姫さんこちら　鵺の鳴くほうへ
迷っておいで　夜に誘われて



悲しや悲しや　尽きぬ悲しみは
涙笛の音よ　ひゅるり　ひゅら　ひゅらら
濡れ霞空の　心の憂き雲
拭き散らす声は　ひゅるり　ひゅら　ひゅらら

車は来ませぬ　文は来ませぬ
西へ行く月に　追うトラツグミ

姫さんこちら　鵺の鳴くほうへ
迷っておいで　夜に追われて
薄絹捨てて　髪を振り乱し
鬼さんこちら　手の鳴るほうへ



悲しや悲しや　月のみぞ知るは
山に吹く風よ　ひゅるり　ひゅら　ひゅらら
濡れ絞る袖を　染める椛葉の
他に供も無く　ひゅるり　ひゅら　ひゅらら

追うて来ませぬか　見も来ませぬか
東へ向かうて　飛ぶトラツグミ

姫さんこちら　鵺の鳴くほうへ
迷う物の怪　御髪に結んで
薄紅の夢　浸る人何処
鬼さんこちら　手の鳴るほうへ



あの人はどちら　声のするほうへ
長の夜を尽くし　鳴く声の方へ
御簾に映る影　甘い睦言を
その胸に抱かれ　聴いたのはだあれ

姫さんこちら　鵺の鳴くほうへ
迷わずおいで　月に照らされて
紅差す唇　赤滴る頬
鬼の顔のまま　手の鳴る方へ

攫うて喰おか　野晒しにしよか
姫さんこちら　鵺の鳴く夜へ



・読み


ひめさんこちら　ぬえのなくほうへ
まよっておいで　よるにさそわれて



かなしやかなしや　つきぬかなしみは
なみだぶえのねよ　ひゅるりひゅらひゅらら
ぬれかすみそらの　こころのうきぐも
ふきちらすこえは　ひゅるりひゅらひゅらら

くるまはきませぬ　ふみはきませぬ
にしへゆくつきに　おうとらつぐみ

ひめさんこちら　ぬえのなくほうへ
まよっておいで　よるにおわれて
うすぎぬすてて　かみをふりみだし
おにさんこちら　てのなるほうへ




かなしやかなしや　つきのみぞしるは
やまにふくかぜよ　ひゅるりひゅらひゅらら
ぬれしぼるそでを　そめるもみじばの
ほかにとももなく　ひゅるりひゅらひゅらら

おうてきませぬか　みもきませぬか
ひがしへむこうて　とぶとらつぐみ

ひめさんこちら　ぬえのなくほうへ
まようもののけ　かみにむすんで
うすべにのゆめ　ひたるひといずこ
おにさんこちら　てのなるほうへ



あのひとはどちら　こえのするほうへ
ながのよをつくし　なくこえのほうへ
みすにうつるかげ　あまいむつごとを
そのむねにだかれ　きいたのはだあれ

ひめさんこちら　ぬえのなくほうへ
まよわずおいで　つきにてらされて
べにさすくちびる　あかしたたるほほ
おにのかおのまま　てのなるほうへ

さらうてくおか　のざらしにしよか
ひめさんこちら　ぬえのなくよるへ