神様なんていない僕らの
もう十数年会っていない昔の友人の訃報を耳にして、俺は久しぶりに地元へと帰ってきた。
都会から新幹線とローカル線を乗り継いで、待ち時間を含めるとだいたい四時間といったところか。地元の景色は、こうして見てみると思っていた以上に懐かしく、郷愁を誘う。
地元の最寄り駅に降り立ち、感慨深く周囲を眺める。都会とは違い、無数に建ち並ぶコンクリートとガラスの群れは、ここではなりを潜めていた。さすがに駅前ともなればそれなりに建物が建っているが、それらはどれもせいぜい五、六階程度の高さだ。少し歩けば、すぐに田畑が広がっているし、遠くには山々の稜線が続いているのが見える。そもそも、交通の便が整いすぎている都会と違い、車の重要度が高い地方では、駅前よりも郊外型店舗が並ぶ大通り沿いの方が栄えていたりするものだ。
当時はこんな駅前でも栄えていると思っていたものだが、こうやって改めて見てみると、どうしてもさびれているという印象が強い。むしろ、あの頃からたいして変わっていないからこそ、そう感じるのかもしれないが。
俺は駅の改札を出ると、駅前のロータリーにあるバス停で母校へと向かうバスの時間を確認する。
「なんだよ……」
思わず、愚痴がついて出る。
バスは、ついさっき出たばかりだったのだ。次の便は一時間後だ。
俺は仕方なく、近くの喫煙所へと向かい、煙草をくわえて火をつけた。
◇◇◇◇
死んだという友人が最近どこで何をしていたのかという事について、俺はちっとも知らない。
高校を卒業してから、わざわざ連絡を取ることなどなかったし、俺が地元を離れてからはなおさらだった。休みのない仕事に謀殺されるようになってからは連絡を取ろうかと思うことすら忘れていた。
高校にいた頃のそいつは、髪を金髪に染め、何かとがさつで口も悪く、授業態度も不真面目な女だった。なんでそんな奴と仲が良かったのかといえば、単に俺も同じ穴のムジナだったというだけのことだ。髪の毛を茶髪にして、ピアスを付け、未成年にもかかわらず煙草に手を出す、そんなガキだった。当時の俺たちは、もはや死語になりつつある、いわゆるヤンキーだったのだ。
彼女の名は、初音美久という。
その当時から変な名前だとからかうたびにボコボコにされていたのだが、今じゃその名前はネット上の電子アイドルだかなんだかいう名前として認知されているらしい。そんな電子アイドルが自分と同じ名前だと知ったら、彼女は口汚い暴言を吐きまくったことだろう。「ふっざけんじゃねー!」とか「あたしを何だと思ってやがる!」だとか、そうやって当たり散らしている様子が目に浮かぶ。
そんなあいつは、よくわからない質問をするのが好きだった。
たとえば、
「あなたは、神様信じてますか?」
とか、
「恋人と親がおぼれてたら?」
とか、そんな明確な答えのない質問を、時折俺や一緒につるんでいたグループの友人たちにしていた。
ひどい時など、高校の屋上でフェンスを乗り越えてみせて「屋上から飛び降りようとするあの子に、かけてあげられる言葉は何でしょう?」などと、芝居がかった口調で言っていたこともある。どうせ冗談だからとまともな返事を返さなかった俺たちにキレて、本当に飛び降りようとしたのをあわててつかまえて助けたのは、今となってはいい思い出だ。
そんな時だけ口調が丁寧になるあいつは面白かったが、思い返してみれば、そんな質問に真剣な答えを返していたのは、グループの中でも俺くらいのものだった気がする。
だからかどうかは今となってはわからないが、そんな俺とあいつはいつの間にか仲良くなり、グループの他の奴らがいない時でもよく一緒にいた。
だが、だからといって恋人同士だったかといえば、そんなことは全然なかったように思う。
二人でバカ話をして、彼女の質問に真剣に答えたりして、それで外で夜を明かしたって全然退屈はしなかった。だがそれでも、グループの奴らにはやし立てられようとも、俺にとってのあいつは恋人というよりは仲のいい友人だったし、彼女にとっての俺もまたそうでしかなかった。……たった一度を除いては。
そんな、輝かしくも愚かしい青春の日々。
それも、ごく最近になって訃報を聞くまでは思い出すことも無くなってしまっていた。
俺はため息と一緒に紫煙を吐き出す。
あいつはもういない。
ふと空を見上げる。
どんな最期だったのか、それすらもまだ知りはしないが、彼女がもういないのだと思っただけで、故郷の青空には孤独しか感じなかった。
◇◇◇◇
ロータリーに入ってきたバスを見て、俺は何本目かの煙草をもみ消すと、母校行きのバスに乗った。
休日の上にハンパな時間だったせいか、バスにはほとんど乗客はいなかった。俺の他には、幼い子供を連れた、俺と同じくらいの年の母親くらいだった。
(「神様なんていらない」……か)
急に、そんな彼女の口癖を思い出して、俺は口の中だけでつぶやいてみる。
こうやって思い返してみると、ヤンキー女だった割に、彼女は以外とロマンチストだったのかもしれない。
そんなことを考えて、苦笑した。
◇◇◇◇
「究極の二択。バナナオレとコーヒー。無糖ブラック」
校舎の屋上で、初音美久は二つの紙パックを俺に差し出してそう問いかけてくる。
「おいてめぇ、ふざけんな。俺が頼んだのはコーラだぞ」
「そんなの知らねーっての。なんであんたのお願いを聞いて差し上げなくちゃいけねーのさ!」
舌打ちをしながら、美久はうっとうしそうに髪をかきあげる。
無理に脱色して染めた彼女の髪は、傷んでいて結構ばさばさだった。制服のブレザーの下には配色を考え直した方がいいようなピンクのセーターを着込み、スカートは極端に短い。屋上にしゃがみこんでいる俺には、ぶっちゃけスカートの中が見えていたわけだが、何回か教えてやっても改善するつもりがないようなので、今回も無視する。こいつが無頓着すぎるので、見えたところで特に嬉しくもならない。
「てめーがじゃんけんで負けたからだろうが!」
「知るか! 文句言わねーでさっさとどっちか選べよな」
「んなこと言える立場じゃねーだろーがよ」
俺はしぶしぶ無糖ブラックのコーヒーを乱暴にとる。バナナオレは嫌いなのだ。コーヒーも好きじゃないが、バナナオレよりはマシだ。
「……にが」
ストローをさしてコーヒーをすすり、俺は言わずもがなのことを言う。もちろん嫌味だ。
「じゃ、バナナオレとこーかんしてやろっか?」
俺がバナナオレを嫌いなことを知っておきながら、美久は意地の悪い笑みを浮かべてそう言ってくる。
俺はそんな美久を思いっきりにらみつけて、言ってやった。
「死ね」
美久は、俺の返事に満足そうにケタケタと笑った。
「……」
仏頂面の俺の隣に座ると、美久は音を立ててバナナオレを飲む。
「……ねー」
「んだよ」
俺は不機嫌を隠そうともせずに、ぶっきらぼうに答える。炭酸が飲みたかった。
「神様って、信じる?」
「信じねー。何度も言ってんだろが」
半眼で美久をにらむ。
美久はまっすぐに正面を見たまま、俺ににらまれていることに気づきもしていなかった。さっきまでの笑みが消え失せ、真剣なまなざしで前を向いている。
不意に見せるその一瞬の顔が、綺麗だと思った。普段は正直ケバいと思うその化粧も、その表情の時だけは妙に似合っている気がしたのだ。バカバカしくて本人には決して言えやしなかったが。
「だいたい、神様なんてどこにいるってんだ。いるなら早いとこ俺を助けろ。具体的にはこのコーヒーをコーラにしてくれ」
「ぶっ」
俺の願いに、美久はバナナオレを吹き出した。ざまあみろ。
「きったね」
「何、そのみょーにスケールのちっちゃな願い! うける!」
相好をくずし、彼女の綺麗な表情はあっという間になくなってしまう。
「俺は、この苦いコーヒーがコーラになったらすっげえ幸せだよ。たぶんな」
「あんたの悩み事はささやかだわ。幸せな脳みそしてる」
「褒めてねーだろ」
「そーよ。バカにしてんの」
何言ってんの、と美久は鼻で笑った。
「神様がいたら、同情してくれるかなぁ」
そうしてから、美久はしみじみとそんなことを言う。
「何に? 俺の手元にあるのがコーラじゃないことに?」
「しつこい」
本気でうんざりとした顔をされたので、コーラについてはそろそろ蒸し返すのをやめることにする。
「だいたい、神様なんていらないってしょっちゅう言ってんじゃねーか」
「だーかーらぁ。いるかいらないかでいったらいらないけど、それとは別にもしいたらって話だって言ってんだろ」
口の悪い女だ。
「もし神様がいたとして、同情されてーの?」
「いや、同情とかされたらキレるけど」
「理不尽なやつだな……」
平然とそんなことを言う美久に、呆れてしまった。
「でもさー。実際のとこ何かあんだろ。自分の作った世界がこんなだったらさぁ。謝りに来いよな」
そういって、青い空をにらみつける。
「……神様相手にずいぶん挑発的な女だな」
苦笑した。
そしたら、殴られた。
◇◇◇◇
バスに揺られながら、あの頃のことを少しだけ思い出して、口元に笑みがこぼれる。
あの後、そのまま授業をサボっていた俺たちは先生に見つかって怒られた。二人共いつものことだったし、怒る先生にしてもいつものことだった。
それでも律儀に怒る先生に、美久は、怒られてる最中にもかかわらず「めんどくさい奴」などとのたまった。おかげで、先生からかなりいい一発を頭にもらっていた。屋上で美久に殴られていた俺にとっては、ざまあみろとしか言いようがなかったのを覚えている。
それでも先生は律儀に屋上が立入禁止だという理由を説明した。美久は「だっから、飛び降りようなんてバカなことするわけないじゃん」などと言い返していたが、飛び降りようとした前科がある彼女の言葉はまったく説得力がなかった。もちろん、その前科を先生が知るはずもなかったのだけれど。
バスの運転手が、終点の母校の名前を告げる。
俺と、駅から一緒に乗っていた母子がバスを降りる。
母親と幼い子供は、俺の知らない歌を口ずさみながらどこかへと歩いていってしまった。
「さて……」
腕時計を見ると、今は昼過ぎくらいだった。まだ少し時間がある。
時間、というのは友人と会う時間のことだ。
そいつは美久と仲の良かった女友達で、名前を凛という。俺たちとは一つ下の後輩だった。
美久の訃報を知らせてきた凛と、母校で会うために俺はわざわざこうして帰ってきたというわけだ。
美久がどうして死んだのかについて、彼女は電話やメールでは決して言おうとしなかった。
そして凛は、美久の遺言があるからと、帰ってくるように促したのだ。その時に美久の最期も話すから、と。遺言も直接会ってからじゃないと絶対に伝えないと言って、凛は頑として口を割らなかった。
それが何なのかは想像もつかないが、だからといって俺に拒否できるわけもなかった。
それでこうして、のこのこと母校までやってきたのである。
十数年会ってなかったというのに、美久はやはり今でも俺にとっては大きな存在だということなのかもしれない。
(……未だに、あいつが死んだなんて実感もわいてないしな)
訃報を聞いても、涙は出なかった。それなりに驚いたし、衝撃的だったのだが、どうにも信じられないのだ。
そのうち、ひょっこりと顔を出しでもしそうな気がしてしまうのだ。
(……バカだな、俺は)
もうすぐ三十路になってしまうっていうのに、俺は未だに大人になりきれない、子供のままなのかもしれなかった。
◇◇◇◇
神様なんていない僕らの 上 ※2次創作
という訳で、新作です。
今回は大好きなPolyphonicBranch様の「神様なんていない僕らの」です。
「口の悪いミク嬢ってそういないパターンだよな」という発想から生まれた話です。その発想のせいで原曲の設定をいくつか改変してしまっていますが……。大目に見てください。
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