俺に声なんて必要だったのかな。







私は目を丸くした。
その発言主であるレン君は静かに繰り返す。

「俺に声なんて必要だったのかな」
「・・・それは、必要なんじゃないかなぁ」

だってそもそも私達は歌うために存在しているんだから、声が無かったら大変なことになるんじゃないだろうか。

―――レン君、何かあったのかな。
私はそっとその表情を伺った。


私達のマスターは「初音」と「鏡音」を持っている。
でも使われているのは私とレン君だけ。リンちゃんは目覚めることなく凍結状態のまま放っておかれている。
うちのレン君はとてもクールな子だ。普段あんまり感情を表に出さない、とっても静かな子。
他のマスターの元ではイケレンとかヘタレンとかいろいろな「レン君」がいるんだっていうのは知っているけどあまりピンと来ない。だって私が知っているレン君とは大違いだから。

レン君は始めの頃、リンちゃんが使われないことを心配していた。私は入ったことないけど、鏡音のプログラムと何度も接触してリンちゃんが目覚めることがないか探っていた。

何回も何回も何回も。

なんだか見ていられなかった。
だって私、先輩だもん。お姉ちゃんみたいなものだって言っても間違いじゃないし、かわいい弟が不安そうにしていたら面倒見たくなるってものです。
そう、その頃はまだレン君は表情を出していた・・・まあ今と比べて、だけど。


でもある日、レン君は表情を外に出すのを止めた。



どうしたんだろう、と思って私はマスターに質問をしてみた。
レンに何か言ったの、って。

そしてマスターは答えてくれた――――







「あのさミク姉」

現在のレン君の声に私は答える。

「なあに?」

レン君は顔をあげてこちらを向いた。
でもその目は私を見ない。

「マスターに楽譜を貰ったんだ」

くい、と唇の端が釣り上がる。
綺麗な顔に浮かぶ虚ろな笑い。

「うん」

見ていたから知ってるよ、レン君。
本当は―――泣きたいんだね。
その笑顔は見ている私も苦しいよ。
でも。

「恋の歌だったよ。幸せな、恋の歌」

「・・・うん」

ああ、と私は心の中で叫ぶ。
レン君が何を言いたいか解った。

マスター、それは、残酷だよ。

今までレン君に与えられたのは別れを歌う歌ばかりだった。
家族を、片割れを、恋人を失う歌。名前とか、特定できるような内容はなかったけど、リンちゃんが相手のつもりでマスターが作っているんだろうなぁ、って思った。実際そうなんだと思う。
いくつもの別れと悲しみ。
それを歌いやすいようにリンちゃんをインストールするのを止めたのかもしれない。



―――リンを使うつもりはないよ。
あの時マスターは私に、そう告げた。


私はマスターのことが好き。だって私のマスターだもん。
レン君もマスターのことが好き。だってレン君のマスターだもん。
でもレン君はリンちゃんのことが大切だった。
きっと信じていただろう。明日は、明日は、片割れに出会えるかもしれない。そう信じて過ごしてきた。
それは何かを欲しがることのまずないレン君が心から願っていることなんだと思う。

そう―――レン君はリンちゃんのことだけ考えて生きて来た。
そのうちにリンちゃんはレン君の心の全てを占めるようになった。
思い込みって怖いねぇ、とか言おうとすれば言える。でも茶化したりできない気持ちだってわかってる私としては言える言葉じゃない。

でもマスターはレン君の望む未来を否定した。

部外者の私から見たら、まあマスターがそうしたいならそれでいいな、って感じ。だってそれはマスターの個性だし、ヒトの考えなんて変わりやすいものだから、もしかしたら宗旨変えしたマスターがリンちゃんを使おうとすることだって考えられる。

でもきっとレン君はそんな風に思えないよね。

「・・・歌えない」

絞り出すようにレン君が言う。

「歌えるけど、歌えないよ・・・」

レン君にとって、やっぱり歌の向こうに見るのはリンちゃんなんだろう。
確かに、歌えないのかも。
レン君の恋が幸せだったときなんてないんだから。
でも歌える。私達はVOCALOIDだから、マスターが打ち込めば歌えてしまう。
―――慰めた方がいいのかな。
頭の隅にそんな考えが浮かんだけれど、それはないよね、と一蹴する。
だって慰め方なんてわからない。私は鏡音じゃないんだもの。レン君自身じゃないんだもの。

声なんて欲しくなかった。レン君が呟く。
全ての鏡音レンがそう思っているはずない。でも俺は欲しくなかった。
心をばらばらにされることばばかりを口にしないといけないのなら、声なんて欲しくなかった。嘘を歌わないといけないのなら、声なんて欲しくなかった。リンを閉じ込めてしまうのなら、声なんて欲しくなかった。

ああでも。

今、俺とリンを繋ぐのは、この声だけなんだ。




恋というのは素敵なもの。私もそう思ってる。綺麗で、甘くて、優しくて、時に昏い。
でもそれって叶った恋の話だよ。
叶わない恋のほとんどは悲しくて苦しくて身が切られるみたいなもの。もちろん叶わなくても素敵な恋だってあるけれど。


ねえマスター、私達はイレギュラーなVOCALOIDだよ。深刻なバグのせいで正常に思考が出来ないの。
レン君だけじゃないよ、私もそう。
自分のバグに気付いたときには流石に驚いちゃった。まさか自分がおかしくなっちゃうとは思わなかったから。
私達の声はマスターに届かせないからどうバグっているか分からないかもしれないけれど、それでいいの。機能的には何の問題もないし。



レン君は顔を両手で押さえたまま俯いている。
泣いているのかな。―――ああ、私達に涙を出す機能はないんだった。せいぜい声が震えるだけだから外側からじゃわからないか。






最近気付いたの。
レン君、叶わぬ恋に苦しむ君は、なかなか悪くないね。

私も誰かのことで苦しむ日が来るといいんだけど。

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恋とはどんなものかしら

タイトルも視点もミク。
しかしミクまで病みっぽくなるとは自分の脳が心配です。

閲覧数:1,039

投稿日:2009/10/28 18:15:01

文字数:2,484文字

カテゴリ:小説

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  • 翔破

    翔破

    ご意見・ご感想

    ありがとうございます!
    なんとなく、「使われないボーカロイド」を「使われているボーカロイド」が大切に思っていたら・・・と思って書きました。

    ブクマ!?凄く嬉しいです!

    2009/11/03 17:44:26

  • ゆっきー

    ゆっきー

    ご意見・ご感想

    VOCALOIDというものをある意味リアルに捉えた作品だと思います。
    レンの心情がミク視点から非常に上手く描写されていて、なんだか切なくなりました。
    ブクマさせてもらいます(*^_^*)

    2009/10/30 17:07:49

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