-記憶と心-
 貴方の忘れたい記憶を、高値で買い取りましょう。
 貴方が手に入れたい記憶を、安値でお売りしましょう。
 DVDで、永遠に貴方のほしい記憶だけを。

 貴方の心、鑑定します。
 鑑定量は貴方の『光』の感情。
 貴方の心の値段、私が鑑定いたします。

「ねえ、知ってる?『記憶屋』って」
「知ってる、しってる。記憶を買ったり売ったりしてくれるんでしょ?」
「そうそう」
「後、『心屋』って言うのもあるんでしょ?」
「ああ、心の中に入り込んで感情で鑑定書を作ってくれるんでしょ?」
「そう。一度、鑑定してもらいたいよねー…」
「ネットで、記憶屋と心屋にメールを送れるところがあるらしいよ」
「私もこの間の失恋の記憶、買ってもらおうかな――」


 校内に甲高いチャイムの音が響き渡った。
「こら、鏡音!また遅刻かっ!」
 教室のドアから先生が顔を出して、廊下をあわてた様子で走ってくるリボン――もとい、リボンをつけた少女をしかりつけた。
 それを聞いて、席についていた金髪の少年が勢いよく立ち上がり、先生と少女に向かって怒鳴りつけた。
「苗字で呼ばないで下さい!俺まで遅刻したみたいじゃないですか!!」
「すまん」
 先生が笑いながら謝ったところで、少女が教室にあわただしく入ってきて、元気よくてを振り上げた。
「おっはよーぅ!」
 すると、クラスメートたちが笑いながら答える。
「おはよう!」
 気分よさげに入って来た少女を、少年はイラついた様子で強くにらみつけ、、少女が自分のほうを見たことに気がつくと、舌を出して「あかんべ」をした。すると、少女のほうも負けじと「あかんべ」をかえした。…先生に怒られたが。
 それから、日直の号令で朝の学活が始まった…。

「レン!!」
 教室を出ようとする少年――レンを呼び止めると、少女は嬉しそうに駆け寄って行って、小さな声で言う。
「今日は、いつ開店?」
「リン。今日は…そうだな、姉貴が四時から待ち合わせがあるって言ってたし…。それくらいからかな」
「そっか。じゃあ、四時半くらいに行く」
「おう。…そういえば、お前、また遅刻したな」
「だって、昨日も『依頼』があったじゃない」
「でも、俺は遅刻してない」
「レンは朝、強いもん。私は低血圧なの」
「どこが」
「全部が!」
 思い切り反論すると、レンは呆れたようにため息をついて鞄を持ち、リンに背を向けて帰り支度を始めた。
 すでにその日の授業は終わってしまっていて、ぞろぞろと生徒が下校を始めている。二人の小さな生徒は、よく似た容姿をしていた。
 跳ねた金髪と、つり気味の青い目、長いまつげと心なしか少しつりあがった口の端と、小柄な体型。まるで双子のようでもあったが、二人は家が隣同士で、幼稚園に入ったときから同じクラスにしかならず、両親同士が非常に仲がよくて、幼いときに『結婚しようね』なーんて言い合った仲、という『だけ』である。
 まあ、仲がいいのは今も変わらないのだが、思春期と言うこともあってか、レンは小さなときのようにリンと遊ぼうとはしない――ただ一つの遊びをのぞいて。

 最近巷で噂の二つの不可解な――存在すらどうか分からない――『記憶屋』と『心屋』と言うもの。
 とあるサイトから、消したい記憶と理由、その理由になった人物の名前と職業、そして最後に自分の名前を書き込み、メッセージを送信すると、『記憶屋』と『心屋』にメールとして届き、その中から記憶屋と心屋が依頼を受けるものを決め、依頼人の嫌な記憶を消してくれる。そして、嫌な記憶の元となった人物に制裁を加える…と言う、超能力的な『記憶屋』と『心屋』。
 今ではその噂を知らないものはいないといわれるようなほど、どこぞの人気アイドルユニットよりも数段上の知名度を獲得しているといえる。
 そこで消された記憶は、DVDとして残り、とある小さなDVDレンタルショップで売っているのだという。
 その記憶DVDは、手にとって目を閉じると、その記憶を疑似体験できるのだ。
 と、言っても、店頭で販売しているわけもなく、事情を理解できている店員に言いつけないと、そのDVDにお目にかかることはできないのだとか…。

 玄関のところで、ルカは立ち止まって一度振り返ると、弟に言う。
「――それじゃ、行って来ますわね。店番、お願いいたしますわ」
「あいよ。行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
 一度にっこりと微笑んで、軽快な足取りで家を出て行く姉を見送ると、レンは店のエプロンをつけて、カウンターの中においてある椅子に座った。
 どうせ、客なんか来ないんだから…。
 そう思いつつ、レンはパソコンを開いた。しばらく読み込み時間が続き、見慣れた壁紙の画面に切り替わったかと思うと、レンはインターネットとメールボックスを同時に開いた。
 …今日はいつもより量が少ないな。しかし、最近はふざけたのが多い。
「失恋したので記憶を消して欲しい」「テストの点が悪かったので、母の記憶を消して欲しい」「喧嘩をしたので記憶を消して欲しい」…。もっと深刻な理由で依頼してくるならまだしも、そんなふざけた理由で依頼なんかしてくんなっつーの。
「そう堂々と依頼を見ていていいもんかねぇ」
「! ああ、リンか…。早かったな?」
「うん。お姉ちゃんが宿題ないなら良いって」
「あっそ」
「依頼はどうよ?」
「ダメだなー…。軽く考えているやつ等ばっかりで、まともな依頼がない」
「そっかぁ…。流石に昨日の今日だし、凄いのが来ても対応できないけどね」
「それもそうだな」
 店内はがらりと空き、リンとレン以外に人影は見当たらない。冷房の効いた店内は、二人の鮮やかな金髪を、何度か優しくなでては店内を一周して戻ってくる。
「…これ、ウチの学校の生徒」
 ふと、リンがメールの一つを指差した。そのメールを開くと、確かにその名前には見覚えがあり、レンはメールのないように目を通す。他のメールのように軽い内容ではなく、どうやら真剣な内容らしく、レンは満足げに笑いを浮かべた。
「…これにしよう」
 不敵な笑みを浮かべる。
 面白いおもちゃだ。
 そう、この世はすべて俺のおもちゃに過ぎない。
 人の記憶も人生も心も、そしてリンですらも、この俺の身体だって、俺が暇をもてあまさないためのおもちゃ。それにしても、この記憶屋という遊びは何にも変えがたいほど楽しい。人間の憎悪と嫌悪、恐怖と狂喜を垣間見ることのできる、面白い生きた人形たちを見て遊ぶのだ。
 すべては、自分自身の快楽のために。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

記憶屋・心屋 1

こんばんは、リオンです。
前回が思いのほか早く終わっちゃって、まだ完全に考え切れていないのに
書いちゃったせいでか、レンが妙に腹黒くなってます。
あ、これはもともとの設定ですか。
この後、キャラクターも増えていきますんで!
それでは、また明日!

閲覧数:608

投稿日:2010/01/24 22:18:36

文字数:2,722文字

カテゴリ:小説

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