最初は、ただの気まぐれ。
たまたま従兄弟の家の近くに用事があって、たまたま気が向いたから会いに行った。
連絡も入れずに突然行ったものだから、彼はやはりウザそうにしてた。
居座るのも迷惑だし、そのまま、少しだけとりとめもない話をして、すぐに帰るつもりだった。
つもりだった、と言う事はつまり、そうはならなかったのだ。
1人暮らしのはずの彼は、男女合わせて5人と、1つ屋根の下で暮らしていた。
この時初めて私は、ボーカロイドという物を見たのだった。




―Accident―
第一話




昔から音楽はやってたし、ボーカロイドの存在自体は、知っていた。
でも、どうせ機械には変わりないだろうとか、正直、馬鹿にしてたし、買う予定なんかあるわけもなかった。
けど、彼の所にいたボーカロイドたちは、みんな生き生きとして…そう、生きてた。生きてる"みたい"じゃない、はっきり"生きてる"って、そう思わされたんだ。
気が付いたら、悠…従兄弟を質問責めにして、ボーカロイドについて詳しい事を聞き出し、次の瞬間には店の前に立っていた。


「あは…」


我ながら、なんて適当な奴なんだと思う。
今まで興味すらなかったのに、ついさっき本物を見ただけで、もう買う気満々なんだから。
…ま、流石に新品を買う余裕はないんだけど、ね。


「在庫、あるかな」


ボーカロイドの在庫、という意味ではない。
誰を購入するかはもう決まっている。
近くにいた店員を呼び止めて、迷わずに問うた。


「KAITOの在庫、ありますか?」

「KAITO、ですか?」

「はい。できれば、中古で」


店員は逆に私に訊き返して、さらに穴が空くほど見返してきた。


「初音ミクや鏡音リン・レンではなく?」


若い店員の比較のしかたに、ちょっとムッとする。
そりゃあ、ミクやリン・レンが人気なのは私だってよく知ってる。
歌が下手だと思ってるわけでもないし、仮にそうだとしても、そんな理由で買うかどうか決めたりしない。
ただ、私の場合は、女性の高音より男性の低音の方がずっと好きだった。
暇な時に思い付きで作る歌も、無意識にだが、ほとんど全部、男性の音域に合わせている。
だから、買うなら男性型だと決めていたのと、もう1つ。


「知り合いのとこのKAITOの声を聞いて、これだ、と思って」


一目惚れならぬ、一耳惚れ。あの柔らかい低い声に、あの時私は思わず聞き入っていた。
この声だ、私が求めていた声はこれなんだ、って…オーバーに言えば、感動に打ち震えていた、といったところか。
当然、変な目で見られはしたけど。


「そういうわけですから、教えてもらえますか?」


何を、とはもう言わない。
私の勢いに気圧されたか、店員は戸惑いながらも頷いて、案内してくれた。


「いや、すみませんね。KAITOをうちに売っていく方は時々いらっしゃるんですが、買っていく方はなかなかいらっしゃらないものですから」

「そうなんですか?」


やはり女性型、それもミクみたいな可愛い女の子が人気なのだろうか。
昔はもっと人気がなかったそうだし、それを考えると、悠のとこのカイトはあれだけ構ってもらえて、仲間もいて、幸せ者だ。
実際、幸せそうだったし。


「最近は売っていく方も減ってきていまして、今は1体しかいませんが…」

「じゃあ、1人、いるんですね?」


1体という数え方がどうしても嫌で、1人、と言い直す。
そんな私に店員は、複雑そうに笑ったが、何も言わずに、立ち止まる。


「彼です」


店員が示した先で、彼は眠っていた。
いや、眠っているのではない。全機能を停止して、インストールされる時を待っている。


「…記憶って、消えてるんですよね」

「ええ、一度アンインストールされてしまえば、メモリは全消去されます。再インストールを行っても、アンインストール以前の状態には戻せません」


店員の答えに、私は少しだけ、寂しい気持ちになった。
今目の前にいるKAITOのマスターが、どんな人間だったのか、私には解らない。
やむを得ない事情で泣く泣く彼を手放したのか、あるいは単に飽きて売り飛ばしたのか。
どちらにしろ、彼がその時まで積み上げてきた物がゼロになってしまったのは、とても悲しい事だと思う。
でも、これって綺麗事、だよね。きっと。
悠なら笑わないで聞いてくれるかな。


「この子、買います。いくらですか」


私の申し出に、店員はにこりと笑って、価格を言った。
思ったより安い値段だったけど、しばらくは節約しないとマズい。
そんな事を考えていた私に、店員が声をかけてきた。


「郵送しますか?」

「いえ、このまま連れて帰ります。車で来たので」


カードを財布にしまいながら、すぐにそう返す。
店員が、苦笑した気配がした。


「貴女なら、いいマスターになってくれそうですね」

「そう、ですか?」

「そう思いますよ」


お世辞かとも思ったが、ここは誉め言葉だと受け止めておく事にしよう。
KAITOを車の後部座席に座らせて、ドアを閉める。


「何か不具合がございましたら、ご連絡下さい。ありがとうございました」


業務的な台詞を言って礼をする店員に、私も礼を返して、車を発進させた。
帰ったらすぐインストールしよう、なんて事、考えながら。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【亜種注意】―Accident― 第一話

黒部 美憂(クロベ ミユウ):主人公。アマチュアバンドでキーボードを担当している。

白瀬 悠(シラセ ハルカ):美憂の年下の従兄弟。所有ボカロはMEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン・レン。

カイト:悠のKAITO。




結局上げる事にしましたこんにちは。桜宮です。
亜種注意とか言いつつ、出てくるのはまだ先です←

前作で言った通り、悠とカイトはErrorに出てきた彼らです。
そのうち美憂との絡みもあります。
ちょっとgdgdな文かもしれませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。

閲覧数:739

投稿日:2009/04/23 15:21:58

文字数:2,220文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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