チッ、チッ、チッという秒針の回る音だけが部屋に響く。ミクはベッドの上でクッションを抱えて、ジーっと壁の時計をにらんでいた。8月31日午後11時30分。あと30分で今日――ミクの誕生日が終わる。
今日もお仕事だったが、鏡音姉弟やカイ兄、メイコ姉、マスターやスタッフのみんなにおめでとうの言葉やプレゼントをもらった。
もちろんそれらはとても嬉しかったのだけど、ミクの心は満たされなかった。
――だって。一番祝って欲しい人からはまだメールの一通も来ないのだ。
一つ大きくため息をついて、膝に抱いたクッションに顔を埋める。
まなうらに浮かぶのは、いつも大人の余裕を感じさせるクールな微笑み。
(……なんで早く帰って来ないの?ルカ……)
今日は、二人が恋人になって初めてのミクの誕生日なのだ。
なのによりによって、電話もなければメールさえ来ない。
いつもならとうに帰ってくる筈の時間なのに、その気配は露も感じない。
顔を上げてまた時計を見る。長針は8の辺りをさしていた。
「……もう、ルカのバカ!」
手にしていたクッションを、八つ当たりでドアに向かって投げつけた。
ボフッと音立ててドアにぶつかり、すとんと床に落ちる。
その音を追いかけるようにバタバタと走る音と、ガチャガチャとノブが回る音がした。
玄関のドアが閉まると、たったいま帰宅した誰かがすぐにミクの部屋のドアをノックした。
「……ミク?まだ、起きてる、かしら?」
艶のあるアルトの声聴こえてきた。
ドアに走りよって、勢いよく開く。
そこに立っていたのは、肩でハァハァと息をついているルカだった。
頭は少しボサボサで、服も少し乱れて。
いつものクールな余裕なんかどっかいっちゃってて。
汗だくになったルカがそこにいた。
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
ミクの顔をみるなりペコリと頭を下げる。
さっきまでの怒りが驚きに変わる。
「お、おかえり。とりあえず中入って」
ルカを部屋に招き入れた。
「今日に限ってトラブル続きで。
ケータイは電池切れだし、仕事は長引くし――本当にごめんなさい」
ルカが一生懸命言い訳している。
らしくないその姿を見ているうちに、ミクの怒りや悲しみは小さくしぼんでいた。でも。
「……別にルカなんかいなくても平気だったもん」
やっぱり素直になれなくて、そんな悪態をつきながら後ろを向く。
「みんなにたーっくさんプレゼントもらったんだから。いっぱいいっぱいおめでとうって言ってもらったんだから。あまーいケーキだってたくさん食べたんだからね!」
自慢げにいい募る。
「そう……よかったわね」
少し悲しそうにルカが呟く。
後ろを向いてしまっているから表情は見えないけれど、きっと眉がハの字になってるはず。
せっかくの誕生日なのに、喧嘩なんかしたくないのに――
ミクの視界がぼんやり滲みだす。
我慢できずに小さくつぶやいた。
「……ルカのバカ。バカバカ。嘘に決まってるじゃない!ルカじゃなくちゃ意味ないのに……っ」
ふっと背後に気配を感じる。
ルカが後ろからミクの首に何かかける。
胸元にはネギをモチーフにした可愛いチョーカーがぶら下がっていた。
「……誕生日おめでとう、ミク。遅くなって本当にごめんなさい」
そっと後ろからミクを抱きしめ、耳元で囁いた。
ミクは自分を抱きしめているルカの腕にそっと触れる。
「ホントにギリギリじゃん」
「ごめんなさい」
「反省、してる?」
「してます」
ルカに触れている手に力を込める。
「私のこと……好き?」
「好きよ」
「愛してる?」
「愛してる」
優しく響くアルト。
「……来年は待たせちゃやだよ?」
「ええ」
「っていうか、一日一緒にいて」
「……約束する」
ミクはようやく振り返り、ルカの目を見た。
「……じゃあ、あとはたくさんキスしてくれたら、許してあげる」
泣き笑いのような顔をしてそう言った。
ルカもほっとしたように顔をほころばせると、直ぐに妖艶な笑みを浮かべた。
「もちろん。たくさん、あげる」
ミクの頬に手を添えて上向かせ、額にまぶたに頬にキスの雨を降らせる。
「ケーキより甘いキスを」
そう囁いてルカはミクに唇を重ねた。
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