直ぐそこに元気に走っている小さな流船の姿があった。思わず伸びそうになった手を、叫びそうになった声を、走りそうになった脚をやっとの思いで押し留めてインカムで指示を仰いだ。
『良いか?くれぐれもお前は動くなよ?』
「…解ってる…。」
気が狂いそうだった。目の前で真っ赤に染まって動かなくなった流船が頭にこびりついて離れない。何度夢に見て泣き叫んだか、何度死のうと思ったか判らない。目の前に居るのに、あんなに元気なのに、手を伸ばせば助けられるのに…!
「おい…おいあれ…!」
「…先輩…?」
一瞬訳が判らなかった。だけど直ぐに合点が行った。そうだ…あれは…『姉を助けようとした先輩』何も知らずに、流船を助ける筈だった姉…いや…母さんを止める為に…。
「兄ぃ…兄ぃ!見て見て!シャボン玉!」
不意に流船の楽しそうな声が耳に飛び込んで来た。そして同時に頭の中で何かが音を立てて切れた。
「頼流!待て!」
「…なせ…離せよ!流船は殺されるんだ!何も知らない先輩が母さんを止めたりしたから!」
「落ち着け!今出てったら全部滅茶苦茶なんだぞ!取り返しが付かなくなったらどうする?!」
「離せ!…ろしてやる…!あいつが居なければ流船は…!」
『きゃあぁっ?!』
インカムから微かな悲鳴と何かが割れる音が聞こえた。その音に少し我に返って手を下ろした。
「おい、今の何だよ?また文字化けか?」
返事が無いままスコープに映像が転送されて来た、そしてその光景に全身の血が凍り付く感覚を覚えた。
「レイ…?」
「お、おい何してんだよ?!」
レイの喉元にナイフが突き付けられていた。泣き叫んでこそいないものの顔色は悪くて、それが玩具ではない事が窺えた。
『禊音さん…!』
『誰かを殺せば彼女を殺す!』
「んなっ…?!手前ェ!!」
『俺じゃ駄目なんだよ!世界どころか…姉さんも…流船も…俺じゃ助けられないんだよ!やっと…
やっと此処迄来たんだよ!お前達の一時の感情で…全部ぶち壊させる訳には行かないんだよ!
恨み…?怒り…?そんな物後で幾らでも引き受けるさ!殴りたきゃ殴れよ!助かった世界で…!
助かった流船の前で!俺を嬲り殺しでも何でもすれば良い!』
「先輩…。」
『頼むよ…なぁ…俺なんか許さなくて良いから…俺が殺した二人助けて…。』
先輩はそのまま崩れる様にへたり込んだ。モニター越しにレイと目が合う。
「頼流…ゼロ…。」
「レイ、大丈夫か?あの野郎戻ったらぶっ殺す!」
「………………………。」
「待ってるから…ね?」
「ああ。」
そう言って映像が切られた。深く息をして、それから目を開けて、握り締めた手に力を込めた。
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