提出用の書類を手に、メイコは「塔」の渡り廊下を歩いていた。
 「塔」の名の通り、その建物はいくつもの塔で構成されている。一番広く巨大なのは中央にある研究者用の塔で、次いで居住区としている塔。その二つの大きな塔から派生するように大小の塔がその周辺にそびえ立ち、その間を渡り廊下が繋いでいる。
 これだけ大きな組織となるまでに、幾年の歳月を経たのだろうか。居住区の塔から研究塔へ渡り、更にその回廊をぐるりと回りこんで中心に在る建物へ向かいながらメイコはそんな事を思った。どれだけの人がこの塔の中で暮らしそして終わりを迎えたのか。そんな事を考えながらメイコは「塔」のいちばん中央にある建物へ向かいながら思った。
いちばん中央にある塔は、この「塔」を統括する中心組織で、そこへメイコは新しい術式の申請書を提出しなければならなかったのだ。
 新たな術式を開発したら、その内容などを記し「中央」へ提出しなくてはならない。そうして、全ての術を管理するのが、「塔」の中の最大の権力を持つ者たちの仕事なのだという。単に自分が知らないことがあると不安だから、なんじゃないの。とメイコなどは皮肉込めてそう思ったりする。しかし、彼らの権力は絶大で、逆らうと酷い目に会うので誰も表立って非難はできないでいるのだ。
 そんなわけで今回、新たな「術式」の試しの許可を得るため、メイコはここまで来たのだ。こんなことでもなければあまり来たいと思うような場所ではないわね。そんな事をメイコは思いながら、書類を提出し、役所仕事のような四角定規な対応に答えた。そしてやれやれと帰ろうとした瞬間。嫌味な声が彼女を呼びとめた。
「おや珍しい。いつもは無断で新しい術を試すメイコさんが、今回に限って書類を提出するとは」
人をいらつかせるこの物言いはよく知っている。こういういやな奴に出会う可能性が高くなるのもあるから、ここに来たくなかったのよ。とメイコは無理やり笑みを作ってくるりと振り返った。
 案の定、そこにいたのは陰険な雰囲気の眼鏡が良く似合うキヨテルだった。
「こんにちは、キヨテルさん。人の背後からじゃないと嫌味を言えない辺りは相変わらずですね」
そうメイコが笑顔で言い返してやると、キヨテルは面白そうに眼鏡の奥の瞳を細めた。
「君は、少しは大人になったようですね」
「お陰さまで」
にこやかにそう言って、メイコはそれじゃあと頭を下げた。そのまま立ち去ろうとしたメイコに、何故だかキヨテルは後に続いた。
「久しぶりに会ったのだから少し話でもしませんか?」
「忙しいキヨテルさんにお話をする暇なんかあるんですか?」
そう言い返し、すたすたと歩を早めたメイコの横に、キヨテルは並び歩く。
 自然、一緒に並んで歩いているような形になり。他の人からキヨテルと仲良く見られても癪だな。とメイコが顔を顰めて、何の用かと問い掛けるよりも先。噂を聴いてね。とキヨテルが囁いてきた。
「君と、カイトについての噂を聞いたのですが」
「へえ、どんな?まさか恋愛の噂じゃないですよね?」
キヨテルの言葉をはぐらかすようにメイコはそう言って笑った。だがしかし、そんなメイコの態度にも誤魔化されず、キヨテルはふと嫌味な笑みを浮かべた。
「その噂の通りだとしたら、一番の戦力を私たちは失ってしまうわけだから。止めるべきなのだろうね?」
「どんな噂か知りませんが、個人の行動を止める権利があるんですか?キヨテルさんに」
「まだありませんが。人として止めるべきじゃないかな。と」
そう言って眼鏡の奥、珍しく柔らかな笑みをキヨテルは浮かべた。
「危険な場所に向かわせるのが嫌だから、戻ってこれないかもしれない場所に送ろうとする。それは結局のところ、あなたのエゴなのではないですか?」
前にも言ったと思いますが、彼はあなたのおもちゃじゃありませんよ?
 穏やかな優しい笑みを浮かべて、キヨテルはそう厳しい事を言った。
 この人の嫌味は相変わらずだな。そう思いながらメイコはひとつ大きなため息をついた。
自分がおこなおうとしている事は、感情的な行動だとは充分に分かっていた。けれど対外的には感情になってはいけない。無事に、渡らせるためにも。
 俯きそうになる気持ちを上にあげて。前を見据えて、その通りですよ。とメイコは落ち着いた声で言った。
「キヨテルさんの言うその通り。私は、私の大切な人を守るために色んな事をやっているだけです。けれど、あなただってそうでしょう?」
「え?」
メイコの言葉が予想していなかったものだったのだろう。虚をつかれたキヨテルは、声を上げて微かに眉をあげた。
「キヨテルさんだって、大切にしたいものがあるからそうやって攻撃的になるんじゃないですか?」
「買い被り過ぎだ」
メイコの言葉をキヨテルは鼻で笑い、そう言った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

明け方の日【シェアワールド】 響奏曲【異世界】

イヤミ眼鏡とメイコさんの話です。
ちょいちょいまた匂わせるような内容の話ですが。
というか3000字に微妙に越えてしまいました。
字数をコントロールできる人が羨ましいなぁ。

前のバージョンで続きます。

閲覧数:226

投稿日:2011/07/31 12:43:37

文字数:1,988文字

カテゴリ:小説

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  • 藍流

    藍流

    その他

    キヨテルさんがすっかり「イヤミ眼鏡」で定着している件www

    こんにちはsunny_mさん、遅ればせながらコメ付けにきました。
    めーちゃんと先生のコンビが新鮮☆
    こういう腹の探りあいというか、牽制しあってる会話って結構好きですw
    きっとふたりとも(一見)笑顔で、通りすがりの方々は『いいなぁ』とか思っているのでしょう。
    しかし分かる人には背後に渦巻くドス黒いオーラが見えて怯えているのでしょうw

    めーちゃんの話なのにアレですが、ルカとがくぽの旅立ちがますます楽しみになりました。
    彼らの旅と成長、そして共に描かれるであろう世界の風景が見てみたいです^^

    2011/08/02 12:58:42

    • sunny_m

      sunny_m

      >藍流さん
      この話では、キヨテルさんはなんだかイヤミしか言えない人になってきていますww
      どうなんだこの扱いw
      周囲から見たら、仲よさそうに見えるんだろうなぁ。というのがこの二人です。
      周りの人に、「キヨテルさんと仲が良いよね」って言われて、めーちゃんは心底嫌そうな顔をするといいよ!とここでも妄想をしていますww
      この話での二人は、私の中でどうやってもこんな感じですので、書いてる私も何だか楽しいです☆

      二人の旅は、いつ始まるんでしょうか……(笑)
      私の頭の中で、二人はなかなか旅立ってくれませんが、どうしましょう←
      それではコメントありがとうございました!!

      2011/08/04 18:11:24

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