あの日から数日が過ぎ、文化祭も無事終了した。
 生徒会劇の脚本も無事書きあがり、劇の方も無事終了し、元の日常に戻った。
 いや、戻ったように見えただけだった。
「……はぁ」
 またか、と言わんばかりに作之助のげた箱からあふれ出る手紙の数々。そのほとんどが、嫌がらせのたぐいのものだった。
 その原因は、何となくわかっている。
 生徒会劇での彼の演技。演劇部がないこの学校の中で、演技ができる人物というのは限られる。その学校で、たったの一週間と少しの練習期間だけで、文化祭の中でも特に優秀だった団体に贈られる「校長賞」を授与されたのだ。
 本来なら会長である響が標的にされてもおかしくないだろう。ただ、人の心理というものはごく単純。
 壇上に立ったもの、標的にしやすい人物を叩きたがる。
 それゆえ、作之助がその嫌がらせの標的になってしまっているのだ。
 生徒会劇に妙に上がった作之助の人気度合い、そんなものに対しての、単純な妬みや嫉妬とか、とそういうもののたぐい何だろうと思っていたのだが、こうもしつこいとたまったものではない。
「サク……」
 隣で心配そうな表情を浮かべる絢子に、作之助はいつも通りの笑顔を浮かべる。
「大丈夫だって。こんなん、一、二週間もたちゃやっている奴のほうが忘れるさ」
 それまでの辛抱さ。そんな風に言う作之助に対し、絢子はポンポンと彼の頭を優しくたたきながら言う。
「辛かったら辛いって、助けてほしかったら助けてって言ってよ? あの時、サクが私にしてくれたみたいに、ね?」
「うっさい。わかってんよ」
 ぺしり、と軽く彼女の額をはじく作之助は、そのまま生徒会室の方へ歩き出し、絢子もまた彼のあとを追いかける。
 しかし、ここから一週間、二週間、三週間たっても彼への嫌がらせの手紙はとどまることを知らず、ついにはかなり直接的な嫌がらせにまで発展していった。
 彼の私物がなくなる、でたらめな悪評が広がるなど、彼への実害が出るものも増え始めていた。
「宮君。生徒会長の権限を使って、どうにか犯人を捕まえようか?」
「会長、流石にそれはまずいかと。良くない方向へ行く、なんて考えたくありませんが、失敗したときのことを考えると会長をはじめ、ほかの生徒会役員に被害が広がる恐れがあります」
 作之助は、会長の提案をきっぱりと却下する。
 しかし、その表情は今まで以上に疲れた表情をしていた。
 それでも、彼は「自分だけでどうにかして見せます」と続けた。
 もちろん、その真意は響自身も理解している。彼が優しいからこそ、標的は自分だけにとどめておきたい。いざとなった時に、何かあったらその反動が自分だけに来るように。
 心配そうに彼を見てから、しぶしぶ了承したようにうなずく響。彼女はちらりと統也へ視線を送り、彼はその視線を受け取ると頷いて生徒会室を出ていく。
「だが、キミだけでは心配だからね。こちらも内密に動くよ。キミが万一、何か起こしたときにフォローできるのは、先生方を除いて恐らく私たちだけだ」
「ほんと、恩に着ます……」
 ぱしん、と両手を合わせて感謝の意を示す作之助。
 ふ、と時計を見る。すでに時刻は四時を回っていた。そろそろ帰ろうか、と思った瞬間、ポケットに入れていたスマートフォンが震える。
(着信、誰から?)
 着信は非通知。怪しさを含んだ着信だが、自分あてに来た連絡はひとまず出るようにしている彼は、そのまま通話ボタンをタップする。
「もしも――」
「――っ!! ――ッ!?」
 耳がちぎれるような怒号。おそらくスピーカーの向こうから聞こえるのは、人が殴られ、突き飛ばされるような鈍い音。
 その瞬間、期越えてしまった。
「――く、――すけて」
「――ッ!?」
 ノイズ交じりの声だった。
 だが、何かを吐きながらも助けを求める声が。
 確かに、彼の耳に響いていた。
「絢子!!」
「さ――たす――て」
 ブツリ、と切れる通話。がたっ、と立ち上がり、待ち合わせ用にとずいぶん前にインストールし、結局使っていなかったGPSアプリを起動する。
 学校から北に少し行ったところの路地裏、。そこに――
「宮君、いったい――?」
「絢子に何かあった。今から行ってきます」
 その言葉だけで何かを察した響は、意を決したのか小さく頷くと同じように立ち上がる。
「無理はするな。顧問の先生と統也に声を掛けたら、私もすぐに向かう」
「わかりました」
 短い会話を交わしたのち、そのまま作之助は走りだす。
 学校の裏門から飛び出し、反応のあった路地の方へ。
 そういえば、前に絢子の家に行った時もこんな風に走ったなぁ、とか思いながら、彼は全力疾走する。
 そして、路地裏に到着すると――
「やあっときたかぁ、宮作之助ぇ……」
 名前までは憶えていないし、覚える気もなかった。
 どんな学校にも悪い奴というか、不良と呼ばれる生徒は数人存在する。彼と、彼の周りにいる取り巻きもそれに該当する人物だ。色んな意味で、時代錯誤の人物として、校内ではある意味有名な人物だ。
 そして、彼女はそこにいた。
 彼らに何をされたかは一目瞭然。暴力を振るわれ、疲れ果てその場に倒れる絢子が、そこにいた。
「……お前ら、なにしてんだ」
「何って、お前に対するいやがらせだよ! お前が見つからないからいつもいるこの子に手を出してたけど、お前が来たなら丁度いいわ!」
 不良生徒の取り巻きがそんな風に言い、近くにあった鉄パイプを手に取るとそのまま槍投げよろしく先端を向けて放り投げる。
 先端は作之助に向かってまっすぐ進み――
「危ねぇなぁ――」
 誰もいないところに、甲高い音を立てて落下していた。
「は……? てめぇ、なにしやが――」
「正直、この言葉は好きじゃないんだが――正当防衛成立、だな」
 彼が言葉を言い切る前に、作之助は彼の前まで距離を詰めると、顔面に蹴りを打ち込む。
 何かがひしゃげたような、鈍い音が響いたかと思うと、取り巻きの一人は後ろ向きに回転しながら吹き飛び、後方にあったゴミステーションに飛んでいく。
 作之助が行ったことは至極単純。真っすぐ向かってきた鉄パイプを、体の軸をずらすだけで回避、受け流して軽く横から払うことで地面に落下させる。ただそれだけのことだ。
 何が起きたかわからず、唖然とした表情を浮かべる取り巻きと不良生徒。振り抜いた足を払い、その場に構えるようにして顔を上げる作之助。
「俺だけにあぁ言う嫌がらせをするなら別に構わねぇ。一か月でも一年でも十年でも好きにすりゃあいいさ。でもな――関係ない絢子に手ぇ出したとなると話は別だ」
 腰を落とし、その場に構える。その視線は、明らかに殺意が込められていた。
「先に手を出してきた時点でこっちの正当防衛は成立だ。とりあえず、お前ら全員許して帰すわけにゃぁいかないなぁ!!」
 だんっ、とその場で地面を強く踏み込み、威嚇する作之助。明らかに雰囲気だけで、すでに彼らを圧倒していた。
「ふ、ふざけんな。数じゃこっちが有利なんだ。タコ殴りにしてやれ!!」
 不良生徒の掛け声を合図に、取り巻きたちが一斉に飛び出す。それぞれ、鉄パイプで武装した、完全に相手を殺しにかかっている風貌だった。
 しかし、作之助はそれにすら怯まない。むしろ、怯む、という感覚が今の時点で欠如していた。
 彼を取り囲むのは、まったく関係のない絢子を巻き込んでしまった、傷つけてしまった、守れなかったという後悔にも近い感情。それが、彼らへの怒りにも似た感覚に変わりつつあった。
「いいぜ、お前ら纏めてかかってこい!!」
 ぐっとその場で構える作之助。
 だぁん、と再びその場で踏み込む。踏み込みの瞬間、ほんの一瞬だけ風がうなった。
 のちに、そこから生き残った取り巻きの一人は、こう語る。
 あの瞬間、あの場には確かに修羅がいた、と。


 そのあとのことを端的に語ろう。
 結局、不良生徒十数人と作之助の闘争は、作之助が残り一人までにしたところで響が呼んできた教師によって止められた。
 その後、取り調べ――もとい響の尋問――により、作之助への嫌がらせ的な実害を含めた行為、絢子への暴力その他もろもろを自分主体で行っていたことなどを認め、不良生徒の一人は退学処分。その取り巻きも停学処分など、それ相応の処分が下されていた。
 かくいう作之助はというと、先の闘争で彼も彼なりに傷を負い――骨折二か所、打撲内出血数十か所、、擦過傷に至っては数えきれない――検査入院という名目で響によって強制的に休まされていた。
 なお、このことは世間には公表されていない。
 響や統也は公表すべき事案として動いていたが、作之助きっての希望で、公表していない。
 作之助曰く「自分や当事者が公にされるのは構わない。ただ、そこから周りに広がってあることないこと言われて騒がれるのは、いやだ」だかららしい。
 その理由を聞いた時、統也は苦笑しながら
「やっぱり、キミはキミだったね、宮君」と言ったそうだ。
 そんなこんなもあり、今は病室のベッドでぼうっとしていた。
 検査入院とはいえ、左腕と鎖骨を折っているのだ。先日手術を終え、今は安静にしなくてはいけない身なのである。
「はぁ、暇だなぁ」
 無事な右腕で器用に文庫本のページをめくり、視線を動かす。
 物語も半ば、というところで部屋の扉がノックされる。小さく返事をし、そのまま文庫本を棚にしまう
「サク、元気?」
「元気だったらこんな場所にいねぇって」
 そんな風に軽口を飛ばす彼に飛ばすのは絢子。その手に持った大量のゼリー飲料やらなんやらは、おそらく見舞いの品なのだろう。多分、一人分ではない。
「その量、会長と副会長の分も入ってるだろ」
「お、さっすが分かりが早いね」
 その通りだよ、といつも通り緩い感じに言いながら彼女は冷蔵庫の中に一つずつ丁寧に入れていく。
 そんな彼女を身ながら、彼はいつしか、小さく謝罪の言葉を述べていた。
 守れなくて、ごめん、と。
「何で、そんなこと言うの……?」
 絢子は当たり前のような返答。それに対して、彼は真っすぐに想いの丈をぶつけていた。
 もともと、自分にだけ向かっていた嫌がらせが、絢子に向かってしまったこと。
 がんっ、と無事な右腕をベッドの支柱に叩きつける。
 自分の力のなさを、無力を、自分自身にぶつけるように。
 がん、がんと鈍い音が響く。二度、三度と
 何時しか右手は内出血で黒く染まっている。そして、四度目を叩きつけようとして――
「ダメ――」
 打ち付ける前に、絢子の腕が伸びていた。
 ゆっくりと、だが力強く、彼の体を包み込む。
「何で、頼ってくれなかったの……?」
 そんな風に彼女は言う。
 私がつらかった時、助けてくれたのはサクだったのに、どうして自分がつらいときに頼ってくれないの、と。
 大粒の涙を浮かべ、彼女は真っすぐに彼を見たまま言う。
 分かっていたことだ。自分の感情を隠して、本心と建前を逆転させて動くことは、自分を傷つけることほかない。
 でも、その理由は――
「お前を――絢子を傷つけたくなかった――悲しませたくなかったから――」
 また、本心を言えない。言えていない。
 ううん、と小さく彼女は首を振る。そして、涙を浮かべながら彼女は言う。
 その表情は――
「泣いたっていいんだよ、頼ったっていいんだよ?」
 いつか彼が彼女に見せた笑顔と――
「我慢しないで――本心を聞かせて――?」
 同じだったから。
 そのあとのことは、もう語らずともわかるだろう。
 決壊した感情の波は、いとも簡単に彼の「建前」というダムを崩壊させる。
 その場で崩れ落ちるように肩を落とし、ゆっくりながら涙を流し――そして本心を語り始める。
 内容は言わずもがな。
 ただ、ひとしきり語り、泣きつかれた彼は、最後に言う。
「泣いてもいい、頼ってもいい――最後に笑えれば、ありがとうが言えれば、それで――」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

「A sunny day after tears」3

 やぁぁぁぁっと、完結しました。
 第一話から読みたい方、リンクからどうぞ
 1話→http://piapro.jp/t/H_CL
 2話→https://piapro.jp/t/Q1mj

 一か月近くもかかってしまった……データが吹っ飛んでいなければこんなことにはならなかったのですが、ほぼほぼ書下ろしだから仕方ない、と思い込ませています。

 これにてひとまず「Happy Tear」編は完結です。
 この後、作之助と絢子がどんな物語を描くのかーとか、会長や副会長のお話はないのかーとか、そもそも1話で出てきた「翼」と「鮮花」って誰だーとか、色々疑問はあると思いますが、今後をお楽しみに、ということで締めにしたいともいます。

 まぁ、基本的に私が作詞した作品をベースに小説を書いていきますので、次回は「流星シャワー」か「Love Train」あたりになりそう、と予告しておきます。
 もちろん、「キャラユニット企画」の方も執筆進めています。相変わらずの亀速度ですが……お待ちくだされ!!

閲覧数:43

投稿日:2018/07/23 22:22:33

文字数:4,925文字

カテゴリ:小説

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