ああ、通勤ラッシュの電車をなめるんじゃなかった。
(あの目覚ましが悪い!!)
 鳴らなかった目覚まし時計に怒りの矛先を向けて、雪花はうめく。
普段はかなり早めに登校するためラッシュの電車に乗るのは初めてだったが…これはきつい。
(これに毎朝のってるサラリーマンを心の底から尊敬する…)
 ため息をついたところで次の駅に電車はとまり、すし詰め状態の電車にさらに人が乗り込んできた。前の席に座る人へ向かって倒れこみそうになって必死でこらえる。
目的の駅までまだ何駅あることか…
「あのさ、ここ座る?」
(こんな中、席を譲ろうだなんてよく思うなぁ)
 満員電車の中、あえて自分から席を譲ろうという声の主もサラリーマン同様尊敬。
というかその声をかけられた相手が自分だったらどんなによかったか
「えっと、そこの君なんだけど…」
「え?」
 自分を見つめる視線にやっと気づいて、雪花は顔を上げた。
声の主は目の前に座っている15、6歳――雪花と同学年くらいだろう少年だった。 
 人に席を譲ろうだなんて。別に真面目人にも見えないし、茶髪だし、普通にチャラいのに…最近の若者は見た目によらないのかな?
いや、確かに人は見た目で判断できないって言うけど……
「あのさ、君全部だだもれだよ?」
 少年が楽しげに笑った。そうするとふわ、と目が細くなってもとから人なつこそうな顔がしっぽを振る犬みたいな印象になった。
「いや、あのですね!」
「確かに君よりは『チャラい』と思うけどさ。君校則破ったことなさそうな雰囲気だよね」
「……あの、バカにしてます?」
「え、なんで?俺は多かれ少なかれ破っちゃってるけど……破らないっていいことじゃない?」
なんだ?この人、ただの天然?
今度は間違っても口には出さずに考える。
「はぁ……」
「あ、でも俺のこれは地毛なんだ、両親ともにかんっぜんな日本人なのにだよ?」
「なんかすごいですね、きれい」
「いやー、今は好きだけどちっさいときは大嫌いだったよ」
「私は生まれてからずっとこの髪ですから……」
「ああ、日本人形みたいで綺麗な髪だよね」
「……どうも」
 これは、ほめられていると喜ぶべきかバカにされていると怒るか。
バカにしているのだとしたら、不意打ちで綺麗だなんて言われて真っ赤になってしまった顔が恥ずかしすぎる。
というかなぜ自分はぎゅうづめの満員電車の中、初対面の少年とどうでもいいような談笑をしているんだ?
そこでアナウンスが入り、ほどなくして電車は大きく揺れてとまった。
ドアが開くが車内の人間が減る気配はまったく無い。
「そうだ、こんなことしてる場合じゃなかった!!」
 乗り過ごしでもしたのか、
そっちから話しかけてきたくせに、と軽くムッとするが
登校中だろうし、しょうがないかとすぐ納得する。私だってなんでこんなどうでもいいような会話してるんだろうとか考えちゃったし
「ねぇ、君ここ座って、今にも押しつぶされちゃいそうで見てられなかったんだよね」
「ちびですが、なにか?」
「いやいや!そういう意味じゃなくて!!」
 そういえば最初そう言って話しかけてきたっけ。状況的にかなり嬉しい申し出だが素直に座るのはさすがに申し訳ない。
「いや、でも…」
「俺ここで降りるから、話付き合ってくれたお礼!」
それだけ言うと、少年は人ごみを掻き分けて電車を降りていった。
もとの座席の主はいないし、ここで降りるのだったらとなんの気兼ねも無く座席に腰を下ろす。
(なんか、ほんとなんだったんだろう)
とんちんかんを通り越し、もはや失礼としか言いようの無い少年の言動を思い出して、思わず笑ってしまう。
吹き出したところを前に立つサラリーマンにいぶかしげに見られてあわてて表情を引き締めた。
(席譲ってくれたしいい人ではあるよね)
やっぱり立っているのより格段に楽だ。そこはさきほどの少年に感謝。
(ほんと、柴犬みたいな人だったなぁ)
自分の発想にすら笑えて、必死にくちびるをかんでたえた。
(あれ…そういえば……)
ふと、少年の深緑色のブレザーを思い出して雪花は比喩でなく頭を抱えた。
(あの制服、同じ学校だよ!!!)
つまりは、行き先も雪花とまったく同じで、
つまりは、さっきの駅が目的地だなんてはずはなくて、
(もしかして、気を使わせてあの人にここから学校まで歩かせちゃった!?)
 通い始めて二週間がたとうかという学校の制服にすら、気づけない自分を全力で殴りたい。
というかもう、すでに自分の頭を疑いたくなるレベルだ。
(これは、がんばって探し出さないと)
謝らないといけないしね、となぜか言い訳がましく考える。


―――また会えたら嬉しいなんて、
なんだか悔しいから絶対に思うものか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

朝の電車の中にて

春ですね

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投稿日:2012/04/11 21:15:02

文字数:1,959文字

カテゴリ:小説

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