとその……まず、失恋のせいで恋愛する気になれなかったのは本当なんですけど、男性恐怖症でアカイさんと話したくなかった、ってのが嘘なんです……」
「へ、なんで? マイコ姉は男にカウントされてないよね?」
 ぱしっと鈍い音がした。マイコ姉が、手近にあった新聞を俺に投げつけたのだ。そういうの、やめてくれよ。
「マイコ先生のことは女性だと思ってます。……あの、アカイさんを避けていたのには、別の理由があったんです。実はその……『弱音ハク』というのは、あたしの本名じゃないんですよ」
 本名じゃない? モデルだから芸名で通してたということ……じゃ、なさそうだな。だって今の話だと、ハクは本職のモデルじゃない。
「弱音ハクが本名じゃないんなら、ハクの本名はなんて言うんだ? それと、俺はこれから本名の方で呼んだ方がいいわけ?」
「呼ぶのはハクでいいです。名前の方は本当ですから」
 そういや、何度か「弱音」って呼んだ時、返事しなかったことがあったな。で、結局「ハクでいいですよ」ってことになったんだ。名前で呼ぶ方が親しい感じがするから、喜んでそうさせてもらってたけど。本当の名字じゃないから、呼んでも反応しなかったのか。
「で、ハクの本当の名字って?」
「……巡音、です」
 どこかで聞いたなあ……あ、そうだ。神威先輩の婿入り先と同じなんだ。
「先輩の婿入り先と同じ名字だ。へーえ、珍しい名字なのに結構いるもんだね」
 俺がそう言うと、ハクは拍子抜けした表情で俺を見た。何だよ、俺なんか変なこと言ったか?
「アカイ、あんたってどうしてそう察しが悪いのよ……」
 ため息混じりに、マイコ姉が言った。思わずマイコ姉を睨む。
「よく考えなさい。ハクちゃんがあんたに対して、どうしてわざわざ『弱音ハク』なんて名前を使ってたのか」
 うん? 俺の前で偽名を使った理由? え、もしかして?
「神威先輩の婿入り先、ハクの親戚か何か?」
 ハクはもじもじと頷いた。親戚だったんだ。ってことは、神威先輩とハクは親戚になったってことか。だからって、何かが変わるとも思えないんだけど。
「世の中って狭いなあ……けどさ、別に隠さなくてもいいじゃん」
 そこで、俺はふっとあることに気がついた。
「というかマイコ姉、なんで神威先輩が巡音家に婿入りしたこと知ってんの?」
「あんたがその先輩とやらを、ライブに連れてきた時に話したでしょうが……忘れたの?」
 そういやそんな話も……したっけ? よく憶えてない。ってかマイコ姉、そんな他人の事情をよく憶えてたなあ。
「あの……アカイさんにとって、それくらいの認識なんですか?」
 ハクが割って入った。それくらいの認識? 何が?
「先輩の婿入り先なんて、もとから興味ないし。結婚式は行ったけど」
 俺にとっちゃ、どーでもいいことだ。ハクは目をぱちぱちさせている。
「ってかハク、そんな構えることなの?」
「……そうなんです、あたしには」
「なんで?」
「アカイさんの先輩の結婚した相手が、あたしの姉だからです」
 さすがの俺も、ひっくり返るぐらい驚いた。先輩の結婚相手が、ハクのお姉さん? じゃ、ハクと先輩は、義理の兄妹なのか!?
「あたしが本名を言えなかったのも、ずっと避けていたのも、あたしが姉さんの妹だって気づかれたくなかったからなんです」
 真面目な表情で、ハクは言った。ハクのお姉さんって、ハクが「嫌になるぐらい優秀、美人で勉強ができて素行がいい」って言っていた人だよな。神威先輩は「美人で淑やかで大和撫子の鑑」って言ってた。
 えーと、どんな人だったっけ? 結婚式の時ぐらいだよな、実際に会ったの。後、先輩が婚約した時に、写真見せてもらった。確かに美人だった。ハクとは全然似てないけど。言われなきゃ、絶対姉妹だなんて気づかなかったぞ。
「でも多分、名字聞いても、俺気づかなかったと思うよ」
「アカイ、あんたそれ、自分で自分のこと、バカって言ってるようなものよ」
 地味にぐさっとくることをマイコ姉が言う。うるさい。
「で、アカイ、どうするの?」
「どうって……」
 俺は、目の前にいるハクを見た。ハクは、どうして黙っていたんだろう? バレると何か問題が?
「そうまでして秘密にする必要、あったの?」
「あたしがここでバイトをしていたこと、家には内緒だったんです」
 あ……。忘れていたけど、先輩が婿入りした家は大企業の社長だった。ということは、ハクもご令嬢なわけで……こんなとこでバイトなんて、させてもらえないか。
「最初から全部話してくれれば良かったのに。誰かの秘密を喋ったりなんかしない」
「あの……もう一個、理由があって……あたし、姉さんを知ってる人と、あんまり顔をあわせたくなかったんです」
「だって俺、先輩はともかく、お相手の方とは面識ないぜ。結婚式呼ばれたぐらいで」
 そんな傍流の関係の人なんか、そうそう頭に浮かんだりしないよ。
「ハクちゃんはそこまで知らなかったのよ。あんたの口から、お姉さんの話を聞くのが怖かったの」
「この人は姉さんのことを知っているんだ……そう思うと、話をすることがずっと怖かった。また比べられるんじゃないかって」
 俺は頭をかいた。なんか、色々と誤解されていたようだ。……誰のせいというより、状況がややこしすぎたせいか。
「けどハク、そんなすごい家のご令嬢なのに、専門学校に行って手に職つけるの?」
 それこそ反対されたりしないんだろうか。お姉さんみたいに、お見合いの話とか来るんじゃないのか? 神威先輩が婚約したの、かなり前だったぞ。
「あ、それは大丈夫です。あたし、家を出ましたから」
「えっ?」
 ハクがあっさりした口調で言ったので、俺はまた驚いた。
「家を出たって……」
「正確に言うと、両親が離婚したんです。なので、母にくっついて、家を出ました。結果として父から『お前とは縁を切る』と言われましたけど」
 ……おいおい、何だよそのリアクション。マイコ姉みたいに性別変わったわけでも――個人的には伯父さんも言いすぎだと思うんだが――ないのに、そこまで言うのか?
「あの家はどうせ姉さんが継ぐんです。お婿さんももらったし、なんとかやっていくでしょう。あたしとはもう関わりのない場所なんです」
 乾いた口調で言うハク。多分、大抵の人なら「そんなこと言うもんじゃない」って、言うんだろうな。でも。
 マイコ姉は、俺よりも前からハクのことを知っていて、色々話を聞いているはずだ。
「マイコ姉は、どう思ってるの?」
「ハクちゃんが家を出たこと? あたしは、出た方がいいと思うわ」
 あ、やっぱり。細かい事情はよくわからないけど、マイコ姉がそういうことってことは、そうなんだろう。……で。
「俺に話してくれる気になったのは、家を出たから?」
「……そうです」
 実家と縁を切るようなことをしないと、ハクは吹っ切れなかったんだ。実際、今までと比べると、何だかすっきりした表情をしている。
「話すのは、あたしの自己満足かもしれないって、思いました。でも、ずっと嘘を続けるの、嫌だったんです。……アカイさん、いい人だから」
 いい人、ねえ……そう言われるのは、実をいうとあまり好きじゃない。けど、打ち明けてくれたのは、ハクなりに考えてのことだろう。
 大体、そういうことを知ったからって、何か変わるか? 大事なのはこれからだし。
「全部知ったってことは、これから新しいこと初めてもいいってこと?」
「え? 何するんです」
「例えば、カイトとメイコさん誘って、四人でどこかに遊びに行くとか」
「えーと……いいですよ、それぐらいなら」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ロミオとシンデレラ 外伝その三十四【あの子の真実】

 アカイ君は細かいことを考えるのは苦手です。良く言えば真っ直ぐ。悪く言えば単純。今回はそれがいい方に出たようです。

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投稿日:2012/07/17 18:55:38

文字数:5,760文字

カテゴリ:小説

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