UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」
その3「彼の作ったボーカロイドたち・2」
リビングのテレビモニターは、彼がやりかけだったゲーム画面のままだった。
テレビはリビングの東側置いてあり、南側はテラスに続く窓があった。
窓にカーテンは掛かっていたが、薄いレースのカーテンの向こうは夏を象徴するような青い空と青い海が広がっていた。
その画面の中で彼を黄色い髪の双子の姉弟が待っていた。三女の姉の方を鏡音リンといい、次男となる弟が鏡音レンである。
リンは主にゲーム関係のマネジメントを行い、レンはテレビ番組や映画のマネジメントをしている。
テレビ画面の中からレンが話しかけてきた。
「おはよう、マスター。昨日のドリームクリエイターかアニメ、見る?」
それに被せるようにリンがしゃべった。
「やりかけだったゲーム、セーブ、しといたよ。あと、ネットでシャルドネの洞窟の脱出方法、分かったよ」
シャルドネの洞窟は、彼が今やっているRPG『ドラゴンの巣・4』の中のいくつかの迷路の一つである。
迷路の中で休息やデータセーブができる唯一の場所を「盗賊王アケスレブ」と名乗る中ボスが守っていた。
この中ボスが厄介なのは、二種類の指輪を装備していることだった。
一つは魔法を跳ね返す「悪魔の指輪」で、あらゆる攻撃的魔法を放った相手に送り返す効能があった。
もう一つは戦闘中定期的にヒーリング効果がある「癒しの指輪」で、クリティカルヒットが4回続いても倒せるかどうかというほど驚異的な回復力だった。
その盗賊王の唯一の弱点は村で普通に暮らしている妹なのだが、村人からの情報収集に漏れがあったらしくゲームが行き詰まっていた。
ただ、地道にレベルアップするか、村に戻って情報を集め直せば解決すると思ってはいた。
「リン、村に戻るのと、レベルアップは無し、だぞ」
先に条件を付けたところ、リンの表情が一瞬固まった。
すぐに笑顔に戻ったので、情報の検索をやり直したと思われた。
「違、う、よぉ」
セリフが何故か間延びしているのは、まだ情報の検索を続けているから、らしい。
リンの視線が宙をさ迷う表情は可愛らしくもあったが、どこかあざとい気がした。
「パーティーの誰かにアンチマジックバリアをかけて、その誰かに魔法攻撃をかけるんだって」
言い終えた後のリンのどや顔が何となく可笑しかったが、内容に興味を引かれたので、彼は吹き出さなかった。
「なるほど、反射した魔法を再度反射はしない、ということか。成功率は?」
「五回に一回だって」
彼は素早く計算した。
〔一時間から一時間半か…。やっぱり村に戻るか〕
その時、画面の端から、ミクがひょいと顔を覗かせた。
LANでむすばれたパソコン同士はデータの送受信が可能なので、自室のPCから送られた信号でミクが他のPCに移動したように見せることが可能だった。
ミクの少し困ったような表情の意味が、彼は最初理解出来なかった。
プログラミング上、ミクが困った表情を彼に向けるのは、ハード、ソフトのどこかに問題点が見つかった場合、システムの開発中にバグが見つかった場合、個人的なスケジュールが迫っている場合などが考えられた。
彼は時計に目をやった。腕時計も壁掛け時計も、テレビと同じ、午前七時四十分を指していた。
彼はミクの表情に心当たりがあった。
「ミク、まさか、もう、来たのか?」
画面の隅で、ミクが頷いた。
ピンポーンとありふれたインターホンの音がした。
彼は自分の服装を確認した後、洗面所に駆け込んで鏡を見た。
髭を剃って二日後の顔が映っていた。
背後から別の女性の声がした。
「今日は、その格好なの?」
声の主は、次女の巡音ルカという、彼の衣類のコーディネートから福利厚生面を管理しているプログラムだった。
「相変わらず、ぱっとしないというか、手抜きのコーディネートね」
「別にいいだろ? デートに行くわけじゃないんだから」
「その割には、鏡を覗き込んだりして、髭の濃さを気にするんだから。矛盾してるわよ」
「恋人が出来たら解消されるさ」
「いつになるのかしら。それより、マスター、洗濯用洗剤が切れかかってるわ。外出したら、買ってきてくれないかしら?」
二回目のインターホンの音がした。
「分かった…」
彼は玄関にダッシュした。
彼に気象情報を提供するシステムでもある長男のカイトが声をかけた。
「おはよう、マスター。今日の降水確率は0パーセント。予想最高気温は三十三度。現在の外気温は二十九・八度…」
それを聞いて、彼は背中に冷水をかけられた気分になった。
玄関の外で待っている人物の怒り具合が想像できるからだった。
彼は精一杯の笑顔を作って玄関を開けた。
「ごめ…」
「遅いわ! たわけ!」
彼の謝罪の言葉よりも先に、罵声と飛び膝蹴りが彼の顔面を直撃した。
白いサマードレスに、ツインドリルとも言うべき縦ロールの赤い髪を両耳のすぐ後ろに生やした女性が仁王立ちで彼を見下ろしていた。
「この炎天下に、うら若き乙女を、長時間待たせるなんて、お姉さんはテッド君をそんな子に育てた覚えはありません!」
膝蹴りを食らって彼は尻餅をついていた。
膝蹴りを放った彼女の名は、重音テト。
テッドと呼ばれた彼の名は、重音哲人(かさね・てつと)で、テッドというあだ名はテトが考え出したものだった。
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