僕の彼女は美しい。
それは恋人だからという贔屓目ではなく、客観的に見ても、世の女性たちよりも数倍綺麗に見えるのだ。
少し透いたグレーの瞳を縁取る長い睫に、傷一つない真っ白な肌、淡い桜色の唇。それらが上質な下地の上に、寸分の狂いもなく配置されてある。
まるで作り物かと見まごうほどに、僕の彼女は美しい。
けれど、それ以外の原因で、僕の彼女は人の目を惹く。
それは、彼女が歩けないからだ。
事故や病気ではなく、生まれつき。生まれつき彼女は足が不自由だ。
だから、初めて会ったとき、悲しそうに窓の外から外を眺め目を伏せる彼女を見て、僕は、自分が彼女を外に連れ出してあげたいと思った。
それからほどなくして僕と彼女は、結ばれた。
けれど、僕の彼女は歩けないだけではなく、口もきけなかった。
これも生まれつきだ。あまりに美しすぎる外見を持った彼女は、その代償に声を足の自由を奪われたのかもしれない。神様は残酷だ。
けれど僕たちは、その残酷な神様のおかげで、出会うことができた。
こんなことを言っては不謹慎かもしれないけれど、僕はほんの少しだけ、その残酷な神様に感謝をしている。
今日は、彼女と散歩中だ。
彼女は歩けないけれど、僕が彼女の足になって、彼女をどこへでも連れて行っている。
隣で微笑みを浮かべる彼女が、通り道にある公園に行きたいと言った。
彼女は口がきけないけれど、僕は彼女が言っていることならなんでもわかる。僕には彼女がすべてで、彼女も、僕がすべてなはずだ。
「そう、じゃああそこのベンチで休憩しようか」
そう提案した僕に、彼女が笑った。
緑豊かな公園に入り、その隅のベンチに腰掛ける。
数人の子供たちや大道芸人が出入りするここは、ちょっとしたイベント広場になっていた。
僕と彼女が公園に足を踏み入れた途端に、数人の視線が突き刺さった。
冷たい目、奇怪なものを見る目。いくら僕の彼女が歩けない、口がきけないとはいえ、そんな目で見ることはないじゃないか。僕は周囲を軽く睨み付け、彼女の顔を窺う。
けれど彼女は、変わらぬ微笑みを浮かべたまま、僕だけを見ていた。
僕の彼女は優しい。どんなにさげすみの目で見られても、決して周囲を恨まない。心の豊かな人なんだ。
「……愛してるよ」
思わずそうつぶやくと、彼女が嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、そろそろ帰る時間よ」
「うん!ねー、かえりにお菓子かってよー!」
「はいはい」
「……あ、ねえ、ママ!」
「なあに?」
「きょうね、きれーなお人形もった、おにーちゃんがいたの」
「お人形を持ったお兄ちゃん……?操り人形の人?」
「んーん!そうじゃなくてね、もっときれいなお人形!」
「へえ、そうなの」
「うん!そのおにーちゃんね、お人形さんにいっぱいおはなししてたの!お人形さんとなかよしなんだね!」
愛している。
僕は、彼女をこれ以上ないほど愛している。
美しい彼女。優しい彼女。大切な彼女。
僕と彼女の邪魔をできるものは何一つない。僕と彼女だけの世界が、ここにはある。
例え、誰に蔑まれたとしても。
誰に疎まれ、馬鹿にされ、哂われたとしても。
僕は、非常に、幸せだ。
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